第4話 タイムリミット

「な、んだよ……あれ」


 そう呟いた自分の声が震えていた事に、すぐに気が付いた。


 この世界に来て、魔物に相対するのは初めての事では無い。


 故郷の日ノ本では、12歳の時からユウトと共に冒険者としてFランクから活動を開始し、Dランクになるまでの間に100を超える魔物を討伐して来た。


 だが今地平線を覆いつくす程の数で迫って来る魔物の数は、俺達がこれまで2人で倒してきた総数よりも遥かに多い。


 それに、信じがたいことだが、遠目から見ているだけでも明らかに低級では無い魔物が混じっている。


 鎧を纏ったリザードマン、空を飛ぶグリフォン、人の2倍以上背丈が有りそうなゴーレムや、最後方にはドラゴンと思しき物さえ見て取れた。


「こんなの……あり得ない」


 そう、あり得ない筈だ。


 魔物達は基本的に多種族の物達との仲が悪く、加えて縄張り意識が強いため、自分たちの縄張りから外に出る事も、多種族と徒党を組むことも極めて稀だ。


 例外が有るとすれば、それは……。


「魔王軍だっていうのか? 今、このタイミングで!?」


 思わず頭を抱えながら、膝を突くと泥がはねた。


 だが、そんな事がまるで気にならない位、頭には混乱と怒りがない交ぜになっていた。


 本来なら2年生以後にならないと話題にすらならない魔王軍が、入学前のこの時期に現れるなんて、絶対にあり得ない。


 だって、そんな事があったとしたら……列車にいる新入生達は……ユウト達はっ。


「……イキ! ダイキ!!」


 乾いた音と共に頬が熱くなるのを感じて初めて、声を掛けられ続けていた事に気づき視線を上げると、そこには強い意志の光を宿したユウトが、雨に打たれながら立っていた。


「ユウ……ト?」


「ダイキ……今キミがやるべき事は、ここでそうやって頭を抱える事じゃないだろ?」


 そう言いながら胸倉を掴まれるが、その手が震えている事にすぐに気づいた。


「……ユウト」


「ボクの親友は、いつだって、どんな困難だって立ち向かって来ただろ!?」


「っつ……」


 真っ直ぐな視線でユウトから見られて、思わず目線を反らす。


 オレは、他人から見て困難に見えてたものでも、可能であるという事を――答えを知った上で実行し続けていたのだから。


 だが、今回のは……知っているからこそ、不可能だという事が理解できてしまう。


「列車内で混乱している生徒達も、いずれ今の状況に気づくことになる……もしそうなったら多分、今所じゃない混乱と……多分亡くなる人も出て来る」


 そう言われて、列車へと視線を向ける。


 明かりが――魔力の気配が無くなり停止した車両。


 もしその車両に向けて、眼前に展開した魔物の群れが突っ込んできたら? いやそれどころか、列車のシールドでギリギリ抗った何らかの攻撃を再度受けたら?


 思わず、開いていた手を握りしめる。


「ボクは、この列車に乗った同級生達を――将来友達になれるかもしれない仲間達を、そして無二の親友を、こんな所で失いたくなんてないっ!」


 そう叫んだユウトの慟哭は、雨で冷え切った体に染みわたり……火をつけた。


 ただの感情論、何一つ理性的な所が無いユウトの主張は、不思議と冷え切った心に響いた。


 不思議と視界までクリアになる様な気がしながら、ユウトに激励され無いと何もできない自分に思わず苦笑する。


「……分かったからユウト、手を放してくれ。いい加減息が苦しい」


「えっ? あっ、ごめん」


 軽くユウトの腕に触れると、胸倉を掴んでいた事に今になって気づいたのか、慌てて離される。


 それを見て、一度大きく深呼吸して迫りくる大群と、列車を再び見つめる。


 状況は変わらず絶望的だ……とても連中を殲滅なんて出来る実力なんてない。


 だが、やれる事なら……救援が来るまでの間寄せ付けない事なら、出来るかも知れない。


 そう思い立つと、列車の側面――操縦席の扉の前に立ち、魔力を込めて扉を引っ張ると、金具がひしゃげる音と共に扉が開いた。


「ヒィッ!」


 中に居た列車の運転士が悲鳴を上げるが、それに気を使っている余裕はない。


 ずかずかと操縦席へと上がり込むと、運転士へと質問を投げかける。


「手荒な真似をして悪いですが、答えてください。救援信号は既に出しましたか?」


 コクコクと、勢いよく運転士が頷く。


「それは、どのくらい前かわかりますか?」


「じゅ、十分前」


 その答えに、思わず唇を噛む。


 学院の到着時間から逆算して距離を考えると、救援が来るのはどんなに早くても後30分はかかるはずだ。


 何故連中が攻撃を再度仕掛けて来ないのかは分からないが……連中が列車の前に来るまでは後10分あるかどうかだ。


 何とかして、20分以上の足止めをする必要がある。


「念のため聞きますが、列車は動かせないんですよね?」


 そう尋ねると、コクコクと頷かれた。


「そうですか……わかりました」


 運転士に聞きたい事は聞けたので、背を向けて降りようとすると、声を掛けられる。


「き、君は、逃げるのか?」


 声を震わせながら聞いて来たので、苦笑する。


 逃げる――そう、ユウトと一部生徒達を連れて逃げるだけなら、なにも足止めなんてする必要はない。


 だが、それだと必ず死者がでる……それも少なくない数だ。


 そんな事をアイツは……お人よしの親友は、認めはしないだろう。


「救援が来るまで、時間を稼ぎます」


 それだけ告げ操縦室を出ると、強張った顔のユウトと青白い顔をしたミーアが出迎えた。


「聞こえていたかも知れないけど、救援が来るまで最短でも20分はかかると思う」


 そう伝えると、ユウトは渋い顔をした。


「……ダイキは足止め、出来ると思う?」


「オレ達だけじゃ、絶対無理だろうな」


 即答した。


 ゲームで言うなら、最終盤のユウトならもしかしたら一人で出来たかもしれないが、今の俺達とは果てしない差がある。


「そう……だよね」


 悲壮感を漂わせ、どこか覚悟を決めた顔をするユウトの肩を軽く叩く。


「俺達2人じゃ無理なら、それ以外の人に力を借りれば良い」


 ……努めて明るくそう言いながら、考えた作戦ともいえない思い付きを2人に説明する。


「まずユウトは、生徒達が下手に列車から出ない様に結界を展開して欲しい」


 そう伝えると、横で聞いていたミーアが青白い顔のまま聞いてくる。


「正面から敵が来てるなら、列車から出て出来る限り距離を取った方が良いんじゃ?」


「……正面からだけしか敵が居ないならね」


「えっ!?」


 慌ててミーアが周囲……前方以外を確認するが、今の所魔物の影は無い。


 だが、アレだけの大群で……しかも明らかに列車を狙った動き。


 連中の目的がどうであれ、本隊以外が居る可能性は十二分にある。


 加えて言葉を続けようとした所で、ユウトが口を開く。


「もし一般生徒がこの状況を知ったら、パニックだけで死人が出かねないし、よしんば外に出て逃げられても、野良の魔物に遭遇して生き残れる可能性は正直高く無いと思う」


 ユウトやミーアを始めとした一部の生徒は、それでも生き残れるだろうが、大多数の生徒には無理だ。


「だから、ユウトには結界の作成と、一般生徒の認識阻害……そしてミーアさんには、5人生徒を探してきて欲しい」


 そう伝えると、ユウトとミーアから怪訝な顔をされるが、気にせずポケットからメモ帳とペンを取り出すと、名前と列車の番号、そして座席の番号を書いて行く。


 今回の事件の様に、ゲームの時と座席の位置などは違っているかもしれないが……恐らく、彼らはこの列車の何処かに乗っている筈だ。


「ここに書いた生徒達に、アレの足止めの協力をお願いしてもいいかな? ……ご実家の名前を出してでも」


 そう言って所々濡れて滲んだメモ帳を渡すと、ミーアが驚きと緊張を孕んだ目で見て来る。


「……ユウト君はどこまで知ってるの? それに、一体ここに書かれた生徒達は……」


「その話は、今日生き残れたら幾らでもするよ」


「分かったよ。だけど、生き残れたらじゃなくて、絶対に生き残ってね! 約束!」


 目いっぱいから元気を出しながら、引きつった笑みをしながらも指定された車両に向けて走って行くミーアの背中を見送りながら、大きく息を吸って覚悟を決めた。


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第5話は、1月11日(水)18:10投稿予定です。

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目の前で殺された親友(主人公)との約束を守る為、俺(モブ)は異世界最強を目指す 猫又ノ猫助 @Toy0012

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