第3話 絶望の足音

「えーっ! 二人ともあの剣術って自己流なの!?」


 4人が対面で座れるボックス席に3人で座りながら、俺達の剣術の話などをしていると、ミーアから驚かれた。


「正確には、ダイキが故郷の色んな流派の文献を読み漁って、それを混ぜ合わせた自己流って感じだよね? 師匠?」


 どこか嬉しそうな顔で脇腹を突いて来る肘を叩き落としながら、頷く。


「こういう時だけ師匠って呼ぶなバカ。言葉だけ聞くと大層なことに聞こえるかもしれないけど、要はただのなんちゃって剣術だよ」


 そう言うと、ミーアが首を横にブンブン振った。


「そんな風に卑下する必要なんてないよ! 確かに既存の剣術理論とは異なる解釈もあるだろうけど、アレは凄く――そう、実戦的で綺麗だったよ!」


 力強く美少女から綺麗だったと力説されて、思わず鼻の下を擦る。


 ユウトと二人でやって来た剣術は、あくまで俺がゲーム内でやっていた最適解――魔物を始めとした敵へ効率良くダメージを与える為の動きであり、既存の武道の様な型や心掛けを重視した物とは全くかけ離れている。


 しかも、この世界の人間には魔力という肉体的なアシストもある為、かつての世界の武道とは全くの別物と言って良いだろう。


 だけど、前世で命を懸ける程にのめり込み、この世界でユウトと2人、10年以上かけて培った技術を賞賛されるのは正直かなり嬉しい。


 しかも褒めて来た相手が、この世界の武術オタクと言っても良いミーアと来ればそれもひとしおだ。


「はー……でも世の中は広いなあ。まさか、君達みたいな天才がまだ同学年にいたなんてなぁ」


 そう言われて、ユウトと目を見合わせる。


「「いやいや、一緒にしないで欲しいかな」」


 思った事を口にしたら何故かハモったので2人で睨み合っていると、プッと噴出された。


「ごめんごめん! 2人が余りに息ピッタリで笑っちゃった」


 謝りながらも暫くクスクスと笑い続けるミーアから目を反らし、窓の外へと目を向けた所で、違和感に気づく。


「雨?」


 窓ガラスに付いた水滴と、昼だと言うのにぶ厚い雲に日差しが隠れて薄暗くなっているのを見て思わずつぶやくと、ユウトも横から一緒に覗き込んできた。


「あっ、ほんとだ。さっきまでは晴れてたのに。大陸の天気って変わりやすいのかなぁ?」


 そんな事をユウトが呟くが、どうにも胸騒ぎがして来る。


 千回以上もゲームで、入学式前日――今日を繰り返したオレだからこそ分かる。


 今日、この日に雨が降ったなんて事は1度だってなかった。


 ゲームはゲーム……そう言われれば確かにそうなのだけれど、妙な胸騒ぎは解消されるどころか一層激しくなっていく。


「何か……」


 変だ――そう言おうとした所で、金属が擦れ合わさる大きな音と共に体全体へ重力がのしかかり、咄嗟にその場で踏ん張った。


 この感覚は、前の世界で体験した覚えがある。

 

 ――列車が急停車した時の感覚だ。


 そう理解すると同時、周囲の生徒達が騒ぎながら右往左往しているのを無視して、先頭車両――操縦席へと生徒をかき分けて移動していく。


「何か気づいたの? ダイキ?」


 ユウトが後ろから付いて来ながら小さな声で耳打ちしてきたが、ハッキリと答えることは出来ない。


 何せ、ゲームと違う事象が立て続けに起きて、嫌な胸騒ぎがすると言うだけなのだ。


 とても言葉に出して言える事では無い。


 だけど、回数こそ多くないものの、この世界で魔物と実戦を経ると共に研ぎ澄まされた直感は、案外馬鹿にならない事も知っている。


「おい、何が起きてるんだ!?」


「誰か、運転手の人に聞いて来てよ!」


 先頭車両へと移動する間にも列車は動く気配がなく、元から先頭車両に居ただろう生徒達が半ばパニックになりながら、閉ざされた操縦席の扉を叩きながら声を上げているのが見えた。


「ねえ、ダイキ君、ユウト君、一体何が起こってるの?」


 ユウトの更に後ろからついて来ていたのか、ミーアが不安げな顔で尋ねて来たところで、全身の毛が逆立つのを感じた。


 ――何か、ヤバい!?


「「みんな、伏せろ!!」」


 オレとユウトが叫ぶと同時、機械的なアナウンスが聞こえて来た。


『大規模シールドを展開します。乗客の皆さまは、体をかがめ衝撃に備えてください』


 そのアナウンスが車内に流れた直後、未だ近くで立っていた生徒の一人を引き倒しながら衝撃に備えていると、直後に列車全体を揺らす様な大きな衝撃に這いつくばっていた体が浮き上がりかける。


「っつ……」


 何とか四肢を踏ん張り、座席の足を掴みながら衝撃に耐えていると、フッと社内の明かりが消えて暫くして、揺れが収まった。


「ちょっと、あなたワタクシの事を……って、押さないでくださいまし! 私はあの殿方に……!?」


 揺れが収まったので、暗い車内で起き上がっていると、引き倒した女生徒が何やら叫びながら先頭車両に押しかけて来た生徒達に飲み込まれていったが、今はそれ所ではない。


「ねぇ、今の振動はなんだったの!?」


「おい、どうなってんだよ! 誰か分かる奴教えてくれよ!!」


 生徒達がヒステリックな声を上げるのを聴きながら、どんどんと酷くなっていく胸騒ぎを大きく深呼吸することでなんとか抑えつけると、状況を整理する。


 この世界の列車は、前世の列車とは異なり、動力源である魔石を使用してシールドを展開できる……という文章を、前世に読んだ設定資料集で見た気がする。


 だがあくまでもそれは緊急時の対応策に過ぎず、基本的には安全で弱い魔物しか出ない場所に引かれた列車の線路上に、シールドを張らなければならない程の魔物が出たと言う話は聞いたことが無い。


 現に、多くの生徒が何が起きているのか皆目見当がついて居ない状況に見える。


「ダイキ、今のは一体?」


 生徒達から距離を置いて立って居ると、強張った顔でユウトが尋ねて来たので、小声で耳打ちする。


「列車に搭載された緊急用のシールドが展開された。何かの攻撃を受けた可能性が有る」


「えっ!? それって、魔物に襲われたって事?」


「いや、分かんない……けど、その可能性は高いと思う」


 周囲の生徒達が先ほどまでよりも一層混乱し、大声を上げながら操縦席の扉を叩いているのを見ていると、ミーアが話に入って来る。


「運転士の人なら、何か知ってるのかな?」


 操縦席の方へと目を向けながら言われるが……先ほどから車内放送は無く、先頭車両から操縦席に続く扉は生徒達が押しかけていて、とても割って入れる状況では無い。


「……一回列車から出て、外から操縦席を開けたりとかって出来るかな?」


 そうユウトが呟いたので、オレはすぐさま生徒をかき分けて、第1車両と第2車両との間にある外へと出る為の扉への前へと移動していく。


 本来なら車両の扉の開閉などは、列車に取り付けられた魔石の魔力によって用意には開かない様に制御されている筈だが、列車内の灯りが消えている事からして、もしかしたら魔力が十分に行き渡っていない可能性がある――そう考えて扉に触れると、本来ロックされている筈の扉が動く感覚が有った。


「……ダイキ」


「……ダイキ君」

 

 後ろに付いて来た強張った顔のユウトとミーアに頷き返し、扉を人がギリギリ通れる程度開いて外へ出ると、シトシトと降り続ける生暖かい雨と、どんよりと雲に覆われた空が視界に入り、続いて生暖かい風が雨と共に肌を撫でた。


「特に、なにも無さそうに見えるけど……っ!?」


 言葉を失っている間に、ユウトが後から外へ出て列車の進行方向に目を向けた所で、同様に言葉を失った。


「なに……あれ?」


 指先や足先だけでなく全身が震えているのを、自分でも理解する。


「魔物の……群れ?」


 最後に地面に降り立ったミーアが言葉にした通り、列車の前方には、広い荒野を揺るがす程の魔物が群れになって迫っていた。


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第4話は、1月10日(火)18:10投稿予定です。

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