第2話 2人の約束

「ねぇダイキ、子供の時の約束覚えてる?」


 しばらく体を芝の上に投げ出しながら休んでいると、ユウトが尋ねてきたので苦笑いする。


「世界最強を目指すってやつか?」


「うん。確か5歳位の……まだ僕たちが世間を知らないときにした、子供の頃の夢」


 自分が世界の中心だと、自分は他の人とは違う特別何だと信じて疑わなかったあの頃――。


「別に、夢物語って程の話じゃ無いだろ?」


 少なくとも、この世界の主人公である親友にとってみては。


「はぁ、ダイキのその自信はどこから来るんだよ全く。まぁでも、ダイキと一緒にいると出来る気がするから、不思議だよね」


 そんな事をはにかみながら言うが、俺は知っている。


 彼が、ユウトが、あっという間に学院で力を伸ばして行って、卒業するまでの3年間で魔王を倒す程の強さを――紛れもない世界最強になる程の力を手に入れるという事を。


 そして俺はそんな彼と、彼と共に歩むことになるだろうヒロイン達の行く末を、少しでも近いところで見続ける事が、いつからか目標になっていた。


 正直なところを言えば、何の因果かこの世界に転生する事になって……しかもその転生先が、欠陥を抱えたモブキャラだと理解した時、俺はそれなりに落ち込んだ。


 前世でも紛れもなく世界最強を目指したゲームにおいて、自分がそこには絶対に至れないと言う事実を知った時、恥ずかしい話だが……ユウトに憧れたりもした。


 約束された将来と名誉、約束されたヒロイン達との甘く幸せな生活、その生末が平坦ではない事も知っていたが、それすらもスパイスの1つの様に思えて勝手に嫉妬した。


 だが、ユウト――ココノエ ユウトと言う一人の少年と向き合い、触れあって行く内に、いつしかその嫉妬は友情に塗り替えられていった。


 生活費だけを家に入れて後は育児放棄する両親に代わり、近所というだけでオレの面倒を見てくれたユウトの両親、常にユウトの後ろに引っ付き、いつしか3人で過ごすことが増えたサクラ……そんな彼女達と一緒にいる内に、ユウトとユウトが大切に思っている人たちと過ごす時間が何よりも掛け替えのない物になっていた。


 それは、幼い頃に交わした約束も含まれていて……。


「まっ、最強まではまだお互い程遠いし、学院にいるだろう猛者たちもドンドン倒していかなきゃな!」


 大きく伸びをしながら上半身だけ起き上がると、奇しくも同じタイミングでユウトも起き上がっていた。


「前々からユウトは学院の猛者って言うけどさ、本当に僕らと同年代にそんな強い人たちいるの?」


「安心しろ、そこは大丈夫だ! 寧ろ、そんな考えだと恥かくぞ絶対」


 そんな回答にどこか懐疑的な視線をユウトは向けてくるが、そこは本当に心配する必要がない。


 確かに俺達がいた国――日ノ本では周りにずば抜けて強い同年代が近くにいなかったけれど、世界の各地から優秀な人材が集まるブレイブ王立魔道学院は別だ。


 ユウトのヒロイン候補たる少女たちを筆頭に、教師や先輩、今後現れる後輩たちも含めれば、今の俺達――いや、俺なんて吹けば飛ぶほど強い人たちがいる。


「さて、朝練も終わったし、シャワー浴びたら宿を出てるとしますかー」


「お腹も減ったし、朝ごはんも探さないとだね。あっ、そう言えばさっき凄い美味しそうな匂いがする出店があって、そこ食べに行こうよ!」


 俺はいつまで、コイツの隣で一緒に歩けるんだろうか……そんな事を頭の隅で考えながら、未だ痺れが取れない腕を握りながらユウトの後をついていった。 


―――――――――――――――――――――――――――――――――


 宿を出た後に朝食を出店で済ませた俺達は、学院行の列車が停まる駅まで来ていた。


「うわぁ、凄い人」


 ユウトが思わず呟いたのも無理は無い。


 何せ俺達と同じブレザーやセーラー服に身を包んだ少年少女達が、列車が来る筈のホームで500人以上も列を成して並んでいたのだから。


 正直オレも以前の世界を知らなければ、余りの人の多さに目を回していただろう。


「座席とかは決まって無かったはずだし、適当な列に並ぶか……」


 そう呟いて列を探す振りをしながら目当ての人物を……って、丁度一人の少女と目が合った。


「ねぇねぇ君達! こっちこっち!」


 口元に手をメガホンの様に当てながら、腰まで伸ばしたピンク色のポニーテールをぴょこぴょこ揺らしてこちらに声を掛けて来たのは、ヒマワリの様な笑顔をした少女だった。


「僕たちのこと……かな?」


 ユウトが周囲を見回すも、それらしい人が居ない事を理解し、困惑顔のまま俺に質問して来る。


「多分なー。取り敢えず呼ばれたんだし、行ってみるか」


 何度となく――それこそ1000回近く見たイベントにも関わらず、内心緊張しながら少女の方へと近寄ってみる。


 すると、遠目からでも可愛らしいと分かった彼女の大きなルビー色の瞳や、きめ細やかな白い肌、動きそのものは快活なのに、どこか清らかなオーラの様な物を感じとって、思わず少し視線を反らす。


「どもどもー、初めまして! ねぇねぇ、1つ聞きたいんだけど君たちも学院の新入生なんだよね!?」


 身振り手振りを交えながら、朗らかな声で尋ねて来る少女に、困惑した様子のユウトと共に頷き返す。


「あっ、ゴメンゴメン! 自己紹介がまだだったね! 私はミーア、これから学院に入学する君達と同じピカピカの1年生かな!?」


 そんな自己紹介を受けて、俺は取り敢えず横の朴念仁の腹を肘で突く。


「あっ、えっと、僕はユウト。隣に居るのがダイキで、どっちも新1年生だよ」


「よろしく」


 ユウトの紹介を受けて軽く会釈すると、ミーアはタダでさえ弾けるような笑顔を一層深めた。


「やっぱり1年生なんだ! じゃぁ、これからは君たちの訓練を何時でも見れる様になるんだね!」


 そう言われて、ユウトが何の事だろうとコチラに視線を向けて来るが、俺は彼女の発言の意図が分かっている。


 元々ゲームの際のオープニングは、今日の朝ユウトがで朝練をする所から始まり、それを偶然見ていたミーアと親しくなると言う流れだった。


 故に昨日はミーアがユウトを目にする筈の丘を探すのに陰ながら必死になっていたが、目論見はどうやら上手くいったらしい。


「えっと、僕とダイキの訓練を見ていたって事……かな?」


「うん! まさか同年代であんな凄い模擬戦する人たちが居るなんて思いもしなかったよ! 王きゅ……んんっ、昔居た道場の人達相手でも結構やれそうなレベルだったかな」


 王宮、と出かかったのを必死に堪えたつもりなんだろうけれど、事情を知っている側からすると丸わかりだ。


 しかし剣技に限るとは言え、王宮騎士とやれそうなレベルと言うのは結構な励みになる。


 この世界に来てから自分たちのレべルを見る様なステータス画面って存在しないから、人の評価や冒険者ギルドのランクで計るしかないからなぁ……。


「ははは、それでもまだまだ研鑽途中だけどね」


「うむうむ、向上心は大事だよね! 君達って、多分大陸の外の人達だよね? 良ければ列車の中で色んな事教えてよ! 私も聞きたい事があれば教えてあげるからさ! あっ、エッチなのはNGだけどね!」


「いやいやいや、そんなの聞かないよ! ねえ、ダイキ?」


 二人が楽しそうに話しているのを眺めながら、列車が来るのを待って居たら、突然話を振られたので曖昧に頷く。


「ん? ああ。そうだな」


「あれれー? その反応はもしかして、ダイキ君は期待してたのかにゃあ?」


 目を悪戯っぽく細めたミーアが、ズイッと近寄って来たので思わず目を背けながら一歩遠ざかる。


「んな訳ないって。それより、そろそろ列車が来るみたいだぞ」


 そう言って鉄の擦れる音を鳴らしながらやって来る列車の方へと視線を誘導すると、2人は初めて見る学院の列車に大騒ぎしていた。


 一方のオレは、目を閉じながら何度も大きく深呼吸を繰り返して、うるさく跳ね回る心臓をなだめすかしていた。


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第3話は、1月9日(月)18:10投稿予定です。

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