目の前で殺された親友(主人公)との約束を守る為、俺(モブ)は異世界最強を目指す

猫又ノ猫助

第1話 始まりの朝

 朝を告げる鶏の鳴き声を聞いてもなお、眠気に抗えずウトウト眠っていると、ドタドタと騒がしい足音と共に立てつけの悪い部屋の扉が勢いよく開かれた。


「ダイキ、朝だよ! 訓練の時間だよ!」


 こちらが起きて反応を返すより早くに部屋へと入ってきた声の主は、愛しの温もり(かけ布団)を奪い去ると、無遠慮にペチペチと頬を叩きだした。


 朝に幼馴染が起こしにやってくるという、前世では夢にまで見たシチュエーションだったが……起こしに来たのは生憎、腐れ縁の少年だ。


「やめろっ! やめろってば! 起きた! 起きたから、頬を叩くの止めろっての」


 慣れない船での長距離移動で凝り方まった体を起こしながら、安眠を妨害した犯人の方を見れば、そこには漆黒の髪に碧眼の美少年が、太陽の様にまばゆい笑顔を浮かべていた。


「おはよう、ダイキ」


「ふぁぁ、おはようユウト」


 未だボーっとした頭で周囲を見回してみれば、そこは明日入学する魔道学院行きの列車が停まる駅から少し離れた、安宿だった。


 天井の隅を見れば蜘蛛の巣は張ってるし、木で作られた床や壁はそこかしこがくすんで汚れている。


 昨日出て来た夕食も極めて簡素なもので、正直美味しいと言えるものでは無かったが、それでも俺もユウトも不満はなかった。


 ユウトは家族の為に、俺は年に1回程度しか返らない糞親に借りを作らない為に、幼いころから冒険者ギルドで稼いできた自分たちの金で、今回の入学費用を賄っているからだ。


「はー、今でも信じられないよ。明日から僕ら、あのブレイブ王立魔導学院に入学できるんだよ!」


 そう言うユウトは興奮が抑えられないのか、オレが昨日机に放りだした入学案内を見て、満面の笑みだ。


「いやいや、少なくてもお前はそんなに騒ぐほどの話じゃ無いだろ。それどころか入学試験の成績で、過去最高点をたたき出したらしいじゃん? よっ、首席様!」


「やめてよ、恥ずかしい。たまたまだよ、たまたま。実技試験免除じゃなかったら、ダイキが首席だったかもしれないじゃん?」


 そんな事を言いながら練習用の木刀をユウトから受け取りながら、キッパリと首を横に振る。


「んなわけあるかよ。オマエと俺の魔力量の差なんて、浴槽とコップ位の差があるんだぞ? しかもオレは根本的な欠陥を抱えてるからな、学校入れたただけでラッキーなの」


 グッと大きく伸びをした後、木刀の切っ先に昨日用意しておいたタオルをひっかけると、部屋を出て洗面所で軽く顔を洗い適当に拭う。


「そうやってダイキは何時も自分を卑下するけどさ、なんだかんだで全然勝ち越せないのは何なのさ?」


 何処か不満げな顔でユウトが文句を言ってくるが、その秘密は明かせない。


 なんたって、前世でこの世界と限りなく似通ったVRゲームを、文字通り死ぬまでやり込んだから……なんて誰が言えるだろうか。

 

「まっ、お前に色んな技術教えたのは俺だしな。まだ簡単に抜かれるつもりは無いってことだよ! はっはっは」


 そんな事を言って笑ってはみるが、内心学園に入ればすぐに追い抜かれるどころか、圧倒的に引き離される事は分かっていた。


 ――何せオレはただの友人Aで、ユウトは主人公なのだから。


 だが、そんな事情を知らないユウトは口を引き結びながら食って掛かって来る。


「むっか、今日こそダイキに絶対全勝するからな!」


 そんな他愛の無い、だけどいつも通りの会話をしながら宿を出ると、朝日に照らされて輝く石畳と、真っ赤なレンガ造りの西洋風な建物群が出迎える。


 オレとユウトが生まれ育った日ノ本とは全く違う、前世で言うヨーロッパの市街地の様な街並みに、ユウトは目を剥いていたが、正直オレはゲームでも見ていたことも相まってソコまで驚きはしなかった。


 ただ、前世ではありえなかった車や工場の排ガスで一切汚されて居ない新鮮な空気や、緑豊かな街並みにはちょっと感動したけど。


「そう言えばダイキは、サクラにいつ手紙出すの?」


 朝から賑わっているだろう市場とは逆方向、昨日から事前に目星を付けていた丘に向かって歩いていると、ユウトが突然そんな事を言ってきた。


「いやいや、まだ国許を出て2日目だぞ? まだ出すわけないじゃん。そもそもサクラが、俺からの手紙欲しているとも思えないし」


 ソウエンジ・サクラ。ユウトの義理の妹であり、腰まで伸びた艶やかな黒髪と、パッと見きつそうに見える切れ長な瞳が特徴的な、1歳年下の美少女だ。


 そしてぶっちゃけて言えば、主人公であるユウトのヒロイン候補でもある。


 付き合いが長いのと、常にユウトとは一緒に行動していたから、それなりに親しい方だとは思うけれど、お兄様一筋なアノ妹様が、俺なんかから手紙を貰ってもわずらわしいだけだろう。


「そんな事無いと思うけどなぁ。ユウトって、結構女心に鈍感だよね?」


 そんな見当違いな事を口を緩ませながら言う鈍感主人公様に、思わずその頭を力を込めてひっぱたいた。


――――


 額から滴る汗が、目へと伝って来るも、瞬きはしない――いや、出来ない。


 万一、一瞬でも瞬きをする様な事があれば、その隙に正面に据えられた木刀が不可視の一撃となって飛んで来る事を知っているから。


「はぁっ、はぁっ……」


 何度も斬り結んだせいで既に呼吸は荒く、心臓は跳ね回っているが、それでもなお正眼に構えた木刀は常にどの様にでも動き出せるる様に小刻みに揺らし続ける。


 対するユウトの顔も真剣そのもので、顔の脇に垂直に木刀を立てた八相に構えからは、魔力と共に気迫が立ち上っていた。


「っ、はぁっ」


 一呼吸の内に3度、風を断ち切りながら繰り出した突きは、弾かれ、防がれ、逸らされた。


 防がれた木刀を引き戻し、再度斬りつけよう――そう考えた隙に、土煙を巻き上げながら距離を詰められる。


 木刀はまだ引き戻せておらず、受けるにしても態勢が悪かった。


「いやぁあああっ」


 裂帛の気合と共に放たれる渾身の袈裟懸け、しかしそれを目で見て判断するよりも早く、軌道を一点読みしていた木刀が、一瞬交錯した後に巻き上げて、ユウトの手から木刀を弾き飛ばした。


 ドスッと言う音と共に、芝にユウトの木刀が突き刺さるのを見届けると、大きなため息を吐きながらその場で尻餅ついた。


「っはああ、これで何とか今日も3勝3敗まで持って行けた……」


 そう言って安堵しながら雲一つない青空を見上げる俺に対し、ユウトは口を悔し気に引き結んでいた。


「今日も、ダイキに勝ち越せなかった……」


 地面に突き刺さった木刀を回収しながら、ユウトが恨みがましい目で見て来る。


「あの場面、もし仮に僕が最速で袈裟懸けに行くんじゃなくて別の行動をしてたら、どうするつもりだったのさ……」


「その時は、潔く負けてただけだなっ」


 グッと体を伸ばしながら、最後の攻防を振り返る。


 もしユウトが最速で袈裟懸けをするのではなく、別の軌道を描く斬撃や、仮に一瞬攻撃の前に僅かな間を置いていたとしたら、オレの全力を使った巻き上げは成功することなく、致命的な隙を晒していただけだったろう。


 だが、その前の渾身の突きをいなされた時点で既に旗色は絶望的に悪く、あくまであの行動はユウトの行動を幼いころから知っているからこその読みと、それに全力で突っ張った博打にすぎない。


 要は、実力的に劣っているからこその悪あがきなのだが、ユウトは納得がいって無さそうだ。


「そんなに僕の攻撃って読みやすいかな?」


 問いかけながらも木刀を素振りして感触を確かめるユウトに、思わず苦笑いする。


「ユウトが読みやすいっていうより、もう15年も一緒にいるからそんなもんだろ?」


 木刀がぶつかり合った衝撃で未だ痺れたまま、まともに握る事も出来ない右手を隠しながら軽口を叩く。


 魔法による飛び道具無し、魔力による自己強化と木刀による斬撃だけに絞った模擬戦と、ユウトの長所を大部分削った上でもなお、最近では勝ち切るのが難しくなって来た。


 その事に悔しさと共に、どこか誇らしい様な気持ちも感じる。


 今となっては、大分曖昧になった前世の記憶。


 しかしながら間違いなくかつての俺が全てを投じてプレイし、対人戦において9割近い勝率を出していた自分が、まだゲーム開始前のユウトと有利な条件で勝負して5分。


 その事実は、ユウトが間違いなく俺達が幼いころしたバカみたいな夢に近づいているって事なのだから。


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第2話は、1月9日(月)13:10投稿予定です。

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