最終話ダイジ。2022

サッカーが好きだった

大好きだった

それだけは誰にも負けなかった


詰まるところ、アギレラ・権左麗須ゴンザレスという男とのいさかいも、どちらがこのボール遊びをより好きかというだけだ

自分も相手も、己が一番だということを譲らない

我ながら頑固だったと思う


逆行転生してまでサッカーをしているのだ

また職業にしたのだ

現世でもまたプロ契約を結んだ


正直、お金を稼ぐだけならば、効率が悪い

どの株が上がって、どのギャンブルが成功するのかある程度わかっている

生きていれば、新川さんは頭の悪い生き方だと笑うかもしれない


だけど、これが自分なのだ

これ以外の生き方を考えられない

ずっとずっと、また死んでも、生まれ変わってもプレーし続けたい


やっぱりサッカーが好きなのだ

ブラジル人にもその思いは負けない

サッカーボールだったら身体にタトゥーを入れても惜しくない

それ以前に、魂にサムライブルーが刻まれている


サッカーで高みを目指したい

ほかの国では嫌だ

日本代表に入って、ワールドカップを目指すのだ

そして黄金色のトロフィーを掲げるのだ


立ち止まるわけにはいかない

屈するわけにはいかない

諦めるわけにはいかない


また若返ってサッカーができるのだ

経験と知識をもって、またキャリアを始められるのだ

自分の選手寿命は最初から再開したのだ




※※※※※




『2018年はベスト16で散った日本。この2022年カタール・ワールドカップでは、最低限グループリーグ突破が求められます。このドイツ戦どうなるでしょう、アギレラ・権左麗須ゴンザレスさん?』


「1994年と同様にドイツとスペインと同組という厳しいグループに入ったからね。知湖チコはどう思う?」


「油断はできませんよ」


知湖しるこ直樹さん。油断はできない、とは?』


「良くも悪くも一発勝負ですからね。勢いに乗れば良いけど、初戦を落としたら大変ですね」


『アギレラさん。日本が勝つとしたら、その要因は?』




「我らが主将キャプテン。長いリハビリに耐え、3大会ぶりに代表に復帰した千反田大治。そして頭角を現してきた新エースの西片大治。彼らは僕よりも……世界で一、二を争うくらいサッカーが好きだからだよ! そうだよね、ダイジたち・・・・・?」






 カタール、ハリファ・インターナショナルスタジアムに、またもや一陣の風が吹いた。


 突風が巻き起こり、芝が数本高く舞い上がる。


 彼らはなにかに突かれたように感じて、後ろを振り返る。


 それが聴こえたはずもないのに、45歳と28歳になった少年たちは、ピッチの真ん中で解説席に向けそれぞれ背中越しに親指を立てた。






「「大好き、です」」






『ダメになりそうなときは やっぱり ふたりのダイジ~♪』


 1991年のヒットソングに替え歌が載っけられて、2022年のスタジアム中に鳴り響く。


 とっくに引退してもおかしくない年齢になっても、千反田大治は1億2000万の想いを載せて、攻撃的な日差しの中今日も奔る。


『引退しろ』

『自ら身を引け』

『晩節を汚すな』

 そんな声も実際あがっている。


 それでも、青い空を背に広げ、緑の芝生を踏みしめて、白いボールを追いかける。


 今度はカメルーンの英雄、ロジェ・ミラのワールドカップ史上最年長ゴールを更新して、その名を刻むために。






 観客席では、千反田夫人となった文が5人の子供たちとともにフィールドに向かって手を振っている。


 試合中にもかかわらず夫はそれに応じて、恥ずかしそうに少しだけ左手を挙げてその手首を右手で叩く。


 そこには、古くなった彼の魂の色をしたミサンガが巻かれていた。


 それを見た末娘が、はしゃぎ始める。




「あ~、お父さん、私に向かって手を振ったよ」


「違うよ。あれは、お父さんとお母さんとのおまじないなの」


「おまじない? なんの?」


「お父さんにあげたミサンガがもし、ワールドカップ中に切れたらね……」






サッカーが好きだった


大好きだった


その想いなら、誰にも負けなかった


俺を負けさせたいなら、死んでも生き返って50年以上プロサッカー選手をやってみせろ


悲劇を奇蹟に変えてみせろ


できないなら俺の勝ちだ




サッカーが好きだ


大好きだ


その想いなら、誰にも負けない


また死んでも、生まれ変わってもプレーし続けたい




ずっとずっと、ずっと


それさえあれば、ほかに何もいらない


だけれども、それでも限界はやって来る


いつか、必ず引退する刻は訪れる


だからこそ、今こそ誇りを持って高らかに云おう




サッカーさえあれば、ダイジという男は、ほかに何もいらないのだと






           ~ダイジ。完~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダイジ。 ~『ドーハの悲劇』をやり直せ~ 高坂シド @taka-sid

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ