その3 皇来たりけり

 翁の家に人だかりができるのは、もう日常となりました。

「ああ、美しいと評判の娘はどこだ?」

「なんでも、絶世の美女だとか」

「ほとんど出てこないらしいからな。誰か見たことないのか?」

「この前ちらっと見えたが、かなりの別嬪だぞ」

「くそ~、今日はまだ見られないか~」

 その多くは、かぐやの評判を聞きつけた男たち。近所だけでなく、周辺の国どころかその有力者すらやって来る始末です。

「あら~、やっぱりいい体してる」

「たまんないわ~」

「あの腕と胸板に抱き止められたい」

「あの汗、舐めとりた~い」

「もうあたしの桃源郷が大洪水よ~」

 ごく少数、近隣のマダムたちが翁目当てに集まり、上裸で薪割りしている姿に興奮してるが、もうこれ以上触れるまい。

 翁は愛娘に悪い虫がつかないように、かぐやを屋敷の奥にやり、日中を人目に晒さないようにしました。わざと見える場所に出て薪割りしているのも、周囲を威圧するためでした。



 そんな日々の中、当のかぐやはというと—――

「どう、今日の男たちは?」

「う~ん、一番上で55点ってところ」

 窓の隙間から、日々やってくる男たちを見ながら、玉と話をしています。


「あの左端にいる権蔵さんは?この辺じゃ一番大きい畑を持ってるの」

「経済力は問題ないけど、顔がいまいち。56点」


「じゃあ、門扉の真ん中から顔を出してるのは?確かお向かいの一郎君」

「顔はまぁ及第点ね。収入は?」

「まだ親頼りね」

「じゃあダメ。スネ齧りのうちは男として見られない」

 

 何やらやって来る男たちの品評をしているようです。


「酷評ね…、なら、あの生垣の上で手を振ってるやつは?」

「バカっぽいからダメ」

「なかなか酷評ね。まぁ、わたしがそう育てたから、教育の賜物なわけだけど」


「お、あれは豪族よ。地位と経済力半端ないわよ」

「あのヒゲ面は無理。わたしの美貌に釣り合わない」


 玉の熱心な教育により、かぐやは女として生きていく能力を磨かれていました。

 特に男を見る目は鍛えられていったのですが、

「わたしのこの美貌に釣り合うハイスぺ男子はなかなか出てこないわね」

 したくても結婚できない人の末路みたいな発言をしていますが、翁に拾われて3か月で自分の市場価値を見定めようとしている姿は何ともしがたい。


 そんな群がる男たち(一部女性)も、ひと月もすればだんだんと少なくなってきました。

 自分のものになるはずがないと現実を直視して諦める者。

 なかなか見ることができないかぐやに存在自体懐疑的になる者。

 翁の筋肉に興奮しすぎて、自分の健康のために自粛する者。

 …………

 最後のはともかくとして、多くの傍観者たちは去っていきました。


 そんなある日のこと。

 ある男がやってきました。

「ふん、飾り気のない殺風景な屋敷だ」

 見るからに派手な服装の若い男は、端正な顔立ちで翁の屋敷にずかずかと入っていきました。

 少なくなったとはいえ屋敷の周りにはまだかぐやと翁目当ての人たちがいて、口々に何だ誰だと囁いています。

「そして、相変わらず暑苦しい男だ」

 若い男は庭先で薪割りをしている翁に上から目線で声をかけました。

 翁がそっと顔を上げます。

「なんだ、お前か。こんなところまで来て、暇人か」

 すると、若い男は不遜に笑いました。

「ふん、このオレにそのような口を叩くとは、相変わらずではないか」

 かなり偉そうに、男は話します。

「なに、従者から、この屋敷に大層美しい娘がいると聞いたのでな。どんなものかと見に来てやったのだ。光栄に思え」

 本当に何様だ、というレベルで男は話し続けました。

 その様子を見て、玉が軒先にやってきました。

「あら、イケメン。見ない顔だけどどちら様?」

 男の顔立ちを見て、玉は上機嫌に、興味の赴くままに尋ねました。

「なんだ女、貴様に拝謁を許した覚えはないぞ」

「なんか無茶苦茶偉そう」

「貴様のその容姿に免じて一度だけ無礼を許してやろう。偉そうではない、実際に偉いのだ」

 男は腕を組み、高らかに言いました。

 翁は最後の薪を割り、一度額の汗を拭ってから玉に言います。

「気にするな、ただのみかどだ」

「へ~、なーんだ、みかどか~、そうならそうと………………帝ぉっ!?」

 日ノ本の頂点のお方が、いらっしゃったようでした。

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