その4 かぐや姫賜れ。ええからはよ

 なんと、翁の家を訪ねてきたのはみかどでした。

「本来ならば人をやって呼び寄せるところを、オレ自らがやってきたのだ。光栄に思うがいい」

 しかも、かなり偉そうです。いえ、実際に偉いのですが、地位相応に偉そうな態度です。

「やはり暇ではないか」

 そんな偉いお方に対して、翁は何ら動じることなく毒を吐きます。

 それになぜか気分を害する様子もなく帝は応えます。

「何を言う。オレには寸暇もないわ」

「丸一日かけて来ておいて何を言っている」

 そう、都からこの屋敷まで牛車を使って丸一日かかる距離なのです。これを娘一人見るためだけに費やしたというのならば、暇人認定されても仕様のないこと。

「こんなことしている暇があるならまつりごとに費やせ」

 呆れ顔で、翁は言いました。

 すると、帝はさも心外だと言うように、胸を張って言います。

「何を言うか。いいか覚えておけ。オレまつりごとをするのではない。オレのすることがまつりごとなのだ」

 なんだかよくわからない理屈を捏ねだした帝は

「いいからさっさと娘を連れてこい」

 相変わらず偉そうに(地位相応に?)命じました。


 屋敷の奥で、かぐやは遠巻きに帝を盗み見ていました。

「で、どうよかぐや」

 かぐやの隣で、玉が尋ねました。

 何やら悩みつつも、かぐやが答えます。

「顔は満点」

「ほうほう」

「経済力も満点ね」

「ふむふむ」

「地位も将来性もこれ以上ないわね」

「うんうん」

「でも性格が最悪ね」

 やっぱりそこか~、と玉は苦笑い。

「というか、なんでそんな帝とお父様は仲良さげなの?」

「さ~?わたしもここに来たのつい数年前だから、その前の付き合いなのかな。宮仕えとか?」

「あんなごりごり筋肉の塊が宮仕え?日ノ本の宮廷ってどんな戦場なの?」

「いや、そんなところじゃないわよ」

「え?タマ姐さん知ってるの?」

「ああ、まあちょっと聞いた話よ。それより—――」

 そんな話をしていると、翁がかぐやを呼びに来ました。

「かぐや、すまんが少し付き合ってくれ」

「はい、お父様」

 かぐやは翁と共に帝の待つ客間に向かいました。

 嘗て翁に怯え切っていたかぐやでしたが、苦手意識などもう微塵もなくなっていました。出会い方が悪かっただけで、翁の多少不器用な性格もあり、少し時間が必要なだけでした。

 そんな父である翁と共に客間に入ると、上座にどっかりと座っていた帝が見上げてきました。

 近くで見ると、改めてイケメンであることがわかります。

「いつまで見上げている。不遜だぞ、娘」

 口はかなり悪いですが。

 性格さえよければな~、とかぐやは思いましたが、ぐっとその言葉を吞み込んで、可憐な笑みを浮かべます。

「かぐやと申します。何しに来たんだ性格破綻者ようこそおいでくださいました

 イケメンなのは認めてやるが帝のご尊顔を賜り気分が悪くなるからさっさと失せろ恐悦至極にございます

 ついさっき玉から聞いた口上を口にしながら、かぐやは作り笑いを維持しました。

「ふん、本来ならばオレの顔を見ることなく死んでいくのが常なのだが、貴様は本当に運がいい。その容姿に感謝することだな、娘」

 本当にかぐやのことを気に入っているのかよくわからない、大変偉そうな態度でした。

なんと美しい娘であろうか朕の眼鏡に適うとは緊張しすぎて呼吸が苦しい光栄に思うがいい胸が張り裂けそうだ歓喜にむせび泣け

 ……なんとなく、帝がかぐやを気に入っているような気がしてきました。

遠くから来てよかったこの朕がわざわざこんな辺境まで来たのだこの子可愛すぎる大変な栄誉と知るがいい

 ……なんとなく、帝がかぐやに夢中になっているような気がしてきました。

お願いしますさぁ請うがいいお嫁さんになってください我が所有物となる栄誉を賜りたいと

 ……なんだかもうゾッコンみたいです。

はぁはぁかぐやたん遠慮するな早く床でくんずほぐれつしたい貴様は我が寵愛に値する

 ……もうただの変態と思ってもいいのかもしれません。

 言っていることは傲岸不遜ながら、なにやらやばそうな空気を感じ取ったかぐやは長く続く居室生活で暇潰しに読んでいた、玉から借りた書物のことを思い出しました。

「そんなに思っていただいて光栄です、帝。もし本当にわたくしのことを思っていただけるのであれば、どうしても欲しいものがあるのです」

 なんと帝におねだりを始めました。この場に従者がいれば無礼者だ何だと騒いでいたことでしょうが、この場には美女にのぼせた帝と自身の市場価値を理解しているかぐや、そして帝に無礼を働き続ける翁しかいないので、もう感覚がおかしくなっているのかもしれません。

なになになんだ遠慮しないで許可するなんでも買ってあげるよ申してみよ

 帝は前のめりでした。惚れた弱みでしょう。

「『仏の御石の鉢』です」

「……なんだと」

 『仏の御石の鉢』とは、天竺にあるという、仏が作ったとされる鉢のことです。当然ながら、簡単に手にすることはできませんし、仮に海を渡って持ってくるとしたら、年単位の旅となるでしょう。

 こんなものをおいそれと用意できないと、かぐやは理解していました。無理難題をふっかけて、めんどくさい女だな、と思わせよう。もし本当に用意すると言ってきたら、それでも数年は時間を稼げる。そう考えてのおねだりでした。

「……いいだろう、しばし待て」

 帝はしばらく考えた後、すぐさま屋敷から出ていきました。

 どうやら本当に『仏の御石の鉢』を取って来るようです。

 やけにすんなりと了承して出ていってしまったので若干拍子抜けでしたが、これでうるさいのが帰ってくれた、これで数年は来ないだろう。

 かぐやはそう思って安心しましたが、翁だけは何やら思案し「むぅ…」と唸っておりました。

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