第23話 にゃんこは押し付ける
「ごめええええんっ、なさああああいっ!!!」
――朝日南家へ帰宅後、全力で頭を下げてくるるるに、全欲スルーをする俺。
…………。
……この構図は、何度目だっ!?!?
リビングで、高級そうなラグにおでこを擦り付け、さらに俺を逃がさないというようにしてぎゅっと掴んでくるるる。
――あの地獄の放送の後、地獄のような時間を過ごし、地獄にいる心地でいた後、こうして家に帰ってきたという展開である。
時刻は午後四時過ぎ。
「……てか部活はどうした」
おやつを勝手に盗み、食べてしまった飼い犬を叱る飼い主のような気持ちで、俺はるるを見下ろす。
学校後、さっさと朝日南家に戻り、一人ゲストルームにでもこもろうかと思っていたのに……なぜかるるが着いてきて、謝罪を重ねてきたのだ。
るるが部活を休んでまでして、一緒に帰ってきているのは一体……。
るるは、てへっ、というようにして、困ったような笑みを浮かべた。
「部活の先輩に、今日は家に帰れって追い返されちゃったぁ……運動する暇があるんだったら、国語の理解力を高める勉強をしてこい、って……」
「言われるだろうな!!」
あのせいで、俺は教室に戻ることでさえ恥ずかしくてたまらなかったんだからな!!
ついでに、イケメン放送委員にまで笑われて……くっっそおおおお!!!!
再び恥ずかしさの灼熱に燃えていると、るるが申し訳なさそうな顔をして、俺を見上げてきた。
「るるが、悪かった……んだよね?」
「ったり前だろう」
「じゃあ……ふーとくんの言う『シた』って……なんなん……ひぃっ!?」
それ以上聞くな、という視線を向けると、まだ地面に伏せたままのるるが、まるで飼い犬のようにしてびくっと身を震わせ、従順に口を閉じた。
「るる、ふーとくんの飼い犬になりますから……だから、許してください……そんな、怖い顔、しないでよお……」
「俺がなぜこんなに呆れているか分かってないだろう」
途端、びくっ!! と身を跳ねさせるるる。どうやら図星のようだ。
「……おい姉さんよ、こいつの性教育はどうなってんだ」
俺は溜息をつき……くるりと首だけを回し、リビングの方を見た。
「……そこで私に話を振るところを見ると、風斗、相当性格が悪いのね」
まあ知ってたけど、と言いながらも……すでに着替えを済ませ、美貌にちりちりと怒りと羞恥心を灯らせたねおが、はあーっと息をついてみせた。
「バカなの二人とも? るるの妹として、そして風斗の幼馴染として、超激恥ずかしかったわっっ!!!」
だあんっ! と細い足で大理石の地面を叩きながらも、ねおが羞恥心をにじませた顔で、るると俺を交互に睨みつけた。
……てか俺は悪くないだろ! 悪いのはこっち!
という視線がるるに集まるなり、るるはますます身を縮まらせる。
「どういうことぉ……ひっ、ご、ごめんなさいっ……」
何が何だか分からない、といった表情のまま、るるはねおから隠れるようにして俺の後ろにさっと回り込む。
こんな時にでも、大型犬を前にぷるぷると震えるわんこのような可愛さに、きゅんが止まらない。
「ねお、先程の質問の答えは、どうなんだ?」
「え? ……し、知らないわよ、なんで私が知ってると思うわけっ!?」
るるの可愛さを一旦頭から消そうと、俺は先程の問いをもう一度、ねおに問いかけた。
飾られている観葉植物を指でいじっていたねおは、そう答えた瞬間、かああっと顔を真っ赤に染め、口をぱくぱくとさせた。
……二人は裸の付き合いだから、そういうことも把握済みなのかと思っていたが……どうやらそうではなさそうだ。
がっくりと肩を落とす俺に、るるがぴと、と体を密着させてくる。
「……ふーとくん、ごめんね、ちゅーしたこと……」
「……だあああっ、違うっ! そういうわけではなく……なあ、ねお、どうすれば!」
「それでいい気もするわ」
「過保護がっ!!」
ねおがふんとそっぽを向きながらも、少し照れたような表情をするのを見て、俺は再び声を荒らげる。
親ばかならぬ姉バカがーっ! 将来るるが困るだろうが!
「将来のるるのためにも……はっ」
そこまで言ったところで、俺は思考を停止させる。
もしその将来の、相手が……俺だったらどうするんだ?
――そう考えた瞬間、俺はさああっと顔面蒼白になる。
「……余計なコトを考えてるんじゃないでしょうね」
「かっ考えてななない! とっとにかくだな、こいつにしっかり教えてやっといてくれ!」
俺はそう言い、急いで部屋に戻ろうしたが……ぐっ、とるるに足を掴まれたままだということを忘れていて、俺は危うく派手に転びかけた。
「お、おいるる、離してくれ」
「……しい」
「はぁ?」
小さな声で囁くるるに、俺は怪訝げに尋ね返す。
るるは、すうっと息を吸ったかと思うと、
「教えて、ほしいっ」
「……は?」
ますます怪訝げな顔をする俺に、るるがようやく、しばらく伏せていた顔を上げた。
「……??!」
その必死そうな顔に、俺はぎょっとして身を引いた。
ぷるぷると震わせた頬に、小さく揺れた瞳。わななく唇に、紅潮した頬。
……まずいっ、これは、るるの必殺技が、出る……っ!?!?!
いち早く逃げようと身を引こうとしたが、るるはさらにぎゅうっとおれの足を抱き。
制服の短いスカートを引きずり、ますます俺に身をくっつけながらも、じいっと俺を見つめた。
「……ねお姉とふーとくんだけの秘密、やだ! るるにも、教えてーっ!!!!!」
……駄々っ子モードだっ!!!!!
俺は、悲鳴にも近いため息をついた。
このモードに入ったるるは、それを叶えてあげるまで、とにかくごねる。
このるるの手法に、何年悩まされてきたか……。
ぷくううっと頬を膨らませるるるは、絶対に譲らないぞ、という強い意志を瞳に浮かべさせている。
「あ、あのだな、これは簡単に教えるようなものではなくてだなー……て、待てねお!!」
救いを求めてねおの方を見ると……すたたーっと、何事も無かったかのようにして、ねおが逃げていくっ!?!
「見捨てるんじゃない! おいねお!?」
ねおは、一瞬、ちらりと俺の方を見たかと思うと――
「……♪」
ねおはちろっ、と舌を出し、綺麗な目を細め、小悪魔に俺に笑いかけてきた。
固まる俺に、お、つ、か、れ、と口パクしてくるねお。
「……っ、ね、」
「ふーとくん、教えてーっ!!!!」
――絶体絶命。
そんな言葉が、頭に降ってくる。
――後で覚えとけ、ねお。
そんな言葉も、頭に降ってくる。
続いて、衝撃。
ね、ねおのやつーっ、俺を捨てやがったーっ!!!!!!!
「くっ……そぉ……!!」
あの生意気な悪戯げな笑み……ああああっ、昔、ねおと喧嘩をするたびに見た、優越感たっぷりな顔ーっ!!
後で全力で罵倒してやる、と意気込みながらも、俺はそういう場合ではないことを深く感じていた。
「うぅー……」
ねおの足音が完全に二階へとフェードアウトした今、リビングには俺とるるの二人きりだ。
るるが、その大きな胸をぎゅうっと俺の足に押し付けながらも、うっすらと目に涙をため、俺を見上げてくる。
白い膝がスカートの裾から覗き、細い手が、ゆっくりと俺の方へと伸ばされてくる。
「ねお姉だけが知ってる秘密は、ずるいよぉ……っ」
「……っっ」
言ってあげたい気持ちはやまやま、なんだがっ……!!!!
「こ、これは、言葉では表せないんだ」
「? じゃあ、動きってこと?」
「い、いやっ、そういうわけでは……」
困り果てる俺に、るるは急に、ぱああっと無邪気な表情を向けてきた。
「じゃあ、見せてくれたら分かるよね!」
「い、いやぁ……」
「? じゃあ、るるになにかする、ってこと?」
ぎく、と身を震わす俺。
と、当たりだーっ、と嬉しそうに声を上げながらも、ねおがぱっと立ち上がる。
「じゃあ、今日の夜、教えてよっ! ね、いいでしょ、いいよね?」
……るるさん?????
それ、どういう意味か分かって言ってます????
「あーでも、今日は恋バナ大会だったっけえ……んーじゃあ、恋バナの後にしよっ! るるの部屋で二人っきりになった時に、教えてねっ!」
「ちょっ、っ、ま!?」
待った、と言うより早く、るるは勢い良く立ち上がったかと思うと、満足げな顔付きで、ばたばたと二階に駆け上がっていく。
「先お風呂入ってくるねー! じゃあふーとくん、また後でっ♡」
「……っ、ま、待ったぁ」
しばらく硬直していた俺だが、ようやく口の硬直が解け、慌てて言葉を発する。
が、その声はか細く、弱弱しい。恥ずかしすぎる。
「?」
階段を完全に駆け上がる前に、るるは俺の問いかけに答えるためか、ふわりとこちらを振り向いた。
その栗色の髪が、眩しい照明により息を呑むほど美しく宙を流れ、俺はついに、その一瞬の隙さえも失ってしまう。
るるは、にへっ、と天使のような笑みを浮かべるなり、
「ふーとくんっ、楽しみにしてるねっ!」
「…………」
……これは、俺、終わったかもしれない。
俺は真っ青になりながらも、広いリビングに一人、ただ佇むことしかできなかった。
好きだったネコ系幼なじみにフラれたので、その双子のイヌ系妹と付き合い始めた。そしたらなぜか、めっちゃ妬いてくるんだが? 未(ひつじ)ぺあ @hituji08
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