第22話 わんこはシてしまう


「……ねえ、風斗くん。るるが朝言ってたんだけど……昨日、一夜を共にしたって、本当……??」



――その日、学校中の話題は、そんなデマでもちきりだった。


当然のようにして、俺の机を、威圧感漂う女子グループメンバーたちが囲っていることに、俺は本日何度目かもわからない、大きくため息をついた。



「……違う、誤解だ」

「で、でも、ふーとくんが、昨日家に泊まりに来たんだ~って、るるが……」



その女子たちの中には、涙を流している子までがいる。

なんだこれ、葬式か? 



「それに、き、キスもしたって言ってたし、その……」


キスは……あれはるるがやってきたんだっ!!

と反論する一瞬前、こらえきれないといったようにして、先程まで沈黙を保っていた女子たちが、一斉に声を上げた。



「るる、平日に大胆すぎるよお!」

「親にはバレなかったの? 普通、声とかでバレるんじゃ……」

「るるの胸、大きかった? 触った感想は?」

「ううっ、うう……風斗くんの体が、るるに汚されていくっ!!」

「ちなみに風斗くん、経験は!? るるはないって言ってたけど……」



「違う、話にひれがついているが……あってるのは、昨日るるとねおの家に泊まりに行った、ということだけだ」



そこは隠してもしょうがないので、俺は勢いよくその事実を述べた。


途端、女子たちは一斉に顔を見合わせ、すぐに、



「てことは、認めたようなものじゃんっ!!!」

「カレカノが家ですること……そんなことっ、一つしかないじゃないっ!?」

「でも……朝日南さんもいたってことは……隠れて!?」

「いやああああっ、想像したくもないよお!!」



あのなあ……違うって、言ってんだろっ!?!


これには事情があって……そんな破廉恥なことはするはずがない!



「るるが朝、今夜も楽しみだね、とか言ってて……」



ああああ、るるが紛らわしい事を言うからっ!!


先生の手伝いか何かでまだ教室に姿を現していないるるを精いっぱい恨みながらも

、俺は弁論しようと息を吸う。



「違う、あれは……昨日、三人で……」



しかし、ここで恋バナと言ったら、またいろいろと深掘りされてしまう、と危惧した俺は、そこで言葉を切る。


女子たちが示した反応は、



「さ、三人で!?」

「三人でシた……っ!? うそ!!」

「それって、風斗くんの浮気になるんじゃ……」



だあーっ違う違うっ!!! なんでそうなるんだあああああっ!!!!


俺が涙目になって、反論する余地も与えられない中、グループの中の一人がおずおずと声を上げる。



「てか、噂で聞いたんだけど……昨日、教室内でも、そんなことがあった、とかないとか……」



「えええええっ、ここでもーっ!??!?!」

「ど、どうしよう、ええっ、教室でも、するなんてっ!?」

「なんでバレなかったのよ、どうしてーっ!?」



再び騒然とする教室に、手を付けられるわけがなく、俺は涙目になって机に突っ伏す。


ああ俺終わったなあー、と思いながらも、俺は段々と女子たちの声が遠ざかっていくのを感じ―――。



「ねえ、あなたたち」



ねおの声が教室に凛と響いた途端、ぴたっ、とそのざわめきが収まった。




「ね、お?」


「この人が泊まりに来たのは事実。だけど、変なコトは起こってないと断言できるわ。それに、本人から直接聞いたけど、教室の件も、全くのデマ」



あんなにもうるさかった教室が、ねおの一声で、しんと静まってしまう。



「そうやって事実と空想を混ぜるから、被害が増えるのよ」



ねおは吐き捨てるようにしてそう言うなり、一瞬だけちらりと俺を見る。

これでいい? と言ったように感じられ俺は感謝の意と共に、大きく頷いた。



「あ、ありがとう、ねお! ねおがいなかったら、さらに騒ぎが広がってただろうし……感謝してる!!」


「……っ、ふ、風斗のためなら、別に、大丈夫」



俺がねおに飛びつかんばかりの勢いで身を乗り出すと、ねおは真っ赤になり、目を逸らしながらも席に戻っていってしまう。



「あ、あんなに嬉しそうな朝日南さん、初めて見た……」

「どういうこと……」



ちなみに、あんな顔を直視したことは、俺でも、ない。


ねおも、あんなに照れまくった顔をするのか……と感動しているのは俺だけではないらしく、教室中がまたもや騒然とした。


そんな後、女子の一人が、俺をじっと見つめてくる。



「……てことは、その、行為を……してない、ってことで、いいんだ?」


「も、もちろんだ。するわけがないだろ……」



強く頷く俺。


と、ようやくみんなも我に返ったようにして、ほっと安堵の息をついた。



「だよねーっ、まあ、するわけないかっ!」

「びっくりしたあ、まあ朝日南さんが言うんだから、事実だろうし……」


「てか、なんで風斗くんは、朝日南さんとるるの家に泊まることになってるの?」



……説明しがたいっ!!



「え、なんで黙ってるの?」

「まさか……やっぱり、彼女とお泊りのため……っ!?」

「朝日南さんの見えないところでっ!? いやーっ!!」



だあああもう、せっかくねおが納めてくれた騒ぎがっ!!


もう一度教室がざわめき、俺は手が付けられずにがっくりと肩を落とす。


ああああっ、どうすればいいんだっ!?!



――丁度その時、



「おっはよおーっ! ……って、何この空気っ!?」



そんな明るい声が教室に入ってきた。

途端、教室は、その瞬間を待っていた、とでもいうようにして、一斉にるるに襲い掛かる。



「あーっるるっ!! 待ってたんだからね!!」

「昨日グループに返信してなかったでしょ、心配してたんだから!」

「いろいろと聞きたいことがあるんだけどっ!?」



「ほぇ……いいけど……?」



「「「「風斗くんと、シたのっ?!!?!」」」」



教室中が震え、クラスメートの声が一つになった。


……これは、るるにかかっている。



まあ、俺たちは変なコトはしていない。


まぁ、強いて言うならば……朝の、モーニングキス、だろうか。



まあ、るるが「うん」と言うことは決して、ない。

大丈夫だ、うん、大丈夫。



――そんな期待は、




「えぇーっと、実は……し、シ、シちゃいましたっ……!」



「「「「「「「「ええええええええええ!!?!?!」」」」」」」」



――そんなるるの声によって無残にも砕かれてしまったのだった。













『えー、お昼の放送です。本日はレッツ☆懺悔コーナーです!! なななんと、今学校中をざわめかせているお二人が、ゲストとして来てくれましたー!』



……最悪だ。



昼、俺はなぜか放送室にるると共に連行され、あのイケメン放送委員長が担う『レッツ☆懺悔コーナー』が行われている所だった。


この『レッツ☆懺悔コーナー』は昔から行われていた企画であり、募集した懺悔の中から人っと懺悔内容を選び、その人に放送で罪を懺悔してもらう、と言う企画だ。



「こんな、放送委員側からインタビューするのは初めてだなっ、凄いっ!」

「喜んでる場合か!!」



るるが状況にそぐわずきらきらと瞳を輝かせ、俺はげんなりとしてため息をついた。




――朝の騒動は、あっという間に生徒中を駆け巡り、とうとう先生の耳にまでも入った。


親にまで連絡がいく始末で、生徒たちの噂も止めることができない。



途方に暮れていたそんなとき、イケメン放送委員長に、この話を提案されたのだ。



――「ねえ、君たちの噂を改変するためにも、『懺悔大会』に出てみない?」と。





ちなみに、俺とるるが会話を交わすのも久しぶりだ。


騒ぎを鎮静化させたかったのももちろんあるが……それより、行けなかった、と言う方が正しいだろう。



いつも、授業中にはひっきりなしに、朝のるるの発言について言及する手紙が回ってきたし、休み時間になった途端、他クラス他学年の生徒たちが押し寄せてきたのだから。




「……てか、なんでシた、って言ったんだよ……っ!!」

「えっ、だって……やったじゃん、るるから……」



こそこそと会話を交わしていると、こほん、とイケメン委員長が俺たちを見る。


俺たちにとっても、誤解をとくいいチャンスだと思って引き受けた放送だが……うまくいくことを願うしかない。



俺は小さく息を吸い込みながらも、ぱちん、とマイクをオンにした。




「え、っと、龍川風斗、です」

「同じく、るるですっ!」



「バカッ、それじゃあ同じ苗字が同じみたいになるだろうが!」



小声で言ったつもりが、それはマイクに拾われてしまったらしく、放送室の外から笑い声と戸惑い、悲鳴が相次いで聞こえる。



「えーいいじゃん、いずれは龍川るるになる……かもだし?」

「やめろやめろ、とにかく今は、誤解を解かなければ……」



俺はますます声を潜めてるるに囁くなり、あらかじめ準備していた原稿を読み上げた。



「え、ええぇー、本日学校中をざわめかせていました、俺と、るるが……し、シた、という誤解を解きたいと思います」



途端、爆発的な悲鳴が各教室から聞こえる。



「大丈夫、ふーとくん? 声、震えてるよ? るるがやろうか?」

「いいからお前は黙ってろ」



るるをなだめるため、数回ぽんぽんと頭を撫でてやる。


……が、高性能マイクだからか、ぽふぽふ、という音もマイクに拾われてしまったらしく、学校中が新たに大きな黄色い悲鳴に囲まれた。


それには気付かず、俺は止まりかけていた言葉を必死に紡いだ。



「え、っと、まず、俺たちがなぜ一緒の家にいるのか、についてですが……それは、個人情報なので全ては言えません」


「ほう、それはなぜ?」



と、いきなり横から声が飛び、俺はげんなりとしてそちらを見る。


視界が捉えたのは、驚くほどにわくわくとした表情をした、放送委員長が俺たちを見ていた。


……そうだった、この『レッツ☆懺悔コーナー』は、放送委員長との対談、という形になるんだった……。



「しかし、私都合により、俺は、朝日南家に数日滞在することになっていて……」

「あれれ、黙秘権を使うのかな?」



うっさいイケメン!


……と思いながらも、俺は残りの原稿を読み上げた。



「その際に、一切『変なコト』が行われていないことを断言したいと思います。昨日の午後、確かにひと悶着はありましたが……それは、すでに無実だと先生方に証明済みです。さらに、昨日の夜に関しましては、朝日南ねおによって、俺たちはいかがわしいことをしていないと証明できます!」



「ほう……なら、どうして今朝の騒動は起こったのかな?」




言い切った俺に、委員長が、まるで面白いものをみるような目で俺とるるを見る。



……そう、結局は、そこなのだ。


俺たちはそこを、まだ打ち合わせできていない。


つまり、一触即発。余計なことを言うなよ、という視線をるるに送り続ける。



「えーっとお、それは、だって……るるが朝に……シた、じゃん?」

「してないわ! 何の話だ!」



二人の発言がかみ合わなかったことに、防音の放送室にいても、学校中から聞こえる悲鳴が耳をつく。



「どういうことだ、シてないだろ! というか、今日の朝の発言はなんだ! どういうことなんだ!?」

「えーっ、だって、シてないって言ったら……嘘になるじゃん?」



「面白くなってきましたね。一体どういうことなのでしょうか?」



おのれイケメン!!


ますます愉快そうにして言葉を発するイケメンを不快に思いながらも、俺はるるに顔を近づける。



「いや、してないだろっ! だってあの後、俺たちはすぐ寝たじゃないか!」

「あの後……? あっ、恋バナかあ!」



るるがまたもや爆弾を投下し、学校中はさらに爆発的な悲鳴に包まれる。


ああああああもう、あえて避けてた言葉をっ!!!!



「へぇ、恋バナですか、詳しく聞きたいなあ」



ほらっ、イケメンが調子に乗るってわかってただろうが!


と、るるは、ハーフツインをぴくっと揺らしてぶんぶんと首を振る。



「いやっ、恥ずかしいよお! だって結局、るるの恋バナしかしてないじゃん!」

「わ、わかったから、今は誤解を解くことに……」



専念、と言いかけた俺をるるの言葉がかき消してしまう。



「でもふーとくん、今夜はしてくれるよね!?」



「おぉーっと、情熱的な会話っ!? これは一体!?」



だから黙れイケメンーっ!!


と心の底から悲鳴を上げながらも、俺はるるを焦った瞳で睨む。



「頼むから、変なコトを言うな。主語をつけろ、主語を!」

「えへへ……」



その甘えたような声に、今度は学校中が甘味で溢れるのを感じる。


俺はまとめに取り掛かるべく、大きく息をついた。



「とにかく、証明してくれ、るる。俺たちの間で変なコトはなかったと言ってくれ」


「えーと、ごめんっ! るるには、嘘が付けませんっ!!」



ざわわわわっ、と幾度目かのざわめきが学校に広がった。


ど、どういうことだっ!? るるは夢でも見てるのかっ!? はあぁああああっ!?!?!



「してないだろおおおおおっ!?!?」

「したじゃん、るるから! 今日の朝!」



「盛り上がってまいりました! 朝に、ですと? それは一体?」



白熱する俺たちの会話に、委員長ものりのりだ。


朝!? 朝は、何もしていない!! というか、夜もしてないが……!!



……ん、待てよ、朝?





俺はるるに言い返そうとし……ひゅっと、頭が急速に冷やされるのを感じる。



…………ま、まさか。



頭が急速に回転し、冷やされ、俺は一つの結論にたどりつく。




「……るる」

「んっ?」



こてんと首を傾げるるるに、俺は、最小限の音量で、るるに尋ねた。



「お前……『シた』を、何だと思ってるんだ?」



しん、と静まる学校内。



「えー、聞くまでもないよっ?」



るるは、怪訝げに口を開くなり、



、でしょ??」




――今度は、痛いほどの沈黙が、学校中に広がった。




「…………るる」


「うああ、恥ずかしいっ、絶対に放送で言う話じゃないよお……えっ、なにっ?」



頬を真っ赤に火照らせ、目をつむってしまうるる。



「…………」



俺は、ありったけの酸素を吸い込むなり、




「それは、シたって、言わないんだよおおおおおおおおおーっ!!!!!!」






そう、学校中の生徒全ての感情を代弁し、雄たけびをあげたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る