第15話 わんこはむくれる
「撮ーろーおー!!」
「いーやーだー!」
ハートのモチーフの前、俺とるるは今、絶賛争い中だ。
「キスされたら、永遠なんだよ? ちゅって口にするだけじゃんっ!」
「おい周りを見ろるる! 俺たちを見てるカップルが何人いると思ってるんだ!?」
ピンクの、俺の身長分くらいありそうな、巨大なハート。
それに、背後には桃色の壁紙がしいてあり、写真映えがいいのだろう、先程から熱々のカップルがキスをしながら写真を撮っている。
いわゆる、恋人たちの恋愛スポット、というやつだろう。
ちら、と俺が周りを見回すと、周りでは、なぜか大量のカップルたちがじろじろと俺らのことを見ている!!
「わっ、あの子たち、双子!? そっくりじゃん!」
「え、モデルかな? 声かけちゃう?」
「雰囲気は似てないけど……あの同じオーラはなんなんだ!? かわええ!!」
「えーっ、あの活発そうな方、メイクしてないよね? なんであんな綺麗なの!?」
「あーっちょっとタケル、その子たちの方じろじろ見ないで! 浮気よ!」
少しそば耳を立てると、それだけで、るるとねおが多大な注目を浴びているのがわかった。
ただでさえイヌのように可憐であどけないるると、ネコのように清楚で端麗な顔立ちのねお。
正反対の二人だが、れっきとした双子であり、顔立ちはそっくりだ。
どこかもやっとして顔をしかめていると、るるはその隙を狙っていたのか、より一層強く俺を掴む手を引いた。
「ふーとくんっ! 一緒に撮ろーよっ!」
「そ、そんな迷信信じる方がおかしい! ほら、どこかで食べ歩きでもしよう! な!」
「やーだっ! せっかくちゅーできるのにい!」
しかし、食べることが大好きなるるでも、今回は頑なに譲ろうとしない。
「……はぁ」
と、ねおは呆れからなのか、横で小さく息をついている。
「うー……こうなったらぁ……」
先程まで俺の裾をぐいぐいと引っ張っていたるるだが、とうとう本格的に武力に手を出したらしく、
「うりゃああーっ!」
「うおぉ!?」
俺の背中に手を回すなり、物凄い腕力で引きずり始め、とうとう俺をハートのモチーフの前へ引きずり出した。
途端、痛いほどの照明の明るさが俺の目を焼く。
「ぐっ……」
ハートの周りにあるライトが眩しすぎて、俺は目をならすため、しばらく目を瞬かせた。
「え、あれが彼氏? 嘘でしょ?」
「なら、あのもう片方の美女はなんなんだ? ただの付き添い?」
「えー、それはかわいそう……」
さらに、周りのカップルたちが、じいいっと俺たちを見ている……ああああ恥ずかしい!!!
それに、その会話の中からかすかに聞こえる、ねおを貶すような声が、俺を無性に苛立たせた。
しかし、るるはそんなことは気にしていないのか、俺に抱き着いたまま、じいっと俺を見上げてくる。
「ふーとくんっ」
「……っ」
るるの期待で揺れる瞳、ほんのり桃色の頬、長くて震えるまつげに、しばらく俺は目を奪われ、動かせない。
……が、間一髪で俺は舌を噛み、目をカッと見開いた!
「ち、ちょおっと待ったあ、るる!」
るるの唇に吸い寄せられる一瞬前、咆哮を上げ、むりやり意識を覚醒させる!
これが成功したため、俺は一気に安堵を覚えながらも荒い息を整えた。
「ふぇ?」
「あのなあ……」
……こんな場所でファーストキスなんぞ、済ませられないだろ!!
こんな、大量の人が見ている、デパートの一角でファーストキス……ロマンチックの欠片もないじゃないか……!
他にもタイミングは山ほどあるはずだ、こんなジンクスにとらわれる必要はない!!
しかし、すでにやる気になっているるるは、びっくりしたような、少し焦らされたような表情で俺を見る。
「え、どうしたの……ふーとくん?」
なにか、言い訳……よ、よしっ!!
「そ、そうだ、ねお姉が一人ぼっちだぞ? かわいそうじゃないか!」
「……!」
必殺、『るるの良心を揺り動かす』だっ!!
るるは良心の塊だから、ちょこっとそこを突けば――
「た、確かにっ」
「だろう? だから、今はとりあえず撤退……」
しばらく悩んだように俯いていたるるだが、突然にぱっと顔を輝かせ、
「じゃあ、三人で撮ればいいね! よおし撮ろーっ!」
……いやなんでそうなるんだああああ!!!!!
呆れや絶望を通り越して、ただ愕然として震える俺に、少し離れたところで立っていたねおをるるが手招きする。
「な、なによ、どうしたの?」
「ねお姉が独りぼっちは寂しいから、三人で撮ることになったの!」
「はぁ!?!?」
声を上げ、ねおは怪訝げな声を上げる。
そりゃそうだ、俺だって同じ感情だ!!
……しかし、一度やる気に燃え上がったるるを止めることは、かなりの難易度だ。
「るるとふーとくんがちゅーするから、ねお姉は横でポーズとってね!」
「はぁあ!? わっ私、なんのために呼ばれたのよ!!」
ごもっともだ。
カップルのキスシーンにお邪魔するだけでなく、その横でポーズなんて、あまりにもシュールすぎる。
俺ならメンタルが崩壊しそうな状況だ。
「よおーし、撮るよっ!」
「いや、キスはもっと先に取っておこう、るる!」
「いやーだ、今するのー!」
「わ、私、戻るから!」
「おいねお待て!」
話が混乱に陥り、俺たちはハートのモチーフの前でごたごたとしてしまう。
そんな時、
「……あのー、撮りましょうか?」
「「「!!!」」」
見かねたのか、ハートのモチーフの前で立っていた優しげなカップルが、おずおずと尋ねてくれた。
「……え」
はっとしてそちらをみると……ハートのモチーフの前には、長蛇の列ができていた。
るる曰く、ここは人気な恋愛スポット。
さらに今日は最高のデート日和。そりゃあ、これだけ混むだろう。
「す、すみません!」
俺たちがごたごたしていたせいで、こんなにも人を待たせていたことを悟り、俺は真っ青になる。
すぐにハートのモチーフから離れようとするが、その一瞬先に、ねおのスマホがカップルの女性の手に渡った。
「じゃあ、一枚お願いします」
「!? ねお!?」
目を見開くと、ねおはちらりと俺を見る。
「ここまで言わせてしまって、断る方が失礼でしょ? ほら、みんな待ってるわよ」
「お、おぉ」
俺はぺこりと女性に頭を下げるなり、ぎこちない足取りでるるとねおの間に入る。
……じいいいいいい、とカップルたちから感じる、痛いほどの視線。
列に並んだカップルたちが、美女の双子、それに、この俺を値踏みするようにして、視線を刺してくる。
「……ふーとくん、顔真っ青だよ?」
こんな極度の緊張を感じるのは、久々だ。
こんなところでキス、など……無理だ、無理。メンタルが崩壊しそうだ……!
「……」
と、俺はすぐそばからねおの視線を感じる。
ねおはしばらく悩むように視線を彷徨わせていたが、やがて、るるのパーカーの裾をくいっと引いた。
「……るる」
その後、こそこそと何かを囁くねお。
「ねお姉……え、でも……う、うぅうっ」
「ほら、わがまま言わずに。ね?」
しばらくるるは悩むようなそぶりを見せていたが、ついに、
「……わ、わかったよぉっ!」
そう可愛らしい声で叫ぶ。
そしていきなり、るるとねおは同時に身を離すなり――
「「写真、お願いします!」」
「!! ちょ、まっ……」
「ではいきますよ、はい、チーズッ!」
か、覚悟が!!! ああああああ!!! やばい、心の準備がぁあああっ!!!!
ぱしゃ、とカメラ音が響いた時に、俺は切腹の勢いで、唇に触れるはずのるるを待つ。
……が。
「……え?」
「あ、よく撮れてます、本当にありがとうございます」
……………???????
唇に何も触れなかった事、それに、代わりに左右からぎゅっと握られた両手に、俺はただ訳が分からず固まってしまう。
「むううううっ、るる、満足じゃない! 不満!」
「はいはい」
……いやいやいやいや、え? なに? え? キスは??
るるが喚き、ねおはそれをなだめながらも女性からスマホを受け取る。
そして、歩き始めながらも、固まる俺の方を肩越しに振り返った。
「なに固まってるの、行くわよ? 他にも並んでいる人がいるわ」
「ちょっと待ったああああ!!! る、るる……しなかったのか、キス!?」
モチーフのそばから離れた後、俺はむくれたようにしてそっぽを向くるるに、慌てて詰め寄る。
俺は腹を決めてたのに……なぜキスをしなかったんだ?!
と、るるはぷくうっと頬を膨らませ、胸の前で腕を組み、拗ねたようにして声を上げる。
「……手を繋ぐだけで今は我慢しろって、ねお姉が! だから、右手をぎゅうって握るだけにしたのー!」
「!!」
俺が急いでねおの方を見ると……ねおはそっぽを向いたまま、ぽつりと言う。
「だって……嫌でしょ?」
まさかねお……俺の感情を察してくれたのか……!?
周りにこんなに見られる場所で、さらにロマンチックの欠片もない場所で、ファーストキスは嫌だという俺の想いを……叶えてくれた!?
「役に立ったならよかったわ」
その整った顔になぜか僅かに笑みを綻ばせながらも、お団子をぴょこっと動かしてねおは視線を逸らしてしまう。
「……むうう、せっかくのちゅーのチャンスだったのにぃ!」
「ごめんって、また……しよう、な?」
「ふーとくんの『また』って、ずうっと先だもんっ!!」
いや、場所が場所だったんだ……もし、もっとロマンチックな場所……例えば公園とかだったら、もちろん唇を奪っていただろう。
ただでさえ愛おしくてたまらないるる。
ああああ、るるに口づけしたいのは、山々すぎるんだが……っ!!
「あ……ね、ねお」
むくれてしまうるるの頭をぽんぽんと撫でていると、俺はすぐそばを歩くねおがちらりと俺を見たので、こそっと耳打ちする。
「……ありがとな、ねお。俺のために」
「どど、どういたしまして?」
ねおはそう、なぜか焦ったようにして言った後、誰にも聞こえない声量で、小さく呟いたのだった。
「私も嫌だったから、私のためにも、ねっ」
そして、写真を撮るときに、どさくさに紛れて風斗と握った左手を、何かを味わうようにして、ぎゅっと握りしめた。
♢
「時間がまずいわね。もう五時半よ」
「「ええーっ!」」
しばらくデパートをうろうろしていると、あっという間に時間が過ぎ、俺とるるは同時に絶句の声を上げた。
特に何も買っていないが、店を物色しているだけで、時間は光のように早く進むのだ。
デパート内についている窓をちらりと覗くと、辺りは薄暗くなって、街灯の電気がつきはじめている。
「はぁ……なんだかあっという間だったな」
もう少しだけ、三人でいたいな……と素直な思いが、不意に頭にこみ上がってきた。
例えなにか特別なことがなくても、三人でいるだけで凄く楽しい。
なんだか、昔に戻った感覚がする。
もっと背丈が小さかった頃、三人でバカみたいに走り回った頃が、今と重なるのだ。
「あのっ……ふーとくん、ねお姉……」
俺が物思いにふけっていると、不意にるるが瞳を輝かせながらも、俺とねおを懇願するような瞳で見つめてきた。
「なんだ?」「なによ?」
るるはしばらくもじもじとしていたかと思うと、やがてハーフツインを散らせながらも、ぱっと顔を上げた。
「この後、もう一つだけ、行きたいところがあるんだけど……ついてきてくれる?」
……もちろん、俺の返事は決まっていた。
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