第14話 にゃんこはデレる


――食事後、俺たちはしばらく犬や猫と触れ合ったあと、名残惜しげに店を出た。


時刻は午後三時。

外は相川らず太陽の光に照らされて、涼しいとは対照的な温度だ。



「ふぁーっ、楽しかったねっ! もっといたかったなあ……」



そう、ぐいーっと伸びをしながらも言うるるに、俺は少し呆れたようなため息をつく。



「いぬねこカフェに行った後、他にも行きたい場所が二つある、って言ってたのは誰だったよ……」



事前にデートの詳細を聞き出しておいてよかった、と俺はこの時心の底から安心した。


もしも把握していなかったら、犬や猫の誘惑に負けて、一日中ここで戯れていただろう。



「あっ、そうだったー! じゃあ、次行きまーすっ!」



と、るるは途端にぱあっと顔を輝かせ、駅に向かって小走りになった。


ことごとく単純な奴だ。

将来怪しい奴に騙されたりしないか、つくづく不安になってくる。




「……私もついていっていいのよね?」



不意に後ろからそう聞こえ、俺が振り向くと、ねおがブラウンのワンピースを揺らしながらも、じっと俺を見つめていた。



しかし、その謙虚な聞き方からは程遠いほどの、意思にあふれた表情をしていて、俺は思わず苦笑してしまう。


表情から、『何が何でもついていくから』という心の声が読めてしまうほどにだ。



「……まあ、るると二人でデートなら、いつでも行けるしな……」



その通りで、るるとねお、俺の三人でお出かけなど、本当に久しぶりだ。


高校に入ってからはもちろん、中学生の頃から、俺たちは一緒に遊ばなくなってしまった。



理由は例えば、ねおがいつも以上に素っ気なくなっていったこと。


中学生になり、男女をお互いに意識するようになったこと。


瓜二つだったはずのるるとねおの距離が、段々と離れていったこと。



他にもあるはずだが……俺はその前に、ねおに向き直って口を開く。



「……もしるるがいいと言ったら、な?」


「!!」



それを聞くなり、ねおはいつものるるのように、ぱああっと顔を輝かせた。


尻尾をぶんぶんと振らんばかりの、ねおの幸せそうな表情は、一瞬るると錯覚してしまう程にそっくりだった。



「あ、ありがとうっ」

「あぁ……」



いぬねこカフェのおもちゃと戯れていたネコのように、何かときめくものにとびかかる勢いで、ねおは嬉しそうに笑みを浮かべるなり、るるの方へと小走りで駆け寄っていく。



「……はっ!!」



小さなお団子が乗っかっただけの頭に、ぽやーんとネコミミが浮かびそうになり、俺は我に返るなり慌てて目を逸らした。


……危ねぇ、危うくネコミミが回想されるところだったあ゛!!



「えー、ふーとくんと二人がいいなぁ……え、なになに、恋愛パワースポット? 恋愛おみくじ? ……おそろっ……!?」



十メートル先にいたるるは、ねおからそれを聞かされ、しばらくむうっと膨れたような表情をしていた。


が、ねおに何を吹き込まれたのか、るるの表情は、不満そうな顔から驚き、感嘆、やがてぱあああっと顔を明るくさせるまでに至った。



「よおーっし、行こうっ! 目指すは、デパートだっ!」



るるは俺の元まで駆け寄ってくるなり、リードを引っ張る飼い主のようにして、ぐいぐいと俺の胸元を引っ張り出したのだった。









――三十分後。



クーラーで満たされたデパート内に入るなり、まだ春だと分かっていつつもほっと息をつく。



このデパートは、ここら辺では一番大きいところで、さらに今日は土曜日のため、そのせいかかなりの人込みである。



「うーんっ、目当ての場所が見当たらないよお……」



るるは、パーカーの袖を幽霊のようにして胸前までもってきて、困ったような表情をする。

その仕草がいちいちかわいい。後ろ足だけで立ったイヌを思わせる……はああ、癒しだわ……。



俺は右手でるるのパーカーを、そして右手でねおのワンピースの袖を掴み、はぐれないようにする。



「うぅー……手を繋ぐ方がいいっ」



と、即座に甘えた声で要求してくるるる。


しょうがなしに(しょうがなしに!)俺は、るるの柔らかくて細い指に指を絡めた。



「……み、見つからないわね」



と、裾を掴んでもなにも言わなかったねおが、どこか照れたようにして頬を赤らめながらも、そう呟く。


というかそもそも、どこに行くつもりなんだ……?



「うぅー……どうしよ……」



あまりの人込みに、涙目になるるる。


……しょうがない、ここは俺が……。



るるの身長は156センチ。ちなみにねおも同じく156センチだ。


そして、俺は172センチくらい。ならば……。



「わああぁああっ!?!」



俺はいきなりるるに背を向けてしゃがみ込み、突然のことに悲鳴を上げるるるの足を素早く捕まえるなり、それらを俺の頭を挟むようにして、肩に乗せた。



「ふんぬっ!!」


そして、るるのバランスが安定したタイミングを見計らい、俺は足を踏ん張って立ち上がった。


ぐらり、と重心がずれ、新たに足にかかる重みに、俺はもうすぐで後ろに倒れかける。



「か、肩車……? ばっかじゃないの?!」



と、すかさずぎゅっ、と後ろから受け止められ、それがねおだと気づくなり、俺はほっと息をついた。



「こーんな人込みで肩車なんて……さてはバカなのね!?」

「ご、ごめんって」


俺をバックハグする状態で固まっているねおから罵声が届くが、俺は謝罪もそこそこに、頭にしがみつくるるに声をかけた。



「どうだ、見えるか?」

「すごい、るる今、さんめーとるはある!!」



いやあるわけないだろ!

と突っ込むには、肩車をすることで体力が減少しすぎていて、突っ込めないまま俺は声を張る。



「おい、目的地はみえるのか?」

「あっ、ごめんっ! えーと……うーん……」



この入り口付近の人込みから抜けると、きっと行動はしやすくなるのだろう。


だからこそ、はやく目的地を見つけてくれ、るる!!



今ここで人にぶつかられたら、俺は間違いなくねおも巻き込んで、怪我をするだろうし⋯⋯。



「……っ! ねお?」



と、不意にぎゅう、っと後ろからひときわ強く抱きしめられ、俺は一瞬思考を停止してしまう。


肩越しに振り返ると……ねおは、真っ赤な頬をぎゅ、と俺の背中に押し付けていた。



「……風斗の香り」

「はぁ?」

「な、なんでもないわ……」



ねおは顔を俺の背中にうずめ、何事もなかったかのようにして、でもそのまま俺を抱きしめ続ける。


ねおのツンデレのデレを今まで見たことがない俺は、その真っ赤になって顔をうずめるねおに唖然とするほかない。



「あーっ、あったー! 左! じゃなくて右!」

「そ、それはよかった……」



るるの高い声にはっと我に返りながらも、俺は大きな息をついた。


足をばたばたとさせて声を張り上げるるるに肩から降りてもらおうと、俺は足を再び踏ん張った。


オーバーオール越しでも伝わる、るるの足の細さや柔らかさに心臓を跳ねさせながらも、俺はるるがずりずりと降りてくるのを待ったが――。



「……おいるる、降りろ?」

「いやだー」



俺の背中まで降りてきたとき、まるで駄々っ子のようにして、るるは俺にしがみついて離れない。


おんぶ状態で、るるはそのまま俺におんぶされていたいようだった。



「……はぁ、全く、子供じゃないんだから」

「ふーとくんも子供だよ?」



「ねえ、風斗」


と、いつの間にか、先程まで俺を抱きしめていたねおが、俺の右側に立っていた。


そして、遠慮がちに綺麗な手を伸ばしてくる。



「……手、繋いじゃ、だめ?」


「!! て、手!?」



なんだ、なんなんだこのツンがデレになる感じ!


俺は人込みに押されながらも、ねおの顔を驚いた表情で見つめる。



「……ほ、ほら、はぐれたら危ないじゃない?」

「そ、それも確かに……」



るるは俺の背中にへばりついているから大丈夫だが、確かに、ねおをこの人込みの中で見失うと、探すのに大変な労力が必要になりそうだ。



俺は、遠慮がちにねおの手に手を重ね、ぎこちなく握る。



「あーっ、ふーとくん! 彼女の前で浮気だあ!」

「はぁ? 私が風斗の事、すす好きなわけないでしょ?」



と、間髪入れずに声を上げるねお。

その声には、心なしか焦りが含まれている気がする。



「じょ、状況が状況なのよ。わかる?」


「そっか、ねお姉には彼氏がいるんだったっけ……ならよかったあ!」



それもまた浮気……さらなる問題なのではないかと少し思ったが、三人の意見が合致したことに俺はとりあえず安心する。



「⋯⋯で。結局目的地はどっちなんだ、るる?」



人込みもさっさと抜けたいし、背中にへばりついたるるもそろそろ重く感じてきた。



――しかし、俺の問いかけに、なぜかしばしの沈黙が訪れた。



「えっとー……っとお……左、だったっけ?」



その声は、びっくりするくらいに頼りなくか細く。



「……右って言ってなかったかしら」

「え、じゃ、じゃあ右……」

「右はフードコートだぞ?」

「あ、じゃあ左?」



…………。



「全然っ、ダメじゃないかああああ!!!」

「全然ダメじゃないーっ!!!!」




同時に俺とねおは、大きな悲鳴を上げた。



「さっきのは何だったんだ……これじゃ、意味なかったも同然……!!」



さっきの肩車は、ただ俺が体力を消耗しただけにすぎないじゃないか!?!



「ご、ごめん……っ!」

「いや、べ、別に大丈夫だが……」



背中側から申し訳なさそうな声が聞こえ、俺は逆に焦る。


そんな謝られても困る。というかなぜか俺の方が謝りたくなる衝動に駆られる。



「……あそこにナビがあるじゃない」



「ほんとだ……初めからこれを見ればよかったな」



不意にねおが、人込みの中央のところにある巨大なタッチパネルを指さし、俺は安心しながらも頷く。



しかし、ここからは十メートルはある。

人込みも凄いし……どうすれば……。



「ほんとだっ、るる、見てくるね!」



途端、るるがぱっと背中から降りたかと思うと、人込みを難なくすり抜け、タッチパネルの元まであっという間に到着する。


そして、しばらくタッチパネルを操作して、デパート内の地図を確認していたようだが……不意にハーフツインをぴょん! と跳ねさせた。



そして、またもや人混みを縫うようにして、俺たちの元まであっけなく来てしまう。



「わかったよお! ここを左に曲がった突き当たりにあるって!」



「お……?」

「えぇ……?」



俺とねおは、しばらく、そのすばしっこさと行動力の凄さに目をむいていた。


運動神経がいいとは知っていたが……こんな人込みの中を、あんなスピードで駆け抜けられるわけがない。



「てことでっ、行こーっ!」



るるは、何事もなかったかのようにして俺たちの手をぐいぐいと引っ張り、駆け足気味で人込みをかき分け、右に曲がる。



「お、おぉ……」

「るるの運動神経も、なめたもんじゃないわね……」



全くその通りだ。

痴漢も退けた張本人でもあるし……やはりるるの運動神経は侮れないな……。



俺は感嘆の息をつきながらも、ようやく人込みから脱出し、大きな安堵の息をつく。


そして――。



「あったー、ここだよっ!!」




「はぁ……?」




曲がった途端、視界に出現した、中をくり抜かれたハート形のモチーフに、俺はただきょとんとした。


なぜかその周りはカップルで溢れていて、謎のピンクの波動を感じる。



「……これがなんだ?」


「これはねっ……」



るるは溜めたようにして、しばらく言葉を止め、




「このハートの枠に収まるところでキスをしたら、永遠に結ばれちゃう……恋愛スポット、なのですっ!!」




るるはそう、高らかに声を上げたのだった。

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