第13話 にゃんこは誘惑する


「わんわん♡ ふーとくん、よそ見しちゃ、ダメわんっ!」



……どうなってるんだ、この状況……??



いぬねこカフェ、今俺は、ソファの上に座っている……というか座らされている。


そして、俺の膝の上には、犬ミミをつけたるるがどすんと乗っかっているのだ。



「? ?? ……?」



いや本当に何事だ、と困惑する俺に、るるが誘惑するようにして体をすり寄せてくる。


愛らしい瞳には俺がいっぱいに映っている。


そして、ハーフツインと共に犬ミミも揺らしながらも、るるはますます顔を近づけてくる。



「るるは、わんちゃんになってしまう魔法にかかっちゃったんだわんっ! この魔法を解くには……頭をなでなでして、ちゅーするんだ、わんっ!」


「バカな。とりあえず降りろ」



俺は溜息をつきながらも立ち上がろうとする。

が、るるはぎゅうっと俺を抱きしめて離さない。



「ダメだわん、逃げないの!」

「……はぁ……」



俺はこれ見よがしにため息をついて見せる。


が。


……正直に言おう。



めっっっっっっっっっっっちゃ、かわいいんだがああああああああああ!?!?!?



暴走する自分を止めるべく、俺は大きく深呼吸を繰り返す。



冗談抜きで、本当に、かわいすぎる。



俺を上目づかいで見つめてくるるると俺との距離は、大体二十センチ。


頬は真っ赤に染まっていて、しかしここまで来て引けない、という意地からか、目を逸らすことなくるるは俺を見上げてくる。



さらに、頭にぴょこんとついた犬ミミはふわふわとしていて、物凄く、語彙力が失われるくらいにかわいいのだ。


さらに、俺の膝に乗っかっているからか、肌のぬくもりががっつり俺に触れている。



上から見下ろするるは……やべっ、バーカーの胸元から、大きなメロンが顔を出しているっ!!



「どーしたの、わんっ? 早く、なでなでとちゅー!」



と、必死に冷静を装った俺の内心を読んだのか、にやにやとしながらも顔を一層近づけてくるるる。


吐息が頬にかかり、胸がぎゅ、と俺の胸に押し当てられる。



「ふーとくん、どきどきしてるんだ?」



その距離感で、俺の心臓が暴れる音が聞こえてしまったらしい。


るるはますます小悪魔な笑みを浮かべたが……



「そ、そういうるるも、心臓ばくばくじゃないか」

「~~~~~!!」



途端、身をびくっと震わせ、尻尾も一緒にぴょんと跳ねさせるるる。



「し、してないもんっ、してない!」

「してるじゃないか、ほら、ばくばくばくって……」

「うあーっ、ばかばか! ふーとくんの意地悪!!」



至近距離でぼかぼかと俺を殴ってくるるる……鈍い衝撃を近距離から受けたこと、さらにるるのかわいさにより、俺は危うく昇天しかける。


なんだこの生き物……怒ると多少(かなり)狂暴だが、この可愛さは反則だ。

警察か何かに取り締まられていいレベルである。



「それでー? なでなで、してくれるんでしょ、わん?」

「ま、まあ、なでなでくらいなら……」



期待したようにして、目を輝かせ、俺の膝の上で正座をするるる。


まるで、おやつを前にして「まて」をされているイヌのようなポーズと表情に、俺は思わず苦笑してしまう。



うずうずと、期待を込めた瞳。



俺は手を伸ばすなり、ぽふぽふ、と頭を撫でてやった。


そして、その勢いで犬ミミも堪能する。あぁー、もふもふ最高だ……。



「ふへ……」



るるのふやけた顔に、思わずきゅんとさせられてしまう俺。


でも……いつもと同じはつまらない!!



ということで、俺は新たな域に踏み出すことにした。



「……んっひゃぅ!?」



俺は、つ、と頭から顔へと手を下げていく。


そして、その柔らかな顔に手を触れさせた。



「ひゃ、あ、あごくい、っ、ふぇっ」



るるが桃色の唇から、喘ぎ声のような声を出し、俺もつられて真っ赤になってしまう。


るるは目は逸らし、でも抵抗はすることなく、俺にされるがままになっている。



……その声と顔は反則だって!!! 



と叫びたいが、俺は踏ん張って、なんとか表情に出さないことに成功した。



俺はさりげなさを装いながらも、そのすべすべとした顔と頬を堪能する。


るるの頬から発せられる熱が、指から感じられ……かわいいっ、かわいすぎる!!



るるを顎クイするような格好になりながらも、俺はしばらくむにむにとるるの頬に触れていた。



「…………ぅうぅーっ」



されるがままに顔を弄ばれ、しばらく真っ赤だったまま俺を逸らしていたるるは……。



「ふ、ふーとくん~~~」



とうとう声を上げ、るるはふにゃんと顔をとろかせながらも目をつむってしまった。



まるで、心地いい所をご主人様に掻いてもらったイヌのようにして、るるは極上の表情をしている。


その愛おしさに、そのかわいらしい唇うを奪ってしまいたいと、何度も格闘にかられる……ッ!!



そんな中、るるは我に返ったようにして、不意に数回、目を瞬かせた。


そしてすぐに、なにかを決心したようにして、もう一度、勢いよく目をつむってしまったのだ。



「……るる?」

「…………っ」




呼びかけるが、るるは目をつむったまま、微動だにしなくなってしまう。



「……」



十秒経ってもるるは何も言わずに、目をつむったまま、頬を赤らめている。




そして、ようやく俺も悟る。




……待たれてる? 


これは……き、ききき、キスを!?!?!



「!!!!!」



俺は息を荒々しく吸いながらも、るるの綺麗な美貌を凝視する。


いいのか? え、唇にだぞ? そ、そうだった、ここはいぬねこカフェ……公共の場……。




――しかし、そんな煩脳は、るるの顔を正面から見つめて、さっぱりと消え去った。



甘く潤む桃色の唇。


伏せられた瞳は、長いまつげで彩られ、天使を思わせる優美さだ。



どっくん、どっくん、と密着したるるの体から、心臓の音が響く。



「……っ」



……今更止まれと言っても、もう手遅れだからな……??



俺は小さく息を吸い込むと、るるとの顔の距離をゆっくりと縮めていった。


近づけば近づくほど、るるのその美貌が魅惑的に、甘い蜜のように思えてくる。



顔を近づけると、顔にるるの吐息がかかる。


ぞわぞわっと駆け巡る感情が、はやく、はやく、とるるとの口づけを急かしてくる。



「ぁ……」



俺は、最後の一センチを、詰め――




「に、にゃんっっ!!!」




――られなく、俺は横からのいきなりの衝撃に、ソファから無様にぶっ飛ばされた。



? !? ?? というような、ぽけっとした顔をする俺。


それは、受けた衝撃でころんとソファから転げ落ちてしまったるるも同じく、口をぱくぱくとさせ、ぬけた顔をしている。



「……はぁ、はぁはぁ……ま、間に合った……」



「えっ……ね、猫耳」



地面に派手に尻もちをついた俺から見えるのは、ソファの隅からのぞく、二つのふわふわな耳だった。


一瞬、ネコか? と思うが、ネコはあんな威力を持っていないとすぐに思いなおす。



「え、猫さん? 猫さんなのっ?」

「なわけないだろ……てことは……」



まだぽかんとするるると共に、俺はソファからぴょこんと顔を出した美少女に、ただくぎ付けになった。



「にゃ、にゃあぁ……」



「だ、だぁれ……」

「猫耳美女……!?」



さらさらな金髪の間から生えた、同じく同系色であるベージュのの猫耳。


お尻からは、優雅なネコのしっぽが、ゆらゆらと揺れている。



さらに呼吸するのを忘れるほどの、端正な氷細工のような美少女に、俺たちはただ固まることしかできなかった。



……だから、



「……ね、ねぇ、そんな顔、しなくても……い、いいじゃないっ」



「はぇ?」



そう、ずっと昔から聞きなれている天使のような声が聞こえた時は、るると二人揃い、再び目を丸くした。



「ね、ねお姉っ!?」


「そ、そう、だ、にゃんっ……っ」



るるの声に、猫耳美少女――ねおは、耳まで真っ赤にしながらも頷いた。



……確かに、ねおだ、と俺はまだ唖然としながらも思う。



ネコミミ効果なのか、ねおはいつもにもまして可憐で美しかった。



横の犬ミミ美少女――るるとほとんど変わらない、瓜二つの容姿。


でも、その美貌からあふれ出る、るるにはない個性と美しさ、儚さ、可憐さを感じずにはいられない。

まっすぐにねおだと言い当てられるのは、俺の昔からの誇れる特技だ。



でも、今回は、るると間違える……なんてレベルではなく、本当に、誰か一瞬わからないくらいにねおは美貌を光らせていた。



「ねお姉……か、かわいすぎて、目に毒だっ! って……げっ、ケモミミが弱いんだっけ、ふーとくん!? うああ、目つむって!」



そうあたふためきながらも、るるは俺の目を両手で隠してきた。



「……うぉっ!!」



そこで、はっと我に返る俺。


そうだ、俺は昔から、ケモミミ美少女に弱いんだッ……!!



昔から、漫画にはあまり手を出さない俺だったが、その中でも好んで読んだ少数の少女漫画は、『ケモミミ』系だった。


空想世界のもので、いわゆる、頭から動物の耳が生えた人間のことを指す。


犬ミミ、猫ミミ、オオカミミ。俺はその頃、特に『ネコミミ』に弱かった。



ネコのようにツンデレな美少女が、ミミをぱたぱたと動かしたり、感情によって尻尾を振ったりする。


その動作がいちいち愛おしく、そのなごりは今でも残っているみたいだ……ねおがいつもの倍にも美しく映るのは、そのせいだろう……くあぁあっ!!!!!



「……お、落ち着け心臓……」



……これ以上、猫ミミねおを見つめたら危険だ、と体が本能的に察知し、俺はるるに体を預けることにする。


目をおとなしく塞がれたまま、俺はすぐ横から聞こえるるるの声をぼんやりと聞いていた。



「猫耳かわいーねっ、ねお姉も売店でカチューシャ、買ってきたんだ!」

「え、ええ……」

「でも、今登場しなくってもよかったよお! もーっ……」



「……ねえ、風斗」




「え、ちょ、ねお姉!?」


ねおはるるの愚痴を遮るなり、俺の視界を妨げていたるるの手を、無理やりにこじ開ける。


そして、その近づくと光さえ発しそうな美貌をぎゅうっと俺に近づけ、ねおはとどめを刺すようにして、こてん、と首を傾げて見せた。



「私……風斗から、頭をぽんぽんされたい……に、ゃん」



――びりびりびりっ、どっかああああんっ!!!!!!



衝撃が頭から足まで貫通する。


その美貌に、尻尾に、猫ミミに、ミミに、ミミが、俺の全てをしびれさせる。



「お、おぁ……」

「ふ、ふーとくーんっ!?」



目にハートを浮かべ、俺はアルコールが入ったように(実際に飲んだことはない)頭がぽわーっとしてくるのを感じる。



「……い、嫌なら、撫でなくってもいいけど……にゃん」

「ね、ねお姉だけ、ずるいよおーっ!!」



と、悲鳴にも近い声を上げながらも、るるが俺の方を向き、



「ねっ、ねっ、ちゅーしてっ、わん!」


るるはイヌミミをばたばたと動かしながらも、噛みついてきそうな勢いで俺の左側から攻めよってくる。




「風斗……なでなで、してくれないの、にゃ……?」


と、完熟トマトのように頬を真っ赤にしながらも、俺の右側からすり寄ってくるねお。



これは、ツンデレねおのキャラ崩壊の瞬間としか思えないほどのかわいさ……俺は思わずノックバックを受けそうになる。


ご、語尾ににゃん!? なんだこれ、ネコミミが脳を支配するんだが!!



それに、ねおの綺麗に澄んだ瞳には、何らかの揺らがない感情が浮かんでいる。


人見知りの猫が、たった一人のご主人様にだけ見せるような、そんな……慕うとはまた違う、なにか……。



息を詰めて黙考する俺に、耐えかねたようにしてるるが、さらに身を密着させてき、はっと我に返る。



「ねお姉もかわいいけど、るるもかわいいのだわーんっ! ね、ちゅーしてぇ!」


「無理にとは言わないわ……でも……ぽんぽんって、されてみたいの、にゃ……っ」



押しまくるるるに、引くねお。


その二人に挟まれ、俺は究極の選択を迫られた。



もちろん、気持ちは百パーセントるるだ。


その甘い唇に、唇を重ねて、独り占めしたい。

照れたような顔も、仕草も、全てを堪能したくてしょうがない。



……しかし、俺の神経は、脳信号にハックされてか、ねおに注がれている。


ふわ、ふわ、と頭を振るたびに揺れるミミ。

もふもふのベージュの尻尾は、ねおが体を動かすたびに、ふわんと左右に揺れる。



そして、じいっとこちらを見つめる宝石のような瞳……うがああああああっ、どうにかしてくれ!!!!



「ねえ、るるを選んでーっ! ネコミミなんかに騙されちゃ、だめーっ!」


「別に、私は彼女じゃないんだから……無理にとは言ってないわ、よ?」



俺の右手と左手が、同時に持ち上がる。



「ぐっ、ぐああぁあぁあ……!}



俺はその決断を下そうと、低く唸った時――。




――ぐるるるるるうう、と、獣の唸り声のような音が、同時に三人から発せられた。



正式には、俺らのお腹が、同時に音をあげたのだ。




「……ぁぁう、お、お腹、へったあ……」


「そういや……お昼ごはん……まだだったわね……」




「そうだな……腹減った……」


俺はお腹をさすりながらも、首を伸ばしてテーブルの上を確認し、



「!! すでに届けられてる! 俺のオムライスとパンケーキ!!」



俺たちのテーブルの上にのったランチを認識するなり、俺は二人から逃げるようにして、猛然とテーブルへとダッシュした。



「わぁ、ふーとくん、待ってぇ!」

「まっ待ちなさいよ、風斗!」



俺はあえて聞こえないふりをして、テーブルへと駆け寄った。



半分は、お腹が狂いそうなほど減っていたため。


午前中、フルに動いていたからか、俺の体力はそろそろ限界だ。



――そしてもう半分は、るる犬とねお猫の誘惑から逃れるためだ。



「むうぅー、せっかくふーとくんとちゅーできるチャンスだったのにい……」



手を慌ただしく洗い、消毒を済ませてテーブルに着く俺。


途端、オムライスから立ち上る湯気と、鼻孔をくすぐるとろける卵とケチャップの香りに、俺は失神するようなしびれを感じた。



「い、いただきます!」



空腹に抗えなくて、まだ手を洗っているるるとねおに悪いと思いながらも、俺はがつがつとオムライスに食らいついた。



「あーっ、ふーとくんだけずるい!」



それを見て、手を急いで洗いながらも唇を尖らするる。



「……ごはんじゃなくて、風斗を食べられたらいいのに」



「え、ねお姉、今なんて!?」

「! なんでもないわよ、先に食べてるからね!」



ねおは、何かを呟いた後、足早にるるから離れる。


そして、ただ夢中になってオムライスを頬張る俺を見つめ、照れたようにして唇を綻ばせた。





「むぅー、ちゅー……ちゅー……したかったよお……」



そんな中、洗面台で手を洗いながらも、無念そうに唇を尖らせるるる。






……しかし、午後、るるにのだった。

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