第12話 にゃんこは策略する


「へぇ……そんな偶然あるんだな?」


「うんうんっ……! まさか、彼氏を待っている間の散歩中、ねお姉の彼氏がバイクにひかれて入院したっていう連絡が来て、そのお見舞い帰りに道端で困ってるおばあちゃんを助けたらたまたまこのカフェのお得意さんで、クーポン券を渡されてここに立ち寄ったら、るるたちがいた、っていう!」



「え、ええ……さ、惨事だったわ」




――あれから数分後。


カフェの三人席に座り、俺たちは、ねおの壮絶な話に耳を傾けていた。


どうやらキセキみたいな確率で、俺たちとねおは巡り合ったらしい。



それにしては、ねおの息が上がっていたのは謎だが……まあ、彼氏の不祥事に動揺していたのかもしれない。



「⋯⋯⋯⋯」



――それにしても、と、俺はねおの顔をついまじまじと見つめてしまう。



いつもは直毛なのに、今日はくるんと巻かれた毛先。


るるよりほんの僅かに明るい金髪は、窓から差し込んだ日光に反射し、きらきらときらめいている。


今日の服装は、ショート丈フリルワンピースで、胸元や袖、ワンピースの裾にはチェック柄が施されている。

メインはブラウンで、クールなねおとは反対に、ガーリーな印象を与える。



さらに、目元にラメが入っていたり、唇に紅がさしていて……いつもねおは美しいが、今日はいつもにまして神々しい!



「な、なに見てるの?」

「あ、いや、今日も美しいなーと」



何度も繰り返すようだが、ねおに対して恋愛感情は、今となっては皆無だ。


つまり、ただの幼馴染感覚、一つの会話として言ったつもりの言葉だったが……こちらを向いたねおの頬は、みるみるうちに真っ赤になってしまった。



「そ、それはっ、どういう……っ」

「え、いや、今日はいつもにもまして美しいなー、とか? メイク、してるのか?」


「え、ええ……そうよ」



ますます頬を真っ赤に染め、ねおはとうとう耐えきれなくなったのか、そっぽを向いてしまった。


……と、入れ替わりに目が合ったのが、隣に座っていたるるだ。


ハーフツインを逆立てる勢いで、るるは俺の顔を覗き込む。



「あーっねお姉だけずるい、るるにも言ってー!」

「はいはい、かわいいかわいい」

「んぬーっ!」


「嘘だって、かわ……ぐがっ!?!」



るるが、俺の言葉を待たずして思いっきり足を蹴ってくる。


鋭い痛みに加え、があーんっと衝撃が広がり、俺は悲鳴を上げながらも足を抱えて涙目になった。



「るる、それはないって……」

「かわいいっていったら許すもん」

「か、かわいい……てか、朝も言っただろ?」


るるはしばらく朝の光景を思い出そうと目をつむっていたが、やがてぱあっと顔を輝かせながらも嬉しそうに頷いた。



「うん、言われたっ! よかったあ!」



……単純な奴だ。


と思ったのを顔に出さないようにしながらも、横でぱたぱたとパーカーの袖を揺らするるをこっそり見つめる。


うん、何度見てもるるは、めちゃくちゃにかわいかった。



「あの……三名様でしょうか?」



首を傾げる俺に、やがてカフェの店員さんがテーブル前に現れる。


お姉さんは「いぬねこカフェ」と踊った字が印刷されたかわいらしいエプロンを巻き、なんと頭には猫耳カチューシャがついていた。


「かわいい……! あのっ、そのカチューシャは買えますか?」


るるの言葉に、店員さんは笑顔で頷いて見せた。どうやらグッズ販売されているらしい。



「では、当店でのルールや特徴を、少し説明させてもらいますね!」



お姉さんは、俺たちにいぬねこカフェのルールや特徴などを教えてくれる。



どうやらこのカフェは、カフェ名通り、イヌとネコが混在する特殊なカフェらしい。


ルールは、イヌやネコを追いかけまわさない、エサはやらない、など。怖がらせないよう、精いっぱいの配慮をしようと誓う。



イヌとネコの開放時間は、基本的には営業時間いっぱいだが、十二時から一時半の間は、イヌとネコの休憩時間らしい。


今は一時半前。つまり、そろそろイヌとネコが現れる時だ。



「あーっ、楽しみだねっ、ふーとくん!」

「そうだな……ん?」



その瞬間、ちゃっちゃっちゃっ、という爪と地面とぶつかる音が聞こえてきて――



「ふおぅ?!」



途端、足にぬるっとした感覚が走り、俺は危うく席から転げ落ちそうになる。


目を白黒させながらも足元を見ると、そこには茶色の毛玉のようなものが、俺の足にまとわりついていた。



「きゃーっ、わんちゃん! わんちゃんだよっ!」



るるの言葉で、そのもふもふの毛玉が小柄なイヌだったことに、俺は遅れて気が付いた。


きゅるんとした無邪気な瞳。ぶんぶんと振ったしっぽ。

その姿は、るると重なってしょうがない。



「わー、ほら、奥にねこちゃんもいるー!」

「るる、店内では静かにって、さっき言われたでしょ」



子供のようにはしゃぐるるに注意するねおの顔も、どこか弾んでいるように見える。



「わ、かわいい……あ」



途端、るるのお腹がぐるるるっと音を立て、るるはお腹を押さえて真っ赤になる。


そのお腹の音は、俺たちの腹の減り具合を代弁しているようだった。



「ねお姉はいいけど、ふーとくんは、聞かなかったことにしてください……っ」

「なんで私はいいのよ」



伏せ気味の目で俺を見つめてくるるる。


……いや、かわいすぎだろ??? このわんちゃんくらい……いやそれ以上にかわいいぞ?



「あの、メニューは何になさいますか?」



と、るるの空腹を見かねたようにして、店員さんが注文を聞いてくる。


俺たちはこぞって、手渡されたメニューを覗き込み、



「る、るるはメロンソーダとワッフル盛りで! あ、あとチョコドーナツを二つと、パフェ!」

「私はミートスパゲティとモッツァレラのサンド」


「じゃあ、オムライスとパンケーキお願いします」



注文し、店員さんが席を離れるなり、俺たちは一斉に席を立った。

目的はもちろん、一つ。



「わんちゃん、わんちゃん」

「ネコ……かわいいわね」

「おお……」


目的は、イヌやネコと触れ合うことだ。それ以外にない。


俺はテーブルから数歩離れ、うきうきと跳ねそうになる体をどうにかして制御しながらも、ぐるっと店内を見回した。



店内の広さは、学校の体育館の半分くらいの大きさ、といったら分かりやすいだろう。


それに、この時間帯だからかあまり混んでいないようだ。

るるが道を間違えてくれたおかげで遅れてよかった、なんて安堵する。


数的には、大体、ネコが二十匹、イヌが十五匹くらいの感覚だ。


視界いっぱいに癒しが詰め込まれていて、俺はすう、と息を吸い込んだ。



「実は、楽しみにしてたんだよなあ、これが」



るるに「いぬねこカフェに行きたいのっ」と言われたとき、実は俺は、めちゃくちゃにわくわくしていた。


動物を飼っていないので、動物と触れ合う機会が極端に少ない俺。


こんなの、もふりまくる最大の機会ではないか!!



「ネコ様たちは……あっちか」



俺は断然ネコ派なので、店内に置かれているソファなどでくつろいでいるネコたちの方へとにじりよる。


ソファまでたどり着き、俺は恐る恐る、ホワイトとグレーの毛を持つラグドールに指を伸ばして……



「――シッ!」

「ひっ」



途端、尖った爪と、警戒したように身を逆立てるラグドールに、俺はもんどりうって後ろに倒れた。



綺麗なエメラルドグリーンの宝石のような瞳に、丁寧にブラッシング、そしてお手入れされた毛並み。


気分屋さんで、ツンツンして素っ気ないネコの姿は、ねおと重なってしょうがない。



尻もちをついたまま、ぼうっとネコを見つめていると、不意に、すっ、と横から猫じゃらしのようなおもちゃが伸びてくる。



そのおもちゃが不規則に揺れると――


途端、先程まで素知らぬふりをしていたラグドールが、目をきらきらとさせ、そのおもちゃに絡みつき、ぴょんぴょんと跳ねまわったのだ。



「は?」



……どうやったらこうなる??


俺はさらに呆然として、後ろを振り返った。



「なに尻もちついてるのよ?」

「あ、ねお……そ、そのおもちゃ……」



と、いつの間にかいた背後にねおが、おもちゃを振りながらも、呆れたようにして俺を見ていた。



ラグドールは、すっかりねおに懐いたらしく、ごろごろと満足げに喉を鳴らしながらもねおの足元にまとわりついた。



「……ネコって、気まぐれだよなあ」



そうつぶやくと、ねおがぴくっとお団子を震わせる。



「……そうかしら」



途端、きゃん、きゃんっ、という鳴き声がいきなり俺たちの間を割り、驚いて俺は下を見る。


と、しっぽをくるんと巻いた柴犬や、くるくるな毛を持つトイプードルが、俺の足元に群がっていた。



「お、おーよしよし。ああ……かわいいわ……」



きらきらとした瞳に、ぶんぶんと振ったしっぽ。


俺が目を細めながらもわんこたちを撫でていると、ねおがしばらく俯いたまま、ネコ用のおもちゃを指で弄ぶ。



「……ねえ、風斗。ネコって、そんなに気まぐれかしら」

「? ああそうだろ。ツンツンしてるし、懐いてくれない。そんでもって、策略家。まあ、そこがよかったりするんだけど?」



俺が小さな息をつきながらもラグドールの方を見ると、ネコはじっと俺を睨むようにして見つめてくる。


ネコは策略家。ラグドールのこの訴えるような瞳は、何を企んでいて……ああ、そういうことか。



「ねお、少し待ってろ」

「?」



俺はある事を閃くなり、急いで売店に駆け寄り、あるものを購入すると、やがて足早にねおの方へと戻る。


俺があるたびに、香ばしい香りが漂い、ネコやイヌがぴくっと体を跳ねさせるのが見える。


そう、俺が手にしていたのは、ネコの大好物の、かつお節だ。



俺は、きょとんとした表情のまま俺を待つねおのもとへ駆け寄ると、先程のラグドールのそばにしゃがみ込んだ。


警戒したように毛を逆立てるネコに、俺は先程購入したかつお節を、ゆっくりと差し出して、



「ほら、これが欲しかったんだろ?」

「――!」


「おぉ」



途端、警戒心はどこへ、ラグドールは目を輝かせ、勢いよくかつお節に食らいついた。

と、すでにネコにとって用済みとなったおもちゃを片手に、ねおがかつお節を見つめる。



「……とんだチートアイテムね」

「ああ、しかも課金制のな。……でもネコだって、夢中になるものがあったら、こうやって甘くなるんだなって思うと……嬉しくなるよな、なんか」



このラグドールは、このかつお節が欲しくてツンツンしていたのではないか、と思えば思う程、ネコは策略家だと思えてくる。

頭がいいんだよなあ、ネコ様は……。


俺は、あっという間にかつお節を平らげたラグドールの首元を、もふもふと掻いてやる。


と、ラグドールはあっという間に俺の体に身をすり寄せ、甘えたように喉を鳴らした。



「ああ、だからネコはやめられない……」



そう、感動の息をつきながらも、俺はねおの方を見る。



「む、ちゅうになるもの……」



と、どこか上の空のように、ねおはオウム返しをする。


やがてねおは視線を俺に向けたかと思うと、おもむろげに口を開いた。



「ねえ……風斗、私って、動物に例えると何かしら」

「ネコ」



即答する俺に、ねおは苦笑した後、ほんのり頬を赤く染めた。



「ど、どうしたんだ? 熱か?」

「えっと……なんでもないっ!」



ねおは高い声を出したかと思うと、何を閃いたのか、ぱっとその場から駆けだしてしまう。

うーん、こういうマイペースなところも、ネコのようだなあ……。



そんな物思いにふけって、ラグドールをもふりながらも固まっていると。




「わん、わんっ♡」



イヌの泣き声に紛れて、どう考えても人間が出したような声が、耳のすぐそばから聞こえてきた。


不審者かと思い、俺は一瞬身構えるが……。



「ふーとご主人様っ、かまってほしい、わんっ!」


「お、お前……るる……!?」



頭から垂れた、ミルクティー色のもふもふが二つ。


お尻からは、同じくミルクティー色の、イヌのような尻尾がはみ出ている。



「お、お前、なにやって……」



コスプレ……いや、はぁ……?

ただただ目を丸くする俺に、るるは人懐っこい空色の瞳をじいっと俺に向け、そして。




「るるは、わんこなんだわんっ! ふーとご主人様が、いっぱい頭をなでなでしてちゅーしてくれるまで……ずっと離さないんだわんっ!」





面食らう俺。



るる――るる犬は、かわいらしい声を上げながらも、ぎゅうっと俺の足にしがみついてきたのだった。

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