デート編

第10話 わんこはおしゃれができない


――じりりりりっ、と目覚ましの音がけたたましくなる。



「……あともう少し寝かせてえ……って、はっ」



途端、意識が覚醒し、るるは剛速球でベッドの上から跳ね起きた。



「そうだ、デートだっ! きゃーっ!!」


「私の部屋まで聞こえてたわ、るる」



やったあ、そうだった、今日はふーとくんとの初デート……!!


浮かれて思わず高い声を出すと……途端、ばあん!! とるるの部屋の扉が叩き開いた。



「あ、ごめんねねお姉……って、はぇっ」



ちらっと顔を出したねお姉の姿に、るるはしばらくぽかんとするしかなかった。



「もう、こっちはヘアアイロンあたため始めたばっかりだから、部屋に戻るわよ。あー忙しいわ」



さっさとるるの部屋から出て行ってしまうねお姉を見ながらも、るるは息を呑む。


――ねお姉が、お洒落してるっ!?



「ど、どういうことぉ……」


普段、休日は、学校のぴしっとした感じとは全く違い、だぼっとしたパーカー一枚のねお姉。

タイツを履くのも面倒くさいのか、ねお姉は普段、素足で一日中過ごしてるんだけど……。


なのに……今日のねお姉は、どこぞの高級ワンピースを着て、おめかしもしてるっ!?



「どうしようどうしよう、ねお姉が最近変だ」



るるは少し青ざめながらもベッドから降りる。


地面に散らばった漫画やレゴを踏まないように気を付けながらも、るるはんーっと伸びをする。


その後、しゃっとカーテンを開き、広がった青空と日光の光を存分に浴びる。



「ふぁー……」


途端、部屋がぱあっと明るくなり……まるでるるの、今の気持ちを代弁してるみたいっ!



「よおし、着替え、着替えっと!」



ふーとくんの自慢の彼女になるためには、かわいい服を着ないとっ!


るるは勢い込んで、自分のクローゼットを開き――



「……すぅーっ……」


制服のシャツが三枚に、チェックスカートが三枚。


部屋着のよれよれのブラウンのジャージが一着、二年前から愛用している、毛玉だらけの茜色のパーカーが一着。



…………。



「ねおねえーっ!!」


「わっ、急に現れないでよ」



ないっ、ないよ!! オシャレな服なんて持ってないよお!!


半泣きになりながらも隣のねお姉の部屋に飛び込むと、髪にアイロンを当てているねお姉がぎょっとしたようにして振り返った。



るるの散らかった部屋とは違い、整頓された空間。


観葉植物なんかもいっぱい飾られちゃって、まいなすいおんを感じる気がするっ!



るるは、部屋の中心に敷かれたベージュのラグの上で、精いっぱいの土下座をする。



「ねお姉。かわいい服を貸してください」

「はぁ?」


少し顔を上げると、ねお姉の怪訝げに眉をひそめる顔が見えた。



「うあ……」


……こうやって見ると、双子なのに、全然違うんだなあ……。



るるとほぼおんなじ顔なのに、全く別人のように、華やかに彩られたねお姉の顔。


唇はぷるぷるしてて、紅がさしている。

目の周りだってきらきらしてて、ほっぺはほんのり赤くなっていて。


そして、いつもはストレートな金髪に、今日は毛先にくるんとウェーブがかかっている。


来ている洋服だって、茶色とベージュのチェック柄が袖とワンピースの裾に施されてる、かわいいワンピ―ス。


腰に巻かれたリボンは、ねお姉の後ろで、まるでネコの尻尾のように揺れている。



ねお姉はなんでも似合うけど、やっぱり茶色との相性は抜群なんだあ……。



「ねお姉……かわいいっ」

「そ、それはどうもっ」



さすが、自慢のお姉ちゃんだっ!


ねお姉はその言葉が嬉しかったのか――尻尾が生えていたなら、きっと尻尾をぴょんと立てて――ゆっくりと座っていた椅子から腰を上げた。



「しょうがないわね。服、貸してほしいんでしょ?」

「きゃーっ、ありがとっ!」



ねお姉はクローゼットを開けたかと思うと、大量のお洒落な服たちを引っ張り出す。


いち、にい、さん……えっと、一億は超える数の服だあ!(適当)



「あんたバカなの? ……ほら、これ着てみなさい。待ち合わせまでに、もう三十分もないんじゃない?」


「わああーっ、かわいいっ!」



呆れたような表情をするねお姉から服をどっさり渡され、るるは思わず歓声をあげた。


漆黒のオーバーオールに、中に着る用の、緑色のだぼっとしたパーカー。

さらに白と黒のしましまの靴下に、ちょこんとリボンが付いた厚底の黒いスニーカー。


こんなのるるは持ってないよ、さすがねお姉! 優しいっ!



「ありがとうねお姉っ!」



るるはそう言うなり、それらの服をねお姉のベッドの上に投げ、その場でオールインワンのパジャマを脱ぎ捨てた。



「わっ、ちょ、へっ、部屋で着替えなさいよっ!」

「んぇー?」



途端、なぜかばっと顔を赤らめ、眉をしかめながらもねお姉がしっしと手を振ってくる。


なんでだろ、るるとねお姉だって、中三までは一緒の部屋で寝起きしてたのにー?



るるはねお姉の言葉に首を傾げながらも、下着姿のまま、ねお姉のベッドの上に投げ出された服の方へと近づく。


もちろんお洒落な下着なんて持ってないから、るるは一年前から使ってる、クリーム色の下着なんだけど……。


きっとねお姉なら、お洒落な下着を着こなせるんだろうなあ……ねお姉ってやっぱり凄い!!



それを伝えようとして、ねお姉の方をぱっと見ると……手鏡を片手に、気を紛らわそうとしてか、必死に髪をお団子にまとめようとしているねお姉の姿が目に入った。



「ねお姉、鏡もっといてあげようかー?」

「わっ、わっ、わーっ!?!」



胸を押し付けるような形で、ねお姉を背後から包み込むようにして鏡を持ってあげると、ねお姉は盛大な悲鳴を上げた。



「??」


ねお姉はヘアアイロンを手放しそうな勢いでるるの方を振り向き――



「なによっ、そっ、その大きなおっぱいでマウント取ろうとしてるわけ!? おっぱいマウント!? そうなのね!?」


「へ?」



るるからばっと離れ、るるの胸元で揺れる二つの特大メロンをびしっと指さしながらも、ねお姉が叫ぶ。



「えっと……ねお姉Fかっぷだよね? おっきいと思うよ?」

「あ、あんたはGでしょ!」

「えー、びー、しー、でぃー……うんっ、ほんとだ、るるの方が大きい!」



その無邪気な言葉に、ねお姉がくらりとノックバックを受ける。


うーん……ねお姉、るるのを触りたいってことかなあ?



「ごめんねねお姉、このおっぱいは、ふーとくんに捧げるって決めてるから……」


「何の話をしてるのよ!!!」



ねお姉に申し訳なく思いながらも頭を下げると、ねお姉は今にも泣きだしそうな表情でるるを睨む。


「もうっ、さっさとそのメロンをしまって、ぱっと着替えて出ていって! 私だって用事があるのよ!」

「はあーい……って、ねお姉も出かけるんだ?」



そういや昨日、夜食の時、るるとふーとくんが会う時間聞かれたっけ……。



「あっ、わかった、ねお姉、彼氏さんとデートでしょ!!」

「はぁ!?」



時間帯をかぶせたくなかったのかな? だから聞かれたのかあ!!


るるが納得しながらも着替えていると、ねお姉の戸惑ったような気配を感じる。



「るるは11時半集合だから、安心して彼氏さんと家でいちゃいちゃしていいよお! パパとママも今日は買い物行ってるし、絶好のおうちデート日和……って、まずっ、もう11時18分っ!?!」



わああん、結局髪型はいつもと同じになっちゃうじゃん!! メイクだってできなかった!!



洗面所にダッシュし、歯を磨き顔を洗い、そしてマッハでハーフツインテールに結んでいると、しばらくして後ろから、ねお姉の声が聞こえてきた。


その声は、どこか弾んでいて、ねお姉の機嫌が最高潮であることを物語っている。



「その服、イヌに汚されないようにしなさいよね。気を付けて行ってきなさい」


「うんわかった、気を付けるっ!! ……あれっ」



……なんで、今からイヌと触れ合うことがわかったんだろ、ねお姉?



そんな疑問がむくむくと湧いたけど、それは出発時刻二分前のアラームによってかき消された。



「や、やばーいっ!!」



るるはお気に入りのバッグに財布とスマホなどをつっこむなり、慌てて家を飛び出した。








「ご、ごめん、遅れたぁーっ!!」


「……六分遅刻だ」



11時36分。

俺は大きなため息をつき、るるの方を見て――



「ふぐっ」

「へっ……ふーとくん?」



なんだこのかわいさ!? いやえ? え?? かわいすぎない??



黒色のトイプードルを思い起こすような黒いオーバーオールが、存分にボディラインを引き出す。


るるが普段着ないようなだぼだぼのパーカーは、かわいいパラメータをぐいっと上げてきやがるッ!


それに、しましまの靴下はるるの細い足をより魅力的に見せ、コーデにばっちり合っている。靴は……うおっ、これは高級ブランドのスニーカー……!?



「ど、どうかなっ……?」

「……い、いいんじゃないか、るるにしては」

「もーっ、素直にかわいいって言ってー!」



パーカーの袖をぱたぱたとしながらも、るるが俺を見上げてくる……こ、これが噂の萌え袖……!!



「なんで目を逸らすのっ、ふーとくん?」



そして……るると目が合った途端、かわいいパラメータの針が折れるほど、俺の心臓は大きく跳ねる。



走ってきたからか上がった息に、火照った頬。


少し目にかかった栗色の髪は、るるの顔をかわいらしく彩っている。


さらに、ケアはしてなさそうなのに、まるで透き通るような肌。


唇だって、るるが果物を好むからか潤っていて、キスしやすそうだなあなんて……って、何言ってんだ俺!!



俺は、俺の言葉をじれったそうにして待つるるを見て、



「⋯⋯かわいい」

「ふぇっ⋯⋯ほんとっ!」



途端、まるでおやつを口いっぱいに頬張るイヌのような、そんな満足気な愛らしい顔をするるるに……当然、俺がキュンとしない訳がない。



「⋯⋯はぁーっ」

「??」



思わず息をつく俺に、ちょこんと小首を傾げるるる。


その無邪気さと天然さが、俺の心臓を跳ねさせる⋯⋯あああかわええ!!



「じゃー、行こっかー!! しゅっぱつしんこーっ!」

「お、おお?」



るるが左拳をぐいっと上に突き出し、もう片方の手で俺の左手を握りながらも、嬉しそうに言う。なんだそのポーズ。



「……よし、行くか」

「違うー、ふーとくんもやるの! しゅっぱつしんこーっ! ほらっ!」

「しゅ、しゅっぱつしんこー……」



何やらされてんだ俺……と、右拳を前に突き出しながらも、俺は苦笑を浮かべた。



頭上に広がる、澄み切った青空。僅かに聞こえる小鳥のさえずり。



今日が、何事もなく楽しく終わればいいなあ、なんて考えながらも、俺たちは手を繋いだまま駅へと向かった。

















「よし、バレてはいないようね……前進よっ、私! 目指すは、いぬねこカフェ!」




その頃、電柱の陰からひっそりと顔を出す美少女――もちろんねお――が、小さな声で気合を入れながらも、ひっそりと二人の後ろをつけていた。

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