第5話 にゃんこは相席したい


「え、え、えーっ、じゃあるる、風斗くんと!?」

「付き合ったの!? マジ?」

「えええええ!? おっけー出たの? 嘘!?」



……騒がしすぎる、やめろおおお!!!!



ホームルームが始まる前、つまり朝の自由時間。



静かに読書でもしようかと、文庫本を取り出す俺。


が、騒がしい集団の声が近づいてきたかと思うと、不意に机に影が落ちた。



「「「風斗くんっ」」」



またかよ……と怪訝な顔つきで本から顔を上げると、予想通り、派手な美女たちが俺の机を取り囲んでいた。



「ねえ、風斗くん! るるちゃんとの交際をオッケーした時の気持ちは?」


「るるちゃん、ずっと風斗くんのこと好きだったんだよー、知らなかった?」


「そういや、風斗くんって、案外かっこいいよね。惚れちゃうなー」


「エミ、抜け駆け禁止っ! 私だってかっこいいと思ってる!」


「そんなこと言ってると、るるに殺されるよ⋯⋯」



いい加減にしてくれ……と俺はげんなりとする。


どうやらるるが昨日、派手な女子たちが集まるグループチャットに、一報投げたらしい。


おかげさまで、この散々なありさまである。


このように、今まであまり話したことがないような美女たちが、先程から何度も俺に話しかけてくるのだ。


内容は、もちろんるるとの交際について。ここまで来ると、芸能人かなにかになった気分だ。



「ねえねえ、どうなの? 風斗くんは、るるちゃんの事、いつから好きだったの?」



なるべくスルーしようと文庫本と睨めっこをしていると、髪をこげ茶色に染めた女子が身を乗り出し、強引に俺に顔を近づけてくる。



「……あ、えーと」


実は、半ば強引に⋯⋯なんて言えない。

俺はただ、にへらと笑みを浮かべる。


幸い疑う様子もなく、茶髪の女子は両手を合わせて身を乗り出す。


「幼馴染だし、いつなんだろなーって! ていうか、風斗くんって、朝日南あさひな……さんのこと、好きなんだと思ってた」


もう片方のことね、と茶髪の女子は少し声を潜めて言う。



朝日南とは、るるとねおの苗字である。


るるは親しまれ、皆からるると呼ばれている。

つまり、朝日南と呼ばれるのは⋯⋯もう片方、つまりねおのこと。



なぜ、ねおが、下の名前で呼ばれず苗字で呼ばれているのか。それは――



「だって風斗くん、いつも朝日南さんのこ……」




「邪魔」





突然教室に響いた鋭い声に、女子グループの皆が身を震わせた。


視線は声の主へと注がれる。



さらさらな金髪に、きっちりと結ばれたハーフツインのお団子。


きっちりと着た制服は、もちろんるるのように襟が曲がっているなんてことはなく、バッチリ着こなしていて、少し引け目を感じるほどだ。


そして、ひやっとするほどに無で冷たい顔は、まるで氷やガラスを削って作られた、端正な彫刻のよう。



「通路。どいて」



そう、『氷の女王』と密かに呼ばれる彼女こそが、俺の好きだった幼馴染――朝日南ねおだ。


「⋯⋯ご、ごめんねー」



ねおの口から発せられる言葉は脅迫以外になくて、俺の机に群がっていた女子たちは、慌てたように散っていく。


ねおはふんと小さく鼻を鳴らしたかと思うと、まっすぐ自分の席に向かってしまう。



「あの美人さだから許されてる横柄さ⋯⋯ぶっちゃけ付き合いたい」


「ああ、足蹴にされて罵倒されたい⋯⋯」



一部の男子には人気なねお。

だが⋯⋯。



「偉そーだよね、成績いいからって」


「だから友達できないんだよ、うざ」


「なんか話しかけづらいからな⋯⋯あいつがるるの双子だなんて、誰が想像するよ」



クラスメートたちはひそひそと囁きあい、その場には険悪な空気が溢れる。



「⋯⋯っ、くそ⋯⋯」



俺は苛立ちの余り、小さく舌打ちをする。


なにしろ俺の大事な幼馴染であり、さらに元好きだった人。

そんなねおが悪口を言われているのは、到底我慢ができない。



それに、ねおにだって沢山の魅力がある。



こう見えて、ねおは気配りが凄くできる。


誰かが困っていると、自分が悪者になってでも手を差し伸べる。



勉強だって元は、勉強が苦手なるるを助けるために、必死になって学んでいたということだって知っている。



とにかくねおは、簡単に否定されていい存在では、決してない。


簡単に否定されていい存在なんて、この世には存在しないのだから。




そして、そんなねおだからこそ、さっきのだってきっと――。




「ごめーんっ、先生の手伝いしてたら、遅くなっちゃったぁ!」



そんな中、がらら、と扉が勢いよく開く。


教室中に広がっていた、気まずい空気をぶっ壊す強者――るるが教室に飛び込んできたのだ。


るるは、異様に静まり返る教室に目をぱちくりとさせ、



「えっ、みんなどしたの? 通夜のテンションだよ? ……えっまさか、ほんとに誰か死んじゃったの!?」



その天然爆弾発言に、大半の人が笑い声をあげ、空気が和らぐ。


「さすがるる。空気をぶっ壊す名人」

「るるがいるとクラスが盛り上がるからなー」

「さんきゅ、るる!」


褒めたたえたれるるる。


一方でるるは、意味が全く分からないというように、目をぱちぱちとさせた。


その無邪気さが、るるの人気を高める理由だろう。



「よかった⋯⋯」



るるのお陰で、ねおを否定する言葉が消え失せ、俺はふぅと一息ついた。



「あっふーとくんだっ、おはよっ!」



と、早速るるが俺の席へと走ってくる。

おいやめろ、ただでさえ俺らは目立ってるんだ⋯⋯!


そんな俺の心の悲鳴虚しく、るるは俺の机に両手をつき、ぴょんぴょんと跳ね始める。


どうやら、俺の返事を待っているようだ。



「お、おはようなら、さっきも言っただろうが」

「えーっ、おはようは何回言っても元気になるでしょー? それに、ふーとくんに会えるのが嬉しくって!」



るるは人目を気にせずぎゅうっと俺に抱きついてくる。



「わぁっ、るる積極的ぃ」

「いちゃいちゃ⋯⋯私も彼氏欲しい⋯⋯」

「甘い、甘すぎるっ、私今日はお菓子いらないっ!」


「お、おのれ⋯⋯俺たちの天使をッ!!」

「癒しを奪いやがって⋯⋯許さねぇええ⋯⋯」



はやし立てる声や、俺を殺さんばかりに睨んでくる男子共の視線を一気に浴び、俺は焦り、るるを慌てて俺から剥がす。



「うぇっ?」

「あ、甘えるのは、学校の後にしてくれ⋯⋯」



るるは一瞬きょとんとしたが、すぐに満面の笑みになり、頬をほんのり赤く染めながらもぐいっと顔を近づけてくる。


かわいらしくあどけない、そして誰もが息を呑むほど整った顔が近づいてくることで、当然俺の男心はびしびし刺激される。



るるの体温を感じられるくらい近くに顔を寄せたあと、るるは俺の耳に口を近づけ、



「⋯⋯約束だよっ♡」

「あ、あぁ⋯⋯?」



何やら意味ありげに微笑んだ後、るるはスキップする勢いで席へと戻っていった。



「⋯⋯⋯⋯」


「?」


なぜか、ねおからの視線を感じた気がしたが⋯⋯気のせいだよな。



「よーし、集まってるなー。ホームルーム始めるぞー」



と、担任が入ってくるなりホームルームが始まり、俺は慌てて意識をそちらに持っていった。







怒涛のように時間と授業が過ぎてゆき――お弁当の時間がやってきた。



「うあぁぁああぁ⋯⋯」



午前になぜか集結した主要教科が、俺のHPをむしばんでいきやがった⋯⋯っ!



ぐったりとして机に突っ伏す俺に、不意にたたたと軽やかな足音が近づいてきた。



「ごめんねふーとくん! るる、放送委員だから、お弁当一緒に食べれないっ!」



半泣きになってそう頭を下げてくるるる。


俺はなぜか、反射的にるるの頭を撫でてしまう。



犬パワーかなにかか⋯⋯手が勝手になでなでをしてしまうッ!



「ほえ?」


「あっ、いやその⋯⋯が、頑張れよってことだ!」



慌てて手を引っ込めて、そっぽを向きながらも答える。


と、るるのくすっと笑った声が耳に届いた。



「ふーとくんの不器用っ! じゃあ、また後でねー?」



そう明るく言うなり、るるはぱたぱたと駆けて行ってしまった。



その後、教室にはほとんど人が居なくなる。

どうやら教室の外で食べる人が多いようだ。



お弁当をリュックから取り出す俺に、またもや誰かが近づいてくるのを感じ取る。



「ね、ねえ風斗くん⋯⋯」


「バカ、風斗くんに手を出したらぶっ殺すって、さっきるるに脅迫されたでしょ!」

「あの目はガチよ、殺されたいのあんた?!」


「あっ、な、なんでもないよ風斗くん、またね!」



声をかけられそうになったが、なぜか足早に教室を出ていく陽キャ美少女たち。


⋯⋯なんだ?

一体なにをひそひそ話してたんだ? なぜか何かに怯えているように見えたが⋯⋯。



まぁ、その方が都合がいい。

俺も集中してお弁当が食べられるしな。


ばたばたと遠ざかってゆく足音たちを聴きながらも、俺は机にお弁当を広げ、早速食べ始めようとする。



「⋯⋯⋯⋯あの」



――と、またもや机の前に人の気配を感じ、俺は危うく舌打ちをしかける。



まだ陽キャが残ってたのか? 俺、早く食べたいんだけど!!


しかし無視する訳にもいかず、俺は半ばげんなりしながらも顔を上げ――




「ね、ねぇ。相席いい?」



「あ⋯⋯えっ、あぅ⋯⋯?!」





胸にお弁当を抱えたねおが、頬を赤らめながらも、目の前に立っていた。

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