第4話 にゃんこはじろりする
「おっ、おはようございまーすっ!! 遅れちゃったあーっ!!」
「……あ、ああ、いいんだが……」
――八時四分。
朝、待ち合わせ場所である俺の家の前で待っていると、四分遅れでるるが姿を現した。
といっても、俺の家と、ねおとるるの家は道を挟んだ所にある。
距離はたいしてない。歩いて三十秒、走って十秒くらいの距離間だ。
「付き合ってから初めての登校なのに、遅刻しちゃってごめん、ふーとくん……」
るるは、くりんとした瞳を申し訳なさげに伏せる。
「··········」
それはいい。いいんだ。るるが遅刻魔であることは、この俺が一番知っている。
俺は、他に突っ込むべきところを突っ込もうと、小さく息を吸った。
「あのだな……髪やまんばみたいだぞ?! あと制服もめちゃくちゃ!」
「えっ、ええぇええっ!? 嘘!」
栗色の髪をこれでもかというくらいもつれさせ、制服を盛大に着崩した姿に、俺はただ苦笑いを浮かべることしかできない。
まあ、るるはいつもこうなんだけどな。かわいげがあっていいんだけど。
⋯⋯というか、こんなこと、ねおが好きだった頃は全く考えたこと無かったな⋯⋯。
少し赤くなる俺、一方でるるは真っ赤になりながらも頭を押さえる。
「も、もーっ、でりかしーなさすぎ! るる、ふーとくんの彼女なんだから、もっと優しくしてくれてもいいのに!」
「彼女は彼女でも、なあ」
「むーっ、どういうこと!」
俺が思わず吹き出すと、るるはげしげしと足を踏んでくる。
これもいつもの光景すぎて、ますます笑みがこぼれてしまう。
周りから見たら、るると俺はただの友達で幼なじみ。
それくらい、俺たちは近い関係にあったからな。
なんか変な感じだな……とどこかしみじみしていると、不意に、くい、と制服の袖が引っ張られた。
なんだ……? と思いそちらを見ると、るるが頬を染めながらも、じぃっと俺の方を見つめていた。
「ねえ……ふーとくん。るる彼女だから……甘えてもいい?」
「甘えてるのはいつもだろ」
「ふーとくんのいじわる! あのね、それで、それでねっ」
るるは、きらきらとした瞳を俺に向けながらも、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
全く、イヌそっくりだ……ミミと尻尾が見えてくるぞ……。
半ば呆れる俺に、るるはハーフツインを持ち上げながらも、俺を上目遣いで見つめた。
「ふーとくん。ならっ、るるの髪の毛……整えてくれる?」
「……いや、そのままでいいだろ」
「ええっ?」
俺の言葉に、困惑した表情を見せるるる。
まず、この俺に髪を結ぶという技術があるわけがない。
それに、なんというか、その乱れっぷりがるるらしいというか……。
「ふーとくん、今失礼なこと考えたでしょ」
「考えた」
「素直でよろしい」
なぜか嬉しそうに笑みを浮かべるるる。
るるの単純なところに、俺は苦笑しながらも、改めてるるを眺めた。
乱れた栗色の髪に、ハーフツイン。
こうして見ると、肌は透き通るような美しさで、ケアをしていなくても(絶対してない)シミひとつなく、もの凄く綺麗だ。
ミニスカートからのぞく足だってすべすべしてそうで細いし、乱れたシャツからちらりと見える谷間もパンチが効いている。
シャツを押し上げるその二つの山は柔らかさを連想させ、男として、触れたい衝動に駆られてしまう。
歩くたびに揺れるそれ。おお、圧巻……。
「……? なにじろじろ見てるのー? へんたいっ」
しばらくその胸に見入っていると、るるが両手で隠しながらも、俺をじいっと睨んでくる……やべっ、甘い誘惑に侵されるとこだった……ッ!
「ち、ちがっ! まままさか、お前の胸なんか見てるわけないだろ!! 第一、るるの事は女子として見ていない!」
「あはっ、怪しいし、強がりー! まぁ確かに、私たち、男女あんまり関係ないけどー」
慌てて言い訳をすると、少し笑みを浮かべながらも、まだ疑わしげに俺を睨んでくるるる。
「あ、え、襟! 襟が立ってるぞ!」
立った襟に気付き、俺は咄嗟に誤魔化しながらも笑みを顔に張り付けた。
実はこのわんこ幼馴染、怒ると怖いのだ……!
「……ほんとー?」
「な、直してやるよ」
俺は焦りながらも、急いでるるの襟元に手を伸ばした。
な、ナイス俺の洞察力! 変態回避!
「……よいしょ、と」
「…………っ」
手を首元に手を添わせ、俺は丁寧に襟を整えてやる。
しかしその反動で、どうしても肌に指が触れてしまい、そのぬくもりとすべすべさに気を取られてしまう⋯⋯っ!!
「……っ、っっ」
……さらに、問題発生。
俺の手に、るるの吐息がかかるんだが!?!
「よ、よいしょっとー⋯⋯」
平静を装うため、そっぽを向きながらも襟を整えてやる俺。
ああああああ、ドキドキしてしょうがねえ!! なんだこりゃ!?
と、それはるるも同じらしく、歩きながらも顔を真っ赤にさせていて·····。
「……わああっ!!」
「るる!? ……って、あ」
テンパってか、るるが石に躓き、体をよろけさせる。
その反動で、首元にあった手が下へと滑り―――
「……えっ」
「あっ、お、ぉおお……っ?」
むに、と触れた柔らかさに、俺は目を白黒とさせる。
手がのまれて沈んでいく感覚。
好ましい、好ましすぎて永遠に埋もれていたい柔らかさ……はっ!?!
「…………」
「ご、ごめんなさああああい!!!!」
手に触れていたものの正体を知った途端、俺は光の速度で飛びずさり、土下座する。
顔から真っ赤から真っ青に変わり、俺は土下座しながらも身をぶるぶると震わせる。
これは絶対殺される、殺されるぞ俺!?
「……ふーとくん」
「ひっは、はあああい……っ」
るるが近づいてくる気配。
心無しか冷たい声が耳元をくすぐり、るるの吐息が耳にかかる。
俺はぶるぶると震えながらも、覚悟を決め、ゆっくりと顔を上げ――。
「ふーんっ、るるのこと、女の子として見てるんだあ……♡」
「へ?」
頬をピンクに染め、嬉しそうに笑みを浮かべるるるの顔が視界に飛び込んできて、俺はぽかんとした。
「さっきるるのこと、女子としてみれなーい! とか言ってた人は、誰だったかなー?」
「ご、ごめん……っ?!」
ぶん殴られなかったことにとにかく安心しながらも、俺は再び頭を下げる。
よかった、本当によかった⋯⋯俺が今、この世に存在しているだけで万々歳である。
安堵する俺、一方でるるはその大きな胸を俺に押し付けながらも、甘い声で囁いてきた。
「るるのは、ねお姉のとは違って、触り放題だよっ? だってるるは……ふーとくんのモノだからね♡」
「さわり……ほうだい……」
俺はひゅっと息を呑み、その魅惑的なそれに釘付けになる。
「どお? ねお姉のより簡単に触れるし、大きいし、お得だよ?」
「おおきい……お、おとく……」
俺が、るるの甘い誘惑に洗脳されかけた、その時。
がさささっ!! と茂みが音をたて、俺はびくっと身を震わせた。
「な、何事だ!?」
「さあー⋯⋯ネコかなにかじゃない? うう、いいとこだったのに!」
ネコか⋯⋯なんだ、びっくりしたが……おかげで目が覚めた。
俺は大きく深呼吸をし、悪い妄想を慌てて払う。
触りたいとか⋯⋯危ないぞ俺!!
今から学校に行くんだぞ? 変なことを考えるな俺!! バカか!!
息を整える俺に、るるはなぜか嬉しそうに空色の瞳を輝かせた。
「んふー、るるは、ふーとくんが彼氏ってだけでいいんだーっ」
「はぁ……そうか?」
るるは胸を張り、ふんっと誇らしげになる。
「んっ! ふーとくんがるるの彼氏でいてくれるんだったら、るるは何でも捧げますっ♡」
腕に絡みついてくるるるを、俺は半分呆れ、半分照れながらも見つめる。
こいつにはかなわないな……昔からこの無邪気さには折れてしまうし、こうやっえ意識し始めると、どうしてもドキッとさせられてしまう。
「てー繋ごっ?」
「し、しょうがないな……」
無邪気にハーフツインを揺らして、あどけない表情で俺を見つめくるるる。
照れながらも手を繋いでやると、るるは一層嬉しそうに頬を紅潮させたかと思うと⋯⋯
「チコクしちゃうよっ、走れ走れー!」
と、いきなり通学路を走り始めてしまう?!
追いつけるわけないし、俺氏転びそうなんだが?!
「なんか、犬のリード引っ張ってる感覚だなこれ!? 落ち着けるる!」
「るる、ふーとくんがご主人様なら、イヌとして飼われてもいーよっ?」
「違う、そういう話をしてるんじゃない!」
俺たちはそう言い合いながらも、共に学校へと猛ダッシュする。
まぁ、なんだかんだで遅刻せず、無事に学校に着きそうだ⋯⋯!
――まあ、学校に入った後……ここからが大変だった事は、もっと早く気づいておくべきだったが。
「よい……しょっ⋯⋯あぁ、服は乱れるし、髪の毛ももつれるし、最悪だわ⋯⋯!」
その頃、風斗の家のそばにあった茂みが、がささっ、と大きな音を立てた。
そこから姿を現した、どこかネコのような雰囲気を持つ美少女。
美少女――ねおは、すぅっと息を吸ったかと思うと、
「なあああによっ!! 仲良さそうに登校しちゃって! それに、む、胸の大きさなんて、私とるる、たいして変わらないじゃないっ!! それに、い、言ってくれれば、少しくらいは触らせてあげたわよ……っ!」
そう、人目構わず半泣きで叫ぶねお。
「うううっ、せっかく風斗をマーキングして、外堀から埋めてたのにぃ……ふ、ふんっ、絶対に、取り返してやるんだからっ!!! 待ってなさい、風斗!!」
そう意気込み、学校へと駆け出すねおの姿があり……そして放課後、事は起こる。
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