【幕間】月の時間を生きる子供達


ぱちんと電気をつけるように僕の時間は始まる。


 今日は一階の広間だった。沢山椅子のある場所。昔は『待合室』って呼んでいたと先生から聞いた。何を待つのかはよくわからなかったけど。腰かけていた椅子から立ち上がり、ぐっと伸びをして強張った体をほぐしてから近くにあった鏡の所まで行って身だしなみを整えた。よれた襟と曲がっていた胸元のリボンタイを直し、星が三つ重なったブローチを一撫でして満足する。着ている群青色の制服が少し皺になってしまったのが気になるけど僕には直せないので保留にする事にした。窓の外は夜の暗幕がかかった後で、丸いお月さまとお星さまがぴかぴか光ってる。今日も良い月光浴日和だ。

「三等星の靑」

「あ、せんせぇ」

 長い黒髪に白い白衣の人。夜色の目の人。僕等月の時間を生きる子供が集う研究所の持ち主。つまり偉い人だ。色んな靑色の研究をしてるから、皆で「先生」って呼んでいる。

「部屋にいないから水姫が困っていたぞ」

「あっちこっちで目が覚めるんだもん」

 僕達はお日様を浴びる事が出来ない。その時間は眠りについて、夜になると目が覚める。先生達『人間』とは反対らしい。そして他の皆は夜に揺り籠の部屋で目が覚めるのに、僕は何故か建物のあちこちで目が覚めてしまう。

「規則性があるのかもしれないな」

「せんせぇが調べてくれたら凄い助かっちゃう」

「気が向いたらな」

 先生と並んで階段を上がる。途中の窓から月明かりに照らされた靑薔薇の庭が見えた。今年も綺麗に咲いていそうだから、後で薔薇摘みに行かなきゃ。

「三等星の靑いたー!」

「今日は何処だったの?」

「おっはよ~一階の広間だった~」

 二階の廊下でたむろっていた他の子に声をかけられたので近づいて輪に入る。皆僕と同じ月の時間を生きる子供。着ている服も一緒。唯一違うとすれば、ブローチの星の数だけ。先生は僕が皆と合流したのを見届けるとくるりとこっちに背を向けて一階へ降りて行った。その背中にまたねーと叫べば向こうを向いたままひらひらと手を振ってくれた。

「姫が困ってたよ」

「わかってる。ちゃんと謝るよ」

 これもいつものやりとり。僕が部屋に顔を出し、姫が安心した顔をして笑うのを見る。それからは月が沈むまでそれぞれ本を読んだり姫の話を聞いたり、部屋を飛び出して庭や喫茶『星明り』へ遊びに行ったりする。


今夜もそうして僕等の月の時間は過ぎて行く。



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