海を想う人形

一体の人形が目を覚まし身を起こす。


 旧式95334。手首の内側に書かれた型番と外部データ読み込みの為のプラグ差込口が『それ』が人では無い事を明確に表していた。

「おはよう想海(そうかい)君」

「今回はどのくらい」

「4日と5時間ってとこ」

 近づいて来た東雲に尋ねた人形、想海は暫く体の動作確認を行ってから東雲へ顔を向ける。淡い金色の髪に金に靑が滲む瞳。整った顔は無機質で表情らしいものは浮かんでいない。

「うーんいつも通りイケメンだ」

「人形が変化したらそれは怖いだろう」

「そう?面白いと思うよ」

「……変わり者って言われるだろう、キミ」

「よくぞ気付いた。めっちゃ言われる」

 ベッドから降りた想海は素足のまま壁際まで歩き深草色の上着を羽織る。その背へ東雲の質問が投げかけられた。

「今日の予定は?」

「決まってない。そもそもする事がない」

「所長が庭で瑠璃薔薇の摘み取りしてる。手伝ったら?」

「……わかった」

 返事を返した想海はぺたぺたと小さな足音を立てながら部屋を出ていく。東雲は誰もいなくなった部屋をくるりと見回した。部屋には窓際にベッドが一つと壁際に取り付けられた洋服掛けだけ。


 想海と名付けられた人形は群靑がこの研究所を運営してすぐの頃に空き部屋から見つかった。


 目を覚まし動いたのはそれから1週間以上経過してからの事だ。名前は無く、記録も初期化され何一つ残っていなかった。「ならばこれから作ればいい」群靑はこの人形を受け入れ、名を与えて研究所の一員とした。


『人らしさ』というものを一切持たない、人によく似たもの。


「……でも前より人らしさはついたかな」

 服の概念を理解せず裸体のまま研究所内をうろついて騒動になったことを思い出し東雲は小さく笑う。『彼』が理解せずとも、少しずつ変化している。それが良い事なのかどうかはわからないが、良い事だと信じたい。

「さて、私も手伝いに行くか」

 独り言を終え、東雲も部屋を出て庭へと向かった。


◆◆◆


継ぎ目のある指先で一つまた一つと靑薔薇を摘む。


摘まみ、籠へ入れる。

その動作を繰り返す。


 少し力の加減を間違えると花弁を傷付けてしまう。命のあるものは自分よりずいぶんと脆いのだなと考えた所で思考が停止する。


では、自分は?

思考するが、全てが絡繰りで出来た人形。

自分は何なんだ。


「想海」

「何ですか、所長」

「これから雨が降るらしい。摘み取り作業は終わりだ」

「わかりました」

 外側は人間そっくりに作っているとはいえ、内側の多くは金属で出来ている。雨に長時間当たるのは稼働時間を大幅に下げてしまう為避けたい。そこでふともう一人の気配がない事に気付いて辺りを見回した。

「……所長、副所長は」

「来客対応に行った。少々『注文の多い客』でな」

 所長からこのフレーズが出る時は裏側に『面倒くさい』が含まれている。副所長は何処か子供っぽく無邪気な一方、交渉ごとや話術が巧みである。恐らく中へ戻る頃には『注文の多い客』はいないだろう。

「摘み取った靑薔薇はどうすれば」

「研究室にある冷蔵匣へ」

「了解しました」

 ふと感じた事のない匂いを感じて出入口から薔薇園を見る。見慣れた薔薇園の中に何も異変はない。

「どうした?」

「……いえ、何か、匂いが」

「……ああ、雨の匂いだな。もうすぐ降るだろう」

 雨が降る前、もしくは雨が降っている時に特有の匂いがするらしい。匂いという感覚を強く感じたのは初めての事かもしれない。そこでふと副所長の言葉を思い出す。


変化。

あるいは変質。


 自分は人間ではない。しかし此処で人間らしく扱われる間に本当に起こるのかもしれない。

「想海、濡れてしまうぞ」

「……はい、今行きます」

 星屑混じりの雨粒を僅かに受けながら所長の背を白い背を追い私も研究所内へと戻った。


◆◆◆


「あ、所長お疲れ様です」

「客は?」

「お帰り願いましたよ。どっから情報漏れるんだか……」

「相手の要件は」

「研究所との共同研究、あとは『楔』の譲渡」

「……」

「そもそも此処、所長のお兄さんから借りてる場所じゃないですか。出来ませんって突っぱねましたよ」

「……何時もすまないな」

「いえいえ、私こういうのは得意なんで。ごねたけどちょこっとだけ『海月』を見せたら逃げ帰りましたし、雑魚ですよ雑魚」

「……その口の悪さはもう少し改善した方が良いな」

「えぇー」


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