第12話 約束は時を越えて(最終話)

 学園卒業後程なくして、わたくしはブライト様と婚約した。

 部屋に飾られた黄色のガーベラを眺めながら、今日までのことを振り返ってみる。


 わたくしを襲おうとしたアベル様は、両親に連れられて領地に帰っていった。

 お父様やブライト様は事件として告発したかったみたいだけど、表立って事件が起こったと知られたくない学園側とカーライン家から多額の賠償金が提示されたことに加え、わたくしができれば事を荒立てたくはないと言ったことで、この件はアベル様が二度とわたくしの前に姿をあらわさないという誓約のもとで示談が成立した。

 お父様にもブライト様にも甘すぎると言われたけれど、結果的に無事だったし、もとはと言えば誤解されるような言い方をしたわたくしにも非があったと思うので、これでよかったと思っている。


 婚約にあたって、ブライト様は今までわたくしに話していなかったご実家のことや、ご自身の特殊な能力について話してくれた。

 金髪金眼というレイ家の特徴を一切受け継がなかったブライト様は、一族の中では不貞の子とか呪われた子とあらぬ疑いをかけられて肩身の狭い思いをして育ったそうだ。彼自身のオーラを見るという能力も、レイ家の中では先見や退魔のような能力より劣るとされており、長男として生まれながら爵位を継ぐことを許されなかったため、家を出て研究員として働くようになったのだという。

 すべて話し終えたブライト様は、能力のことを隠していたことを謝った。

 どうして隠していたのか尋ねると、彼は「だって気味が悪いだろ?」と困ったように眉尻を下げ、みんながこの能力を受け入れてくれるわけじゃないことを教えてくれた。わたくしたちに隠していたのも、能力のことを知って嫌われるんじゃないかと恐れていたかららしい。

 そんなこと絶対ないのにと言うと、ブライト様はありがとうと微笑んでぽんぽんと頭をなでてくれた。

 お母様から聞いてご実家との関係があまりよくないことは知っていたけれど、想像していたよりもずっと重い話だった。

 ブライト様は淡々と話していたけれど、ここに至るまでにきっとたくさん辛くて悲しい思いをしてきたのだろうことは想像に難くなくて、わたくしはそんなブライト様の子供の頃を想像して思わず泣いてしまった。

 当のブライト様は困ったように笑って、わたくしを抱きしめてくれた。

 こんなに優しい人なのにあんまりだと思わずにはいられない。

 泣き止んだら今度は怒りがわいてきて、レイ家に抗議しに行こうとしたら止められた。

 「いいんだ」と首を左右に振ったブライト様は、眩しいものを見るような眼差しをわたくしに向けて、「こうして僕のために怒ってくれる人がいるから、僕は大丈夫でいられるんだよ」と言った。

 強がっている訳ではないのだろうけど、その達観した考えは胸に迫るものがあって、わたくしは衝動に駆られてブライト様に宣言した。


「ブライト様はわたくしが絶対に幸せにしますわ!」


 背中に回した手で力いっぱい彼を抱きしめると、彼はふはっと吹き出した。


「それ、僕のセリフなんだけどな」


 見上げると嬉しそうに微笑んだブライト様と目が合って、わたくしも嬉しくなる。


「でしたら、二人で幸せになればいいのですよ」

「――――ほんとう……君は昔から僕の考えを軽々と超えてくるね。こっちは君だけは幸せにしないとって思っているのにさ」

「だってわたくしだけ幸せになっても幸せじゃありませんもの。貴方も一緒じゃないと」

「欲張りだね」

「いいことは欲張ってもいいとお父様もお母様も言っていましたわ!」


 胸を張ってそう言うと、ブライト様は「確かにその通りだね」とおかしそうに笑った。


 もともとわたくしの両親はブライト様との結婚について肯定的だったことや、わたくしがレイ家に嫁ぐのであれば結婚は自由にしていいというあちらの家の方針もあって、ブライト様との婚約はトントン拍子に進んだ。

 これまで研究所の寮に住んでいたブライト様は、婚約を期に職場に近いところに新居を購入した。結婚後にバートル家から数名の使用人と料理人を連れて引っ越すことになっている。

 婚約してからというもの、ブライト様はお休みのたびに屋敷を訪れてくれるようになった。それまでは休日だってお仕事をするような人だったのに、わたくしに会いたいからと休日はしっかり休むようにしたらしい。

 相変わらず子ども扱いされることも多いけれど、最近は恋人のように接してくることもあって、そのたびにブライト様の新たな一面を知ってドキドキしている。

 結婚式の準備にいそしむ日々はとても充実していて、以前は漠然と結婚したいという願望だったものが、結婚したら一緒に暮らして何がしたいといった具体的な願望に変わっていくのを身をもって感じていた。


 ***


 ブライト様と婚約してから一年半。

 この日、わたくしセシリア・バートルは子供の頃から大好きだった人と結婚する。

 純白のウエディングドレスに着替え終わって控室で待機していると、お父様とお母様とロベルトがやってきて口々に綺麗だと褒めてくれた。


「小さい頃からブライト様ブライト様ってあとを追いかけていた貴女が、まさか本当にブライト様と結婚するなんて、あの頃は思いもしませんでしたわ」


 約束した当時のことを振り返ってお母様がくすくすと笑うと、お父様は「僕はあの頃からこうなるのではないかと思ってましたよ」としたり顔で笑った。


「なにせ僕もアリーシャと結婚したいと思ったのは、セシリアと同じ年の頃でしたからね」

「それもそうでしたわね」


 と思い出したようにお母様が言い、ロベルトもわたくしがブライト様と結婚すると思っていたとお父様の意見に同意した。

 どうやら家族みんなの意見が一致するくらい、わたくしは昔からブライト様のあとを追いかけ回していたらしい。

 そうして懐かしい話に花を咲かせていると、白いタキシードを着たブライト様が迎えにやってきた。

 白い婚礼の衣装は艶やかな黒髪のブライト様によく似合っていて、いつもと違う彼の雰囲気に心臓が高鳴った。一方、ブライト様はわたくしを見て「綺麗だよ」と顔をほころばせた。

 そろそろ移動しようという時になって、お父様がわたくしの後ろに立ってブライト様を呼び止めた。改まった様子にどうしたのかしらと思っていると、お父様はわたくしの肩に手を置いて言った。


「娘を……セシリアを頼みましたよ」

「うん――――必ず幸せにする」


 ブライト様は凛とした表情でまっすぐにお父様を見つめ返すと、わたくしに手を差し出した。


「行こう、セシリア」


 お父様が肩を押して行きなさいと促してくる。

 わたくしは振り返ってお父様にお辞儀をしてから、差し出された手のひらに手を重ねて礼拝堂へ向かった。


 リゴーン、リゴーンと祝福の鐘が鳴り響く。

 ステンドグラスから光が降り注ぐ教会でブライト様と愛を誓い合ったわたくしは、セシリア・レイとなった。

 式が終わって参道に出ると、参列してくださった方々がわたくしたちを出迎えてくれた。

 お父様やお母様、それにロベルトやエルマー様夫婦の姿もあった。

 お祝いの言葉をかけてもらいながら、フラワーシャワーが舞う参道を歩いていく。

 参道を歩ききって、参列してくださった方々に向かって深くお辞儀をした。

 頭を上げて、言葉に言い表せないほどの幸福を感じながらブライト様を見る。

 物心ついた頃から今日までのことが鮮やかによみがえってくる。やっと結婚できたという喜びに、ずっと堪えていた涙が溢れた。

 いきなり泣き出してしまったわたくしを見てわずかに目を見開いたブライト様は、子供の頃してくれたみたいに優しく頭をなでてくれた。


「僕のこと、ずっと好きでいてくれてありがとう」

「何を言っていますの。これからだってずっとずっと好きでい続けますからね!」

「うん。僕もだよ」


 ずっとずっと大好きだった人。

 その人は触れるだけのキスをすると、この上なく幸せそうな顔で微笑んだ。

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