第五章 穴!!!

ビッチ

「あ~また死んだ!クソッ!」

昼下がりの教室で、陸海空はそう叫ぶと、しょぼくれた様子で机に突っ伏した。向かいの席で読書に謹んでいた薄井幸は、怪訝な様子で顔を上げた。

「ええい、気が散る…!さっきからお前何やってんだよ」

「何って…ゲームだよゲーム、知らねーの?」

「それは見りゃ分かる、何のゲームだと聞いてるんだ」

陸海は上体を起こすと、おもむろにゲームを再開した。

「ん~?マ○オの…なんかジャンプするやつ」

「ほとんどの作品でジャンプしてるだろ…」

その時、教室の中央から陽気な笑い声が聞こえてきた。声の方へ振り向くと、数人の男女が和気あいあいと談笑していた。カースト上位に位置する、いわゆる『リア充』やら『陽キャ』やら『パリピ』などと呼ばれる連中だ。つまり、日陰者である陸海とは対極の存在である。

その中に1人、ショートカットのひときわ垢ぬけた印象の少女がいた。陸海は彼女に視線を向けた。

浅井亜那あさいあな。隣のクラスの生徒で、日本人離れした顔立ちをしており、おまけにモデル並みにスタイルも抜群ときたものだから、男子達にはさぞかしモテるらしい。

その隣にいる、若い頃の江口洋介のような長髪をした、軽薄そうな少年の名は君野静きみのせい。サッカー部のエースを務める、浅黒い肌のいけすかない男である。浅井とはデキてるとかいう話だ。

…ケッ、あんな細長いチ○ポしてそうな奴の何が良いんだか…。まっ、別に羨ましくなんかないけどォ~!どうせビッチだろうしなぁ。

「あっ、よそ見してたら死んだ…」




「クソッ…ウゼェ広告だなぁ、バツが小せーんだよバツが…!」

放課後、陸海は一人帰路につきながら、携帯の広告と悪戦苦闘していた。本屋に寄り道した事もあって、陽は大分傾いて来ている。

ぐちぐちと小言を垂れていると、不意に背後から声がした。

「何ブツブツ言ってんの?」

ぎょっとして振り返ると、スレンダーな体型をした、明るい茶髪の少女がいた。浅井亜那だった。

「あっ、ビッ…」

陸海は大慌てで口を手で覆った。

「ビ…ビビったァ~!いやぁびっくりしたなホントにもう~!」

「何その不自然な反応、ウケる」

そう言って浅井は頬を緩ませた。

「確か…陸海だったっけ?あたしは浅井亜耶。陸海の家もコッチの方なの?」

「…まぁね」

「ふーん、じゃあ途中まで一緒に帰ろ」

そんなこんなで、陸海は浅井と帰る事になった。思いがけない展開に陸海は狼狽しながら、彼女の目を盗み、携帯で『ビッチとの会話 話題』と検索した。

「あ、そういえばさっき学校でマ○オやってたよね。あたしもアレ持ってるよ」

「おっマジィ?お宅ゲームとかやんだ」

「ちょっ…そりゃゲームくらいするでしょ、あたしの事なんだと思って…ん?」

浅井は前方に、背広を着た男性が、こちらに背を向けてしゃがみこんでいるのを発見した。

顔を見合わせると、2人はこそこそと話し合った。

「あの人、どうしたのかな?」

「さぁ…ちょっと見てくるか」

陸海は男の方へ歩み寄ると、その背中に声をかけた。

「あの~大丈夫スかァ?大丈夫ッスよね?」

彼の呼びかけに、男はゆっくりと振り返った。

その顔は豊かな毛に覆われており、両目は金色に輝いていた。良く見ると頭部に獣のような耳があり、鼻面は異様に長く、大きく開いた口には、鋭く発達した牙が何本も生えていた。

『狼男』の2文字が、陸海の頭に浮かんだ。

「ギャアアアア!!」

「ギャアアアア!!」

陸海と狼男は同時に絶叫した。




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