どっち?

2人は突如として現れた異形の生物を前にして尚も、余裕のある笑みを浮かべていた。

「何だあのポケ○ンみてーなの、変異者?でもなんかちっちぇーな」

「おい、アレの方がボールに向いてんじゃねーのか?」

「だな~!」

黒髪はサッカーのpkのように助走をつけると、その変異者に蹴りをかまそうとした。

次の瞬間、変異者の触手が目にも止まらぬ速さで彼の眉間に突き刺さった。

「あろっ」

黒髪は白目を剥きながら両腕をだらんと弛緩させると、みるみるうちに体中が痩せこけていった。

変異者が触手を引き抜くと、彼は事切れて地面に突っ伏した。

「………」

その一部始終を見ていた金髪は、先程の威勢はどこへやら、凍り付いた表情のまま、出来の悪いロボットのような、ぎこちない動きで背中を向けた。

「あ…じゃあ、これで失礼しまーす…」

そう呟くなり、彼は一目散に駆け出した。しかし、そうは問屋がおろさない。変異者は触手を猛スピードで鞭のようにしならせると、彼の右足をいとも簡単に切断した。

「ひょっ」

バランスを失った金髪は、顔面から派手に転倒した。

「あっ!ちょいタンマ!2秒!」

金髪の顔目がけて、触手が突っ込んで来た。



「ここだよな…?アイツが言ってた場所は」

陸海は工場の敷地内に足を踏み入れると、神妙な面持ちでそう呟いた。ここに学がいるのだろうか?無事ならばいいが…。

「ったく、アイツら…しばらくは悪さ出来ねえように半殺しにしておくか…」

物騒なセリフを吐きながら、彼は目の前の棟に足を踏み入れた。

「学クンいますかぁ~?ん?」

陸海は棟内の中央部に、横たわっている学の姿と、その傍で彼に向けて触手を伸ばそうとしている、中型犬くらいの大きさの謎の生物を目撃した。(あと2人組)

「何だありゃ…!?おい!そいつに近づくんじゃねーぞ!」




学の安否を確かめようとしていたマユは、がなり立てながらこちらへと向かって来る、一人の少年に視線を向けた。

目の前の少年の思考が、マユの脳内に送られて来る。

(あの2人はくたばったのか?いや別にいいけど…)

(まさか最近、野良猫とかを襲ってるのはアイツか?)

マユの頭部にある角は、電波を受信するアンテナのように、周囲の生物の心を読む事が出来た。能力の範囲は半径700mにも及んだ。

目の前の生物は私を警戒し、敵視している。

恐らく私にとって邪魔な存在だ。

マユは目の前の少年を殺害することにした。



陸海は肉体を変身させると、変異者が伸ばして来た触手を、すんでのところで弾く事に成功した。

「うおっ!やる気か、こんにゃろ…!」

変異者は2本の触手による苛烈な攻撃を開始した。陸海はそれをひとつひとつ受け流しながら、じわじわと相手の方へと近づいて行った。

「クソッ、触手プレイは勘弁してくれよ…」

変異者の攻めは激しさを増すばかりだ。少しでも気を緩めれば命取りになる。

「マズい、疲れてきたな…。このままじゃ絵面がマニアックな事になるぞ…!仕方ねえ」

陸海は羽を使って飛翔すると、ムササビの如く変異者の方へ急降下した。

その時、変異者の眼が発光したかと思うと、なんとその両目から怪光線が発射された。

「はっ?ぎゃああああ!!」

光線は陸海の腹部を貫くと、工場の天井に直撃し、爆発により大穴を開けた。陸海は血をまき散らしながら、地面に叩きつけられた。

「さ…最近やられてばっか…」

そう呟くと彼は意識を失った。それと同時に変身も解除された。

変異者は彼に向け、ゆっくりと触手を伸ばした。

その頭上高く、天井に開いた穴から1人の人間が顔を覗かせた。その正体は薄井幸だった。ただならぬ様子の陸海を後から追っていた時、派手な爆発音を耳にしたことで、急いで駆け付けた訳だ。その右手には刀が握られていた。

薄井は穴から飛び降りると、変異者の頭上から奇襲をしかけた。しかし、斬りかかった瞬間、変異者の姿が忽然と消えた。薄井の攻撃はむなしく空を切った。

「何…?瞬間移…」

咄嗟に後ろを振り向いた途端、彼女の腹部に触手が突き刺さった。薄井は全身の力が抜けていくのを感じた。

「こいつ、私が襲って来るのに気づいていたな…!」

薄井は左手で触手に触れた。その感触はまるで鋼のように固くなっていた。

「力が使えない…!」

薄井は無意識的に刀を投げつけた。それはブーメランのように回転しながら、変異者の頭部にある角の先端を切断した。

「クソ…!」

薄井はそう呟くと、ガクリと項垂れて気を失った。変異者はもう一本の触手を陸海にも突き刺すと、勝ち誇ったかのように二人を高々と持ち上げた。




「うぅ…いたた…」

修道学は目を覚ますなり、そこにあった光景に驚愕した。

「マ…マユ?あっ!陸海君!?薄井さんまで…!」

マユは既にツキノワグマ並みの体格へと成長しており、その触手は脈打ちながらどんどん太さを増している。陸海と薄井の2人は虫の息といった様子で、マユに掲げられていた。学はマユの方へ這いずりつつ、背後から声をかけた。

「や、やめてください…!その二人は…」

返事は無い。

「マユ…!お願いします」

マユに触れながら懇願するも、やはり返事は無い。

残された時間は少ない。学はマユの近くに、一振りの刀が落ちているのを発見した。彼はそれを拾うと、小さく言った。

「ごめんよマユ、ありがとう」

学はマユの体に刀を突き立てた。マユは低い唸り声を上げながら、2本の触手を縮こめた。陸海と薄井の2人は地面に落下した。

「べっ」

「うっ…!」

学は刀を手から離すと、マユの死体の前でただ俯き続けた。




数日後、陸海は学校の廊下で学とすれ違った。振り返って何か話しかけようかと思ったが、その何かが見つからなかった。






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