廃工場

それから数日が経過した。どういうわけか、マユは学が何も与えなくても、夜の間にいつの間にか『食事』をとっているらしく、朝になると心なしか体が大きく見えた。そのうち、部屋に入りきらなくなったらどうしよう、そんな呑気なことを考えていた矢先のことだった。



放課後、帰り道で陸海は恒例のように学の長話に付き合わされていた。

「今度『魔女っ娘ゲボちゃん』の劇場版が公開されるんですよ!しかも作画監督はあの○○さんで…」

「あの○○さんて言われてもわかんねーけどよ…。何かアンタ最近楽しそうだな」

「ええ、家に帰ればマユに会え…あっ!な、なんでもないです」

学はバツが悪そうに苦笑いした。

「おいおい、とうとうアニメキャラの幻覚でも見えるようになっちまったか?」

「ハハ、違いますよ。それに…」

会話の途中で、急に陸海が自身の衣服をまさぐり始めた。

「あれ…?しまった、学校に携帯忘れてきた…!取ってこねえと…俺そこそこ携帯依存症だからよ」

「じゃあ、僕ここで待ってますよ」

「おお、悪いな」

そう言い残すと、陸海は元来た道へと駆け出した。

それから学がしばらくの間じっとしていると、右手側の方から見覚えのある2人が近づいて来た。片方は金髪で、鼻にギプスのようなものをつけていた。学は思わず顔面蒼白になった。

「あっ…!」

2人組は下卑た笑みを浮かべながら、じりじりと近づいて来た。

「よう、この前のナヨナヨ君じゃねーか」

「あの白いのは元気かぁ、ちょっと顔貸せやテメー」

「こ…来ないで下さい!」

学は反射的に、手に持っていた缶ジュースを彼等に投げつけると、尻尾を巻いて逃げ出した。ちなみに缶ジュースは金髪の鼻に当たった。

「ひゃぶっ」

「うおっ危ねえ!あの野郎粋がりやがって…!追いかけっぞリュージ!」

「ハニャ…ハニャガ…」



一方、『白いの』は…。

「待たせ…あれ?学の奴帰ったのか。冷てえ奴だな…」

彼は近くを歩いていた高齢の女性に、身振り手振りを交えながら話しかけた。

「ちょっといいっスか?この辺りでこんくらいの背の、俺と同じ制服の奴見てません?品の良さそうな感じの…」

老婆は皺だらけの顔に、気味の悪い笑みを浮かべながら言った。

「そういや、さっきアンタと同じ制服の子が、ガラの悪い2人に追い掛けられながら向こうに行ったよ、ヒッヒッ」

「…ガラの悪い2人ぃ?」

「お前何やってんだ?あいつは一緒じゃないのか?」

背後からの声に振り返ると、不審な表情で薄井幸が立っていた。どうやら図書室での用事が済んだらしい。

「いや、ちょっとな…!」

「おいっ!?」

陸海は突如、老婆の指した方へと駆けて行った。



その頃、学は自宅から歩いて5~10分程の場所にある、長らく放棄された廃工場に逃げ込み、柱の影に身を潜めながら嵐が去るのを待っていた。

「み…見つかりませんように…!」

そう呟いた途端、彼は何者かに襟首を掴まれて乱暴に地面に張り倒された。

「ぎぇっ」

見上げると、あの2人の姿があった。

「見~つけた~!さっきはナメた真似してくれたじゃねーか、おい」

その時、学のポケットから、場にそぐわない緊張感の無い音楽が流れ出した。金髪は彼の制服から携帯を奪い取った。

「鳴ってるぜぇ、俺が代わりにでてやんよ」

「あっ!返してくださ…」

「おっと足が滑ったぁ~」

黒髪は学の顔に蹴りをかました。

「うげっ」

応答ボタンを押すと、金髪はおどけた声を出した。

「はい、もすも~~す!僕でェ~す」

『あん?誰だよお前は、学はどうした?』

聞き覚えのある忌々しい声に、金髪はニヤリと笑った。

「その声…この前の野郎か。今、オメーのお友達と一緒にいっからよォ、助けたきゃ○○公園近くの廃工場まで来い。この前は具合が悪くてやられちまったが、今度はそうはいかねーからな。んじゃ」

『あぁ?お前滑舌が悪…』

金髪は電話を一方的に切った。

「さぁーて、奴が来るまでコイツをボール代わりにサッカーでもすっかァ~」

「おっ賛成~!」

「ひぃっ!た、助け…」

金髪の蹴りが飛んできた。



数分後、金髪はぐったりと動かなくなった学を見下ろしながら言った。

「ケッ、根性無しが…」

黒髪が学に唾を飛ばそうとしたその時、彼等の背後で物音がした。二人は意気揚々と振り返った。

「白馬の…いや、白髪の王子さまのご登場かぁ?」

しかし、そこにいたのは白髪の少年ではなく、奇妙な姿をした生物だった。







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