ナイフ

昼休み、学と陸海は教室の片隅で、ひっそりとアニメを視聴していた。スマホの液晶画面には、カラフルな髪色をした巨大な眼の美少女キャラ達が、媚びたような甲高い声をあげながら戯れている様が写っている。その様子を生き生きとした表情で見つめる学とは対照的に、陸海はハイライトの無い濁った眼で、気だるげにぼんやりと口を開けていた。

不意に、学がバンバンと机を叩いて笑い転げた。

「アハハハハ!見ました!?今の見ました!?超面白いでしょ!」

「そ…そうだな…ハハ」

陸海はそう言って苦笑いを浮かべた。

「気に入ってくれて何よりです。そうだ!今度原作本45巻全部貸しますよ!」

「お…おう、楽しみにしとくわ」

ゲッ勘弁してよ。つーか無駄に長くね?コイツも察してくれよ、俺こういうの興味ねーんだってのに。

「あっ、ちょっとトイレ行ってきますね」

学はそそくさと教室から立ち去った。仕方ないので、陸海は頬杖をつきながらアニメを半ば批評してやる気持ちで、渋々ながらも鑑賞することにした。



『○○ちゃんオハヨーですぅ~✰』

『あぁん♡ォㇵョ○○ちゃん♡』

え、何?何が面白いのこれ。何喘いでんのコイツ。

『きゅきゅきゅーん♡』

『にゃんにゃんにゃーん♡』

会話しろよ。

『○○○なのら~!』

ムカッ、殺してぇーー。


「フーン、お前そういうの好きなのか」

「へ?」

背後からの声に振り向くと、薄井が頭上から覗き込んでいた。陸海は思わず慌てふためいた。

「あっ!これは違…!」

「気にするなよ、私も別に気にしない。アニメなら弟もよく見てるからな」

薄井はそう言って、陸海の隣の机の上に腰かけた。

「新事実…。アンタ弟いたのかよ」

「まあな、○○中に通ってる」

「へぇ…」

コイツの弟かぁ…どーせ姉に似て憎たらしい、こまっしゃくれたガキなんだろうなぁ…。俺の妹も昔はまだ可愛げあったんだけどな、よく兄ちゃん兄ちゃんて…あれ?言ってたっけ?まーいいや。



放課後、帰り道で学は別れ際に陸海に呼び止められた。

「そういやアンタ気をつけろよ、最近ここら辺でヘンテコな事件が多発してっからな」

「ヘンテコな事件?」

陸海は怪談話でもするかのように、おどろおどろしい表情で話し出した。

「…ここ連日、野良猫とかの変死体が複数発見されてんだとよ。なんでも、まるで精気でも吸われたみてーに、カラカラに干からびてたらしーぜ。まあ、十中八九変異者の仕業だろうがな」

変異者…?まさか、な…。

学の脳裏を、ある悪い予感がよぎった。



それから陸海と別れ、自宅近くのゴミ捨て場を通り過ぎた辺りで、道の先からひょろっとした体格の、眼の吊り上がった男が歩いて来た。

男の側を横切った途端、学は急に背後から羽交い締めにされた。

「ひぃっ…!助け…」

耳元で男が呟いた。

「騒ぐな、殺してしまうぞ」

見ると彼の手にはナイフが握られていた。

男は臭い吐息を吐きながら、興奮気味にこう続けた。

「俺ね、君みたいにキャワイ~子に眼がないのよ。あ~もう辛抱たまらん坂、という訳で俺の下のナイフをだな…ウグッ!」

突然、男の拘束が緩んだので、学は彼の腕を振り解いて振り返った。すると男の項の部分に、細長い管のような何かが突き刺さっていた。その先を眼で追って行くと、丸い姿をした奇っ怪な生物の姿があった。

「マ、マユ!?」

マユが触手を引っ込めると、男はその場に倒れ込んだ。

「どうしてこんな場所にいたんですか…?というかどうやって外に…」

学の問いに、マユは触手を揺らすばかりである。男の方に眼をやると、その姿はまるでミイラの如く、カラカラになっていた。

学は先程の陸海の話を思い出した。

「そうか…彼が言っていたのは君の事だったんですね…。でも、ありがとう。さぁ、もう家に戻りましょう、母さんが仕事から帰ってくる前に…」

邪悪な笑みを浮かべながら、学はマユを抱えた。

「うっ重…!」













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