第7話 休日の水族館デート 後編

 手をつないでデートを再開させた俺たちは、互いの距離を近くにさせながら、楽しくあちこちを見て回る。


「イルカのショー楽しかったね~、奏斗かなと君」


「あんなに迫力あるとは思わなかったよ」


 各階の順路以外にも、定番のイルカショーや、タッチプールなども回り、とても充実した時間を過ごしていた。


 と、そんなところに、


「そこのカップルのお二人さん~!」


「「!」」


 近くにいたスタッフのお姉さんに声を掛けられる。 

 お姉さんの隣には、二匹のイルカがキスをする『顔はめパネル』が設置されており、お姉さんはそれの案内役みたいだ。

 

 どうやら俺たちがカップルだと勘違いされてるらしい。


「え、えと、俺たちは──」


「これじゃあ言い訳出来ないでしょ~、奏斗君」


「え、あ……」


 カップルであることを否定しようとするも、天音あまねちゃんが手をひょいっと上げて、いじわるっぽく言った。


「じゃあせっかくだし、撮ろっか!」


「ええっ!?」


 あのキスしてるイルカの顔はめパネルを!?

 実際にキスしてるわけではないとはいえ、正直恥ずかしすぎる!


「ほらほら、奏斗君」


「わ、ちょっと!」


 俺をからかうような表情で手を引いて行く天音ちゃん。

 彼女に連れられて、それぞれパネルに顔をはめる。


「ふふっ、照れてるの?」


「そりゃあ照れるよ……」


 パネルに合わせるよう、お互いに顔を横向きに合わせると、パネルの裏側の天音ちゃんと目が合う。

 カップル向けのパネルだからか、顔の距離も近い。


「ではお二人さん。はいチ~ズ!」


「ふふっ」

「わっ!」


 戸惑っている間に、俺は多分まぬけな顔のまま写真を撮られてしまった。 


「はい、ありがとうございます~。スマホお返しいたしますね」


「こちらこそ、ありがとうございます」


 天音ちゃんがお姉さんからスマホを受け取り、ペコリと丁寧にお辞儀した。

 小悪魔な天音ちゃんでも、こういう律儀りちぎさは変わらないらしい。


「ぷっ、あはは! 奏斗君、なにこの顔!」


「え、どれ? って、これはひどいよ!」


 天音ちゃんのスマホには、俺が動揺しすぎて目が半開きになっている写真が残っていた。


「もう、可愛いなあ」


「それ褒めてるの? 天音ちゃん」


「んー? もっちろん」


「本当に?」


 なんて言いつつ、天音ちゃんの笑顔を見れたのは俺としても嬉しい。


 また、スタッフのお姉さんのプロ意識なのか、目が半開きの写真と、良い表情の瞬間の写真がしっかりと残っており、良否りょうひどちらも味わうこととなった。


「では、カップルのお二人さん。この後もお楽しみくださいませ」


「ありがとうございました~!」

「あ、ありがとうございます……」


 結局スタッフの「カップル」は訂正することなく、パネルコーナーから離れるように歩いていく。


「あははっ!」


 隣では先程の写真や、今日撮った他の写真を眺めてケタケタと笑う天音ちゃん。


「……」


 そんな笑顔の天音ちゃんの隣で、ふと考えてしまう。


 俺たちの関係ってなんなのだろう。


 さっき言われた“カップル”……ではないのはたしかだ。

 かといって“友達”……でもなさそう。

 じゃあ“知り合い”……いや、男女のただの知り合いで手なんて繋ぐだろうか?


 色々と思考を巡らせて、一つ思い当たる。

 俺たちの間にあるのは……『妄想ラブコメ小説』、これだけなのかもしれない。


「どしたのっ? 奏斗君」


「うわっ!」


 ひょこっと俺の前に顔を出した天音ちゃんの近さに、思わずびっくりしてしまう。


「考え事?」


「いや、ちょっと」


「ふーん。女の子とのデート中に考え事かあ。これはいけませんなあ」


「うっ」


 ニヤっとした顔でこちらを覗く天音ちゃん。

 周りをきょろきょろと見回した後、何かを見つけて言ってきた。


「では罰としてあれをおごりなさい」


「あれって……ええっ!」


 天音ちゃんが指差したのは、二人でシェアするタイプのドリンク。

 一つのドリンクに二つのストローが付いていて、甘いカップルがよく顔を近づけながら飲んでいるやつだ。


「あの、あれを一緒に飲むと……?」


「そうだけど? ダメ?」


「い、良いけど……」


 恥ずかしさにも限度ってものがあるよー!

 そう心の中では叫びつつも、結局天音ちゃんと二人で仲良くシェアしあった。


 ……正直、美味しかった。





 そんな楽しい時間も、気がつけばあっという間。

 高校生同士ということもあり、今日はお互い夕飯前に帰る約束だったのだ。


 そうして、館内を出て水族館前。

 辺りはすっかり綺麗な夕焼けとなっていた。


「あ~、楽しかったあ!」


「俺もすごく楽しかった」


 両手を広げて伸びをする天音ちゃんに続いて、自分の気持ちを素直に言葉にする。


「んー? 君は本当に楽しかったのかな?」


「えっ、も、もちろん! 本当に楽しかったよ!」 


 いたずらっぽい顔で、下から覗き込むように見てくる天音ちゃん。

 もう何度もやられているのに、近さと可愛さにどうしても戸惑ってしまう。


「ふーん。なら良かった」


「う、うん……」


 それでいて、離れると少し残念な気持ちが残る。

 俺って、ますます天音ちゃんに振り回されてるなあ。


「じゃあ、例のもの。出そっかな」


「!」


 そう言いながら天音ちゃんが取り出したのは、俺の『妄想ラブコメ小説』。

 たしか、「満足させられたら返してあげる」と言われていたのだった。


「どうしよっかな~」


「……」


 また小悪魔な表情を見せる天音ちゃん。

 

 けれど俺の心情は、なんというかだった。

 それは、イルカの『顔はめパネル』の時に考えていた事を思い出して。


 俺たちの関係ってなんなのだろう。


 その時も今も、結局答えは出ないまま。

 でも、俺たちがこの『妄想ラブコメ小説』のおかげで繋がっている、それだけはたしかだった。


「じゃあ、はい」


「えっ」


 天音ちゃんは俺に向かって『妄想ラブコメ小説』を差し出す。


「それってどういう……」


「返してほしかったんでしょ?」


「あ……」


 返してほしかったのは事実、だけど素直に手が動かない。

 これを返してもらったら、“俺と天音ちゃんの間には何も残らないんじゃないか”、そんな気持ちがよぎってしまうからだ。


 複雑な気持ちながらも、俺は手を伸ばす。


「あ、ありが──」


「うっそー」


「……へ?」


 だが小説を受け取ろうとした瞬間、天音ちゃんひょいっと自分側に引いた。


「今日ので満足させられたとでも?」


「え、ええっ? だって天音ちゃん、さっきは楽しかったって」


「うん、楽しかったよ。けど、百点ではないかなあ」


「そんなー」


 俺は男として情けない気持ちになる。

 けど、それは裏切られた。


「君となら、はもっと楽しくなりそうだからね」


「……!」


「てことでこれは、お・あ・ず・け、ね」


「……こ、今度は返してね!」


「さあね~」


 そうして、いつものいたずらっぽい表情で歩いて行く天音ちゃん。

 その後ろ姿に、色んな感情を抱く。

 

 結局『妄想ラブコメ小説』は返してもらえず。

 けど、それでほっとした自分がいたのは、言うまでもなかった。





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