第8話 天音ちゃんの手作り弁当!

 土曜の水族館デートも満足に終わって、月曜日。

 夢のような時間も終わって、今日からまた学校だ。


 だけど、今日の朝はほんの少し持ち物が


「本当にお弁当いらないんだね? 奏斗かなと


「うん、今日は購買で買いたいから」


「わかったよ、いってらっしゃい」


「いってきます」


 そう言って玄関を出ていく。


 いつもはお母さんが弁当を作ってくれる。

 でも今日の分はいらないと言ってあった。


 それに「購買で買う」というのは嘘だ。

 

 なぜなら昨日、天音ちゃんから『明日はお弁当持ってこないで』と言われていたから。

 

「もしかして、本当に天音ちゃんの手作り弁当だったり?」


 そう思うと、つい浮き足だってしまう。

 いつもは億劫おっくうな学校への道は、今日は自覚するぐらい足が軽かった。





 朝、学校にはいつも通りの時間に着く。

 大体半数ぐらいが登校していて、遅くもなく早くもない。


 当然、教室の風景は変わることがない。


 けど、


「ん」


 机の中にピンクの付箋ふせんが貼ってある。

 この見たことある色……やっぱり。


 ピラピラしているその付箋を剥がすと、天音ちゃんの名前が書いてあった。


『昼休み、一緒に屋上でご飯食べましょ 姫野ひめの天音』


 女の子っぽい可愛らしい字で書かれたメッセージ。

 なんだか秘密の関係っぽくてドキドキしてしまう。


 それにしても付箋で伝えるの、流行っているのかな?

 LINEも普通に交換しているのに。


 俺は好きだけど……って、あ。

 もしかして小説に書いてある描写を再現してくれていたりするのだろうか。


「!」


 そうしてチラっと、友達とおしゃべりをしている天音ちゃんを見ると、目が合う。

 ほんの一瞬、いたずらっぽい顔をしたように見えたけど……気のせいかな。





 昼休み。

 四限が終わってから少し間を置いて、屋上にやってくる。


「天音ちゃん!」


 扉を開くと、付箋に書いてあった通り天音ちゃんが待っていた。


「あ、女の子を待たせる悪い子だね」


「ご、ごめん。人目が……」


 早速、天音ちゃんは小悪魔な表情でからかってくる。

 気弱な俺は、昼休みに屋上へ行くのがちょっと怖かった。


 なので、一応聞いてみる。


「屋上って入っても良かったっけ?」


「さあ?」


 良くないらしい。


「まったく。そんな野暮なことを言う子には、あげませんよ?」


「あ!」


 天音ちゃんが空中でぷらぷらさせるのは、お弁当箱。

 くまさんの顔がいっぱい載った、ピンクの可愛い包みに入っているお弁当箱だ。


「これ、俺に?」


「そうだけど? まさか、わたしに二つも食べさせるつもり?」


 天音ちゃんはニヤニヤとしながら、膝の上に乗せているもう一つの弁当箱に手を添える。

 

「じゃ、じゃあ、いただきます……」


「ふふっ、どうぞ」


 天音ちゃんが座っている長椅子の隣にそーっと座りながら、お弁当箱を受け取る。

 なんだかこの状況、ドキドキするなあ。

 

「これってまさか、手作り弁当?」


「もちろん。早起きして作ったんだから」


「ありがとう!」


「いえいえ」


 あの天音ちゃんが俺のために手作りで。

 

 それは素直に嬉しい。

 嬉しいのだけど……


「あの、なにか?」


「別にー?」


 先程から、膝に頬杖ほおづえをついて、いたずらっぽい顔で見つめてくる天音ちゃん。


 え、なんだ、俺何かしたっけ?

 天音ちゃんの顔に疑心ぎしん暗鬼あんきになりながらも、楕円だえん形の二段式弁当箱を開ける。

 

 一段目は……白ご飯に梅干し。

 ご飯好きな俺としては嬉しいし、何より次に期待が持てる!


 さあ、二段目はどんなおかずが……。


「って、また白ご飯!?」


「あはははっ!」


 隣で腹を抱えて笑う天音ちゃん。

 どうやらニヤニヤしてたのはこのことらしい。


奏斗かなと君、リアクション面白すぎ!」


「ひ、ひどいよ天音ちゃん……」


 せっかく天音ちゃんの手作り弁当が食べられると思ったのに。

 これじゃただの白米じゃないか。


「あははは、ごめんごめん。はい、これ」


「え? あ」


 そう言いながら天音ちゃんのお弁当箱から出てきたのは、おかずの段。


「ちょっとしたいたずらだって。わたしのお弁当箱がどっちもおかずになってるんだよ。だから交換ね」


「そういうことかあ」

 

 天音ちゃんは笑いながら、おかずの段をこちらに置いて俺のご飯の方を膝の上にもっていく。

 まんまと騙されたよ……。


「じゃあ、改めて」


「いただきます」


 天音ちゃんが隣で手を合わせたので、俺も一緒にいただきますをする。

 

 おかずの段には、からあげ、たこさんウインナー、斜めに切れ込みを入れてハート形にした卵焼きなど。

 シンプルだけど一工夫された、王道の食材が並ぶ。


「どう? 美味しい?」


「うん! すっごく美味しいよ!」


 味もすごく良かった。


 なんやかんやあったけど、本当に天音ちゃんの手作りお弁当を食べられるなんて。

 俺は幸せ者だ。


「けど、どうして急に?」


「んー、だから君が小説に書いてたんじゃない」


「そうだけどさ」


 下からニヤニヤとした顔で覗き込んでくる天音ちゃん。

 今日も小悪魔セットは健在だ。


「嫌だったのかな? せっかく頑張って作ったのに……」


「それはないよ! 決して!」


「ならいいじゃない」


「う、うん……」


 泣いたようなリアクションを見せるのも、ほんの一瞬。

 ただの泣きだったらしい。


 そうしてふと、またあの時の疑問を掘り起こしてしまう。


 俺たちの関係ってなんなのだろう。


 俺としてはすごく嬉しい。

 だけど、相変わらず天音ちゃんの魂胆は見えない。


「……」


 これを聞いてしまうと、天音ちゃんとの関係はなくなってしまうのかな。

 だけどやはり、彼女の気持ちは聞いておきたい。


「天音ちゃん」


「なにかな」


 いたずらっぽい顔でこちらを見てくる天音ちゃんに、問いてみる。


「俺たちの関係ってなんだと思う?」


 俺は気持ちを抑えられず、聞いてしまった──。

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