第6話 休日の水族館デート 前編

 土曜の午後、水族館近くの待ち合わせ場所に、時間通り天音ちゃんが来た。


「あ、天音あまねちゃん」


「君も時間通り、偉いじゃない」


「ちょっと早く着きすぎたんだけどね。あはは……」


 休日の天音ちゃん。

 

 白いインナーにベージュのカーディガン。

 下は少し違う色のベージュのロングスカートをはいており、ワンポイントのプチバッグを持ってる。


 温かくなってきた春にぴったりの服装だ。

 全体的にシンプルだけど、どこかおしゃれで、制服とはまた違った良さがある。


 総じて言うと……女の子っぽくてすごく可愛い。


「じゃあ楽しみにしてたんだ?」


「!」


 そんな天音ちゃんが、下から覗き込むようにこちらを見てくる。

 今日も早速、教室では見せない小悪魔でいたずらっぽい表情だ。


 その格好でそれはずるい……!


「ま、わたしも楽しみにしてたけどね」


「え、それってどういう意味で……」


「ふふっ、さあね。ほら行きましょ」


「ま、待ってよ」


 そうして冷たく前を歩いていく天音ちゃんに追いつき、横を並んで歩く。

 今の状況にドキドキしながらも、俺から話しかけた。


「そういえば、天音ちゃんが水族館に行こうなんて、なんというか意外だね」


「そう? 定番のデートスポットだと思うけど?」


「そうなんだけどさ」


 昨日デートをしようと誘ったのは俺。

 けど、場所は天音ちゃんが熱望したことで水族館に決まった。


 水族館が好きなのかな?

 何か思い入れがあるようにも見えたけど。


「それで奏斗かなと君。約束通り、あれ持ってきたけど」


「あっ、それ!」


 天音ちゃんがおちょくるような顔で見せてきたのは、俺の『妄想ラブコメ小説』。

 すでに完成はしているので書きたいわけではないけど、単純に恥ずかしいから返してほしい。


「返してほしい?」


「うん」


「んー、どうしよっかなあ?」


 ニヤニヤとした顔でこちらを見る天音ちゃん。

 この顔は、絶対に返す気がない。


 だけど、意外にもそうでもなかったらしい。


「じゃあ今日、わたしを満足させてくれたら返してあげる」


「ほんと!」


 よーし、ならば一層気合いを入れていこう。


 天音ちゃんと水族館に来られるだけで天に昇る思いだけど、やっぱり男たるもの女の子を楽しませてこそだよな。





 水族館内、俺たちは順路を辿って見て回る。

 回るんだけど……


「わああ……! 見て見て!」


 館内に入った時から、天音ちゃんのテンションがめっっっちゃ高い。


「ラッコ! 可愛い!」


 楽しみにしていたとは言ってたけど、まさかこれほどとは。

 

「ねえ、ちゃんと見てる? 奏斗君!」


「も、もちろん!」


 俺も今日はわくわくしていたのでテンションは高いのだけど、天音ちゃんはその比じゃない。

 正直、変わりすぎてちょっとびっくりしている。


 あとは、


「クラゲ~。ぽよんぽよんだぁ……」


 天音ちゃんが可愛すぎて目が忙しい。


 可愛い水族館たちの生き物と、隣にもう一人可愛い子がいる。

 俺の目が忙しくなってしまうのは当然だった。


 しかし、ふと後ろの方で聞いたことのある声がする。


「久しぶりに来たな~」

「ここも変わんねえなー」

「お、これは新しいんじゃね?」


 あれはクラスの連中か!?

 学校からもそう遠くないし、いてもおかしくないけど……タイミングってもんがあるだろ!


「ほわああ……」


 天音ちゃんは水槽すいそうに両手をついて顔がとろけてしまっている為、気づいていない。


 恋愛的にもかなり人気のある天音ちゃん。

 そんな彼女が俺なんかと休日デートなんて、見つかれば良くない噂になってしまうかもしれない。


「天音ちゃん、あの」


「ん、なに? もうちょい待ってよ」


 そうしてまた水槽に視線を移す天音ちゃん。

 ダメだ、順路だからもうすぐにバレるところまでクラスの男達は来てる。


 こうなったら!


「ほら、天音ちゃん!」


「──! ちょ、ちょっと!」

 

 強引だけど、俺は天音ちゃんの手を繋いで、少し急ぎ目に前に進んで行く。

 順路を抜けた所に良さそうな場所を見つけ、なんとか転がり込んだ。





 順路を外れた、休憩スペース。

 人気ひとけが少ない場所でベンチに二人で座り込む。


「で、どういうことなのかな? 奏斗君」


「あ、えっと、クラスの連中を見てさ。つい……」


「! へえ、そうなんだあ」


 太ももの方から頬杖ほおづえをついて、俺の方をいたずらっぽく見つめてくる天音ちゃん。

 やっぱり、迷惑だったかな。


「じゃあ君は、守ってくれたわけだ」


「う、うん。一応……」


「ふーん。かっこいいとこあるじゃん」


「……!」


 相変わらず口角を上げて小悪魔な顔で言ってくるけど、その言葉にはドキっとしてしまう。


 何か話題を変えなければ、このままでは俺の心臓がもたない!


「そ、そういえば、天音ちゃんは随分楽しそうだったね!」


「久しぶりだったから、テンションが上がっちゃってね。んーでも、ちょっと良くなかったかも」


「どういうこと?」


 チラっと彼女の方を向くと「分からない?」という表情をされた。


「今日は君と来てるんだった。だから二人で楽しまなくちゃね」


「!」


 天音ちゃんが俺のことを考えて……。


「じゃ、一息できたし。早速戻りましょ?」


「うん、ごめんね。急に連れ出したりして」


「ううん、いいの。おかげでちゃんと二人で楽しもうという気になれたしっ」


「そっか」


 俺としては、生き物を眺める天音ちゃんが満足そうで嬉しかったのだけど、彼女は俺の事まで考えてくれたみたいだ。


 なんだか嬉しいな。


「じゃあ、はい」


「へ? はい、って……」


 唐突に、天音ちゃんは右手を差し出してきた。


「手。さっきは繋いだじゃん」


「えっ! いや、さっきのは咄嗟とっさだったからで! それにまだクラスの連中も──」


「嫌なの?」


「……!」


 天音ちゃんのニヤニヤとした表情。

 おちょくっているのか分からないけど、改めて繋ぐのはハードル高すぎるよ!


「ほらほら、クラスの男の子達も過ぎたって。けど、君にはやっぱり出来ないかあ。それならしょうがな──」


「いや!」


「!」


 天音ちゃんの言葉の途中で、俺は彼女の右手を取って歩き出す。

 せっかく二人で楽しもうと言ってくれたんだ、俺だって!


「行こう、天音ちゃん!」


「……」


「天音ちゃん?」


 顔を若干赤くしながら、顔を隠すように前髪を触る天音ちゃん。


「……本当に繋ぐとは思ってないじゃん」


 ボソっとつぶやいた彼女の言葉は、うまく聞き取れなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る