第5話 わたしの気持ち、わたしの本性<天音視点>

<天音視点>


 奏斗かなと君の家に少しお邪魔して、暗くなり過ぎない内に家に帰ってくる。


「おかえりなさいませ、天音あまねお嬢様」


「ただいま」


 わたしが家の敷地内外を仕切る門の前まで帰ってくると、引き戸式の門を開けるまでもなく、それは開かれる。

 住み込みのお手伝いさんが開けてくれたのだ。


 門を抜けた先には、白く少しカーブした一本道、その左右には綺麗な花壇や整えられた緑が生い茂る。

 門から玄関までをおしゃれに装飾した、『玄関アプローチ』というやつだ。


 そうして少し歩けば着くのが、お城を模したような全体的に白い家。


 嫌味ではなく、他の家よりはお金持ちだというのは見て取れる。

 けれどわたしは、この家があまり好きじゃない。


「天音、どこ行ってたの。遅かったじゃない」


「……どこでも良いでしょ」


「またそんな事言って! 勉強はやってるの!」


「やってるよ。宿題は終わらせたし」


「宿題はあくまで義務みたいなものよ! 大事なのはそこから──」


「もうわかってるってば」


 玄関に入ってすぐ聞かされる、母ののうるさい話を聞き流して、二階の自室に駆け上がった。

 無駄に家が広いから、部屋まで行くのに一苦労だ。


「……はぁ」


 自室にさえ入ってしまえば、わたしは「お嬢様」から解放されたただの女子高生。

 お嬢様だって、別に望んだわけじゃない。


 カーテン付きの大きなベッドに寝転がって大の字になる。

 こんなはしたない姿を見られたら、またうるさいだろうなあ。


「……」


 それでも、小さい頃からの癖でむくっと起き上がり、すぐに机に向かってしまう。

 これも教育ママの悪癖あくへき……賜物たまものなのだろう。


 わたしの成績は、別に頭が良いからじゃない。

 母のうるさい教育によるものだ。


 一位から一つでも順位を落とせば烈火れっかのごとく怒るだろうし、二桁台に落ちた日には家も入れてもらえないだろう。


 普段、教室で人と接している時の笑顔も、処世術として

 人には常に作られた笑顔を向けて、生徒にも教師にも八方美人だ。


「……でも」


 わたしはもっと遊びたい。


 放課後は普通に友達と買い食いをして、Mのつくファーストフード店でおしゃべりして、普通に人の家で遊んで、休日もどこかへ出かけて。


 わたしはごく普通の青春を求めてる。


 その気持ちをずっと抑えてきたからかなあ、自分でもちょっと歪んでしまったのは分かってる。

 本当のわたしは誰にも見せた事が無い、小悪魔だ。


「今日までは、だけどね」


 そして今日、見つけた。

 親に反抗する気持ちで少し長めに学校に残っていたら、たまたま面白そうなものを拾ったんだ。


 わたしがヒロインの小説。

 それも少しえっちで、いかにも男の子が考えそうな小説。


 律儀に自分の名前まで書いて可愛かった。

 文章は上手だったけどね。


 そしてわたしは、これを利用しようとした。

 本当は誰でも良かったんだけど、面白そうなものを見つけたから突っついてみたくなった。


 田中君……奏斗君だからあんな態度を取ったのか、いけないことをしている自分に酔って気分が高揚したのか。

 どちらか答えろと言われると、多分後者になってしまう。


 それでも、答えろと言われないのならば今は誤魔化しておきたい。

 なぜだかは……分からないけど。


「ふふっ」


 わたしはすっかり古くなった「水族館のパンフレット」を手に取る。

 連れて行ってもらったのは昔に一度だけ。

 小さい頃の、亡くなってしまったお父さんとの記憶だ。


 わたしは明日、奏斗君とこの水族館に行く。


「懐かしいなあ」


 だから誘われたデートに応じたのも、水族館に行きたかったから。

 それと、休日に男の子とどこかに出掛けるという事をしてみたかったから、というだけ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 でも、なぜだろう。


「……」


 さっき面倒なやり取りがあったのに、明日の事を考えると少しドキドキする。

 わたし、楽しみにしてるのかな。


 いや、ないか。

 いけないことをしてる気分、それがわたしを高揚させているだけだ、きっとそう。


「でも」


 正直、奏斗君に興味を持ったのはたしかだ。

 反応が初心うぶで可愛くて、ちょっとえっちで、からかってもどこまでも付いてきてくれそうで。


 いつもは苦痛でしかない勉強が、彼と机で向かい合ってやってみて、初めて楽しいと思えた。

 最初は「ここに来ても勉強か」と思って嫌だったけど、後になってみれば全然そんなことはなかった。


 自分の小悪魔な性格をさらけ出すのは怖かった。

 けれど屋上で、ちょっと勇気を出して良かったって思ってる。


「うーん……ふふっ」


 明日は、どんな服を着ていこうかなあ。

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