第4章

秘密の共有

 学校に行く前に駅のコインロッカーに向かう。


一番端の上から三番目のコインロッカーを開けると、その中には紙袋が入っている。その中からお弁当を取り出すと、自分の手提げの中からもお弁当を出した。


自分のお弁当を紙袋の中に入れ、紙袋から取り出したお弁当は自分の手提げに入れ替え扉を閉めた。


 そして、何事もなかったかのように学校へと足を向ける。


これが朝の日課になった。


時をさかのぼること一週間前。


改札を出たところで、ものすごく人目を惹く男女がいた。そこだけが別世界のように輝いているように見えた。人が光り輝くことはないから錯覚なのだろうけど、確かにそこだけ次元が違った。


よく見ると見知った人の存在に、ひとり納得した。

 倭斗くんとその彼女の華さんが、何やら話をしているようだった。


 想像した通り、美男美女が並んだ姿はみとれる程に優美だ。

 華さんが私に気付き大きく手を振った。


「乙羽ちゃーん」


すると、その場にいた人たちが一斉に私のほうを振り向いた。

 周りの人の目が、この輝かしい人物とお前のような人間がどうして知り合いなのかと言っている。


 確かに、あの二人とは住む世界が違うのではないかという錯覚を覚える。


幼稚園のお遊戯で例えるなら、二人が主役の王子様とお姫様なら、私はその家来か……いや『木』もしくは『石ころ』がふさわしい。


この二人と並ぶことがどれだけみじめに見えるかを周りの人たちも察しているのか、二人の横を通りすぎる者もいない。


 けれど、たとえ木や石ころであろうとも、せっかく出会えた歴史好きの友人を失いたくない。私は躊躇することなくその光り輝く二人のもとへ歩を進めた。


『お前みたいな奴が、なんでその二人と知り合いなんだよ』という視線は、無視することにした。


「華さん、おはようございます」


「あれ? 二人とも知り合い?」


 倭斗くんが訝し気に首を傾げた。すると華さんが腕をからめてきた。


「そ、私たち同盟を結んだ仲なの、ねぇ~」


華さんがにっこり同意を求めてきたので、私もそれに応える。


「はい」


 すると、倭斗くんはくだらないとでも言いたげに、小さく鼻をならした。


「ちょっと、乙羽ちゃん聞いて! 倭斗ったら私のお弁当いらないっていうのよ。ひどいと思わない?」


 なんと、またしても彼女のお弁当を拒むとは、ほんと罰当たりなヤツ。


 とはいえ、あの味を知ってしまった今はあまり倭斗くんを責めることはできない。


 でも、私が味方するべき人物は決まっている。


「それはひどすぎます! 彼女さんが作ったお弁当をいらないなんて罰当たりですよ」


 怒りを込めて言った台詞に、倭斗くんも華さんも訝し気に首をかしげる。


「カノウジョーって誰だ?」


と倭斗くん。


「私、カノウジョーじゃないわよ」


 華さんがカノウジョーではないことは知っている。


 まさかの二度目の登場。

 誰だカノウジョーって!

 こっちが聞きたいッ!


「カノウジョーじゃないです! 彼女ですよ。彼女! 彼女が作ったお弁当をいらないってひどいって話ですよね」


少し怒気を含んだ声で言う私の顔を、二人ともまだ不思議そうに首をかしげている。


「彼女って誰?」

「あら、倭斗、彼女できたの?」


倭斗くんと華さんの言葉に、今度は私が首をかしげる。


「え? 華さん桐谷倭斗の彼女じゃないんですか?」

「…………」

「…………」


尋ねたけど、答えは返ってこなかった。

 かわりに訪れたのは奇妙な沈黙。


その数秒後に華さんが突然吹き出した。


「ぷッ……ぷははははははははははは……はっはっはっ……」


華さんがお腹を抱えて笑っている。


「やだ~、乙羽ちゃん。朝からへんな冗談言わないでよ。倭斗が彼氏なわけないでしょ」


 倭斗くんはというと、あきれたようにそっぽを向いている。


「違うんですか? え? え?」


「言ってなかったかしら。私は倭斗の姉よ。親が仕事で海外に行っていている間、この子の身の回りの世話をしているの」


「あれ? でも確か華さんの苗字って森野でしたよね」


私の疑問に華さんは左手を掲げて見せた。その薬指には光り輝く指輪がはめられている。


「私には素敵な旦那様がいるの。こんな陳腐な男は私の趣味じゃないわ」


 なるほど、苗字が違ったのはそのせいか、と納得した。


 納得はしたけど、華さんが口にした言葉に引っかかった。

 

 誰もが認めるイケメンの倭斗くんを陳腐と切り捨てるとは、華さんの旦那様というのはどんな人なのだろう……。


 と考えていた私を置き去りにして、何事もなかったかのように倭斗くんはその場から去ろうとした。


「ちょっ、ちょっと待ってよ。彼女、じゃなかった、華さんがせっかく作ったお弁当をいらないってひどすぎるんじゃない?」


 この言葉に、倭斗くんがジロリと睨みつけてきた。


『あの味を知っているお前がそんなことを言うのか』とその目が訴えている。


 口ごもる私に、倭斗くんが吐き捨てるように言う。


「奥村ヲタク、お前には関係ねぇ~だろ」


 冷たい物言いにひるむ。しかもしっかりフルネームで言い返してくるところが憎たらしい。


 それは置いといて、隣にいる悲し気な表情を見せる華さんを放ってはおけない。


「お弁当って作るのがすごく大変なんだよ。それを無下にするなんてひどい!」


「じゃあ、お前が食えば」


 グッ、そうきたか。

しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。


「私には、ちゃんと自分で作ってきたお弁当があるもん」


 そう言って自分のお弁当を倭斗くんに突き出して見せた。

 それに反応したのは華さんだった。


「へぇ~、乙羽ちゃん自分でお弁当作っているんだ。すご~い。あ、もしかしてこの前アドバイスくれたのって乙羽ちゃん?」


「はい。余計なお世話かと思ったんですけど、忙しい朝にお弁当作るのって大変だから、少しでも時短になればと思って」


 とっさの判断にしてはいい理由だと我ながら思った。さすがに美味しくなる方法とは言えない。


 倭斗くんも良い理由をつけてメモ紙を渡してくれたのだろう。メモ紙に関して悪い印象を抱いた様子は感じられなかったので、少しホッとする。


「今日、教えてもらった方法で卵焼き作ってみたの」


「じゃあ、師匠としては味を確かめなきゃ、だな」


「それいいわね。乙羽ちゃんに私のお弁当の味を見てもらってアドバイスしてもらえると、私もうれしい」


 ニコニコニッコリ。華さんはキラキラ輝く笑顔をみせた。


「ってことで、はい」


 そう言うと、倭斗くんは私のお弁当を取り上げ、代わりに自分のお弁当を手渡してきた。


「え?」


倭斗くんは戸惑う私なんぞ気にする様子もなく、話は終わったとばかりにスタスタと行ってしまった。


「ふふ。ありがとう、乙羽ちゃん。これから毎日よろしくね」


「へ? ま、毎日……ですか?」


「そうよ、卵焼きだけじゃなくて、他にもイロイロ教えてほしいもの。乙羽ちゃんのお弁当は倭斗が食べて、倭斗のお弁当は乙羽ちゃんが食べれば、材料費は相殺されるでしょ。ね。じゃあ、そうゆうことでよろしくね」


 それだけ言うと、私の言い分など聞くこともなく契約成立。


というのが、事の成り行きだ。


華さんの作ったお弁当を改善すべく私がアドバイスすることになり、お弁当を交換することになった。


しかし、ここで問題がひとつ浮かび上がった。


お弁当を交換するにあたり、私は倭斗くんと直接交換することを拒否した。

その理由を問われたときは焦った。まさか嫌がらせを受けてるなんて言えない。


なんとか誤魔化し直接交換することは勘弁してもらった。


未だ誤解が解けずに嫌がらせを受けているのに、これ以上面倒なことになるのは避けたかったからだ。


そのお弁当の交換手段として、華さんがコインロッカーにお弁当を入れ、そのお弁当と私のお弁当を交換し、倭斗くんが私のお弁当を受け取るという、なんともややこしい方法になった。

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