泥沼劇から生まれた王子ですが真っ当に生きます1
「先ほどは失礼した。まだ名乗っていなかったな。私は、ニクラス。この国の第一王子である」
「ご丁寧にありがとうございます。私はオスニエル家の一子フィルです」
「うむ。気負わずとも良い。楽にせよ」
楽にせよとは言われても、限界がある。気持ちだけありがたくいただくことにする。
王子と同席する者は何者かと視線が集まっているのを感じた。食堂の一角、王子など高位貴族のために用意された席は二階席にある。幾分か喧噪が遠い。
「ただいま戻りました」
「ゼス。よくやった」
ニクラス殿下の元に先ほど三人の男を排除した体格のいい男が返ってきて報告している。
殿下を囲むように片側にゼス、片側に令嬢ミレーヌが座り、その対面に座る。
「こちらはゼス。騎士団長の息子で私の旧来の友人である。こちらはミレーヌ。私の婚約者でハイアット公爵家の令嬢だ」
殿下が両脇の二人を紹介してくれる。ミレーヌ嬢は上品に微笑み、ゼスは表情が特になく何を考えているのかわからない。
先ほどの三人の男達の態度とは対照的であった。
「あの三人のことは、本当にすまない。あいつらは将来の側近候補として私の側近くにいるのだが、昔から思い上がった発言が多くてああいう見苦しい言動をとりがちなのだ」
「はあ」
確かにいささか過剰な反応のように思えた。
「あいつらは親からどんな教育を受けているのか、思想が透けすぎている。それを取り繕う賢さもない。私を敬う気はない癖に私の威を借りることを当たり前のように思っている」
「私の家は社交をしていないので無知で申し訳ないのですが、あの三人は高名な家柄の方々なんですよね」
「あの眼鏡は現宰相バーク候の息子ディルク、オールバックがキーエン公爵家令息ゲルト、巻き髪がウィレム侯爵家令息フロレンツ。いずれも王家と縁近い家柄ばかりである」
教えてくれるニクラス殿下の表情が憮然としている。
「私はあいつらに不満がある。今少し態度や言動が改まってくれればと思うが、面倒になってさっさと切ってしまいたいとも思っている」
これはうかつに返事してはいけない話題だと身構える。
「フィル・オスニエルよ。私の側近にならないか」
「無理です」
ほぼ反射で答えてしまった。
痛々しい沈黙が続いて慌てて口を開いた。
「王家と我が家との間にあるわだかまりは誰もが知るところでしょう。それこそ世間の反発を招きます」
「それをどうにかする絶好の機会だと思わないのか」
「……なぜです?」
わざわざこちらに利のある提案をしてくれる理由がわからない。それをして王家に何の得があるのかと当然の疑問が浮かぶ。
「私は、いつまでも辺境伯が存在しないという事態を解消したい。辺境伯が存在しないなど他国に侮られる。現状は、オスニエル家が変わらず辺境の国防を担ってくれている。ならば、名目を戻せば辺境伯の不在は解消される」
「……誰か別の方を据えるという手をとられる気はないんですか」
「ないからここまでこの状況を放置されてきたんだろう」
確かに。
「オスニエル家のさりげない防衛手段を私は買っている。隣国の加工肉の製法を教わるなどして交流を保っているだろう。あれのおかげで隣国が辺境を攻めようとする気は大分削がれている。それを推し進めているのはそなたの母君、菫姫ヴェラ様だと聞いている。さすがの手腕だと母も感服していた」
「王妃陛下が」
王族がオスニエル家の人間を褒めていると聞いて、瞠目する。すると、ニクラス殿下が片眉を上げた。
「何を意外そうにしている? 我が母は元々ヴェラ様の信者だ」
「王妃陛下が?」
「……知らんのか?」
こちらが驚いているのに対し、殿下は首をひねっている。
「どうもこちらの認識とのずれがあるな。お前はどこまで何を知っている?」
「父が当時の王太子殿下であった陛下と婚約をしていた母を得るために陛下に決闘を申し込んだと聞いております」
「それはその通りだが、そこに至った経緯は知っているのか?」
「経緯?」
「知らんのか」
そこから殿下が告げた内容は私にはまったくの想像外のものだった。
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