泥沼劇から-2

「父が当時婚約者だったヴェラ様に公衆の面前で婚約破棄をする計画を立てた。それを阻止するために、そなたの父オスニエル卿が我が父に決闘を申し込んだのだ」

「こ、婚約破棄⁉」

 その言葉の強さに面食らう。

「え? 父と陛下は母をとり合ったのでは……陛下は母を嫌っていたのですか? それならば、なぜ決闘など」

「やはり知らなんだか」

 殿下はうんとうなずく。

「嫌ってはおらぬ。むしろヴェラ様を完全に己のものとするために婚約破棄を企てたのだ」

「ええ⁉」

「何から順に話そうか……。我が父は少し色好みが過ぎるのだ」



 殿下から聞いた話はすべて初耳のものだった。途中、まったく食事の手が進んでないことをミレーヌ嬢に指摘される。慌てて、食事を進めるということを何回か繰り返した。


 陛下と母は婚約者だった当時、仲が悪いとまではいかないまでも決して良くはなかった。そして、当時才女だと評判が良かった母に対し陛下はおもしろくないと思っていた。そんな母に対し、一泡吹かせたいと常々思っていたという。


 そんな二人の前に現れたのが、当時は子爵令嬢であった現王妃陛下だ。王妃陛下は当時、母に憧れ、母に仕えたいと真摯に願い、日々精進していた。

「そんな母の姿を父が見つけてしまったのだ」

 日々努力する王妃陛下を好ましく思うと同時に、陛下は一計を思いついたという。

「父は母を好ましい得たいと思うと同時に、ヴェラ様に理解わからせるいい機会だと考えたのだ」

「……婚約破棄をして王妃陛下を得ることで母に不適格だと突きつけたかったのですか」

「う~ん。そういうわけじゃないんだよなあ。我が母とヴェラ様を両方得ようとしたのだと」

「そんなの無理じゃないですか」

 婚約者と婚約を破棄してしまえば、その縁は断たれる。それが嫌ならば、婚約者とは縁を繋いだまま意中の相手を愛人か何かにするしかない。


「父はヴェラ様の方を愛人にしようとしたのだそうだ。父はヴェラ様を貶めた上で立場を守るという名目で愛人にしようとしたのだと」

「そんなことをすれば、母の実家が烈火のごとく怒り狂いますよ」

「普通はそう思うよなあ。しかし、父はそうは思わなかった」

「誰か止める人はいなかったんですか」

「当時の父の側近達はヴェラ様推しでなあ。まあ、母のことも好意的には見ていた。なんせ、母はヴェラ様付きの女官を目指していたから同陣営だと思われていた」

「つまり、相談すれば反対されることがわかっていたので、側近の方には相談されずに独断専行されたのですか」

「そういうことだ」

 なるほどと思いつつ、それではどこから父はその婚約破棄の計画を聞きつけたのかと疑問が浮かぶ。


「こういう悪事を進めるに当たって、側近以外の貴族を手先として使ったようだ。近づいてきた側も未来の王に覚えめでたくありたいとの思惑があったようだ」

「その会話を父が聞きつけたのですか」

「うかつだよなあー」

 先ほどから話す殿下の口調に陛下への呆れが滲んでいる。王妃陛下や母ヴェラには敬いが感じられるが、陛下にはそれが感じられなかった。


「その……陛下のお気持ちはその通りだとして、お相手に選ばれた王妃陛下のお気持ちはどう考慮されていたのですか」

 先ほどから、王妃陛下の気持ちが語られない。王妃陛下が陛下に好意を抱いていたのであれば、陛下の暴走もわかりやすい。しかし、王妃陛下が母を慕っていたという話はあるのに、陛下への好意は聞かされない。


「なんも考えてなかったと思うよ。父は妙に自信家なんだ。だから、好意を伝えれば受け入れてもらえると考えていたんだ」

「ええ……」

「うん。説明してても、なんだかなあという気分になる」

 説明を聞いても、なんだか納得できない。不合理なことだとばかり思える。

 不可解さに首をひねっていると、殿下がふうとため息を吐いた。

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