10
私と親しくしていると、セアラ嬢は孤立しがちになったが、彼女はそれを気にしていないようだった。
そのことを尋ねたら、ふふんと勝気に笑われた。
「孤立しているように見えても、向こうから情報が欲しくて接触してくるものですわ」
そうなのか、と受け止める。彼女はやはり強い女性だと思わされる。
「そう言えば、フィル様。これから第一王子が学園に登校なさるそうですわ」
「そうなのか」
私には噂の仕入れ先が存在しないので、やはり彼女の存在がありがたいものに思えてしまう。
「学園には登校されないとのことでしたが、結局は通われるそうですわ」
「やはり同世代の人間との交流が必要と判断されたのかな」
「そうでしょうね。お勉強は宮中でもできますもの」
我々はこの時には完全に他人事だと思って話していたのだった。
実際に王子が学園に通いだすと、学園内は目に見えて誰もがそわそわし出し、普段とは違う雰囲気に包まれていた。
こうなると噂ごとに疎い私でも、ただ事ではないことが起こっていると気づくことができる。
王子と同年代だとこんなことになるんだなあとぼんやりと思うのだった。
昼休み。昼食をとるべく、教室から移動しようとしていると、にわかに周囲が騒がしくなる。
ああ、王子も昼食をとるべく移動しようとしているのだな、と察した。
さて。騒動には首を突っ込みたくない。しばらく待ってから移動するべきか。思案しているとざわめきが近づいてきた。
廊下を王子が通過するのか、と察することはできる。しかし、食堂に向かうのなら方向が違うのでは、とも思う。
道を違えた王子に誰か正しい道順を教えないのか? と疑問が浮かぶ。
思っていると、教室に集団が入ってきた。
先頭に立つ男子生徒と目が合う。サラサラの金髪に甘い顔立ちながら、眉は凛々しく、目に力がある。
「フィル・オスニエル! 私と共に来てもらおう!」
目が合ったままぽかんと眺めていると、宣言されてしまった。
「何をぼさっとしている、フィル・オスニエル!」
宣言した彼に付き従っていた男が、声を荒げる。威圧的な口調、低音の声には力がある。腕を組み上から目線をするべく顎を上げている。赤っぽい金髪で前髪を後ろに流し、どこか厳しい印象を持っている。
「まったく無礼な。これだから社交もしない田舎者は」
別の男に皮肉を言われる。濃い茶の髪を整えて、前髪を横に流して額を出している。鋭い目つきが薄い眼鏡越しに覗いている。どこか怜悧な印象を与える。
「はっきり言っちゃ悪いよ。そもそも社交を許されてないんだから」
付き添っていたもう一人が嘲笑ってくる。長めに伸ばした柔らかな栗毛が整った顔を縁取っている。流し目が軟派な印象を与えてくる。
あれ。そうだったのか。我が家は自ら社交を遠慮していたのだと思っていたが、許されていなかったのか。
などとぼんやり思っていた。さすがにぼんやりし過ぎだと思い、席を立つ。
「な、なんだ⁉ 何をする気だ?」
「暴力はいかんぞ!」
「何か言ったらどうだ!」
席を立っただけでわーわーとうるさい。大型犬にがんばって吠えている小型犬の姿が思い浮かんでしまう。
「座ったままでは無礼かと思ったので、立ったまでです」
なるべく穏やかな口調を心がけて言う。
「ふん! 行動が遅いんだよ!」
「これだから田舎者は」
「まったくでかいだけのでくの坊が」
こちらが何もしていないのに、よくこれだけ言えるものだとある意味感心する。
彼らは一体誰だったかと考察していると、先頭の男、恐らく王子と目が合った。
「お前らうるさい! お前らの罵倒語を聞きに来たわけではない! 私は彼と話をしに来たのだ!」
王子が一喝する。
「殿下! 何度も申し上げておりますがオスニエル家のものと話をする必要などありません!」
「くどい! お前にそんな指図を受ける謂れはない! ゼス! 連れていけ!」
「はい」
王子が後方を振り返り、静かに控えていた男に指示を出す。ゼスと呼ばれた男は騒がしい男達よりも一回り体が大きかった。短く刈った髪はつんつんと立っている。彼は三人をまとめて襟首をつかんで引きずっていく。
「ゼス! 貴様! 何をする!」
「我々は殿下のお側に付き従う必要があってそこにいるのだ!」
「暴力的筋肉男!」
三人は連れ去られる瞬間までやかましかった。それをなんとなく見送る。
「殿下。私がご案内いたしますわ」
喧噪が遠のいていくのを聞いていると、すっと静かに女性の声が入ってきた。
女性の存在に気づくと、彼女はすっと優雅に礼をする。
「ミレーヌ。助かる」
「はい。ではこちらへ」
彼女の先導で王子が歩き出す。
ついていくべきか? と逡巡すると、王子と目が合った。ついて来いという意志を感じたので、それに従う。
歩いていく途中、遠巻きに見守る生徒の中にセアラ嬢の姿が見えた。彼女はがんばって! と身振り手振りで伝えてくる。
その表情は明らかに好奇心に満ちていて、瞳はきらきらしていた。
そのらしい反応が愉快で、心配などみじんもしていない様子に勇気づけられる。
あれくらい楽しむ境地になれば、怖いものなどないだろう。
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