君に逢いたくて

 

「放せ!」

「できない相談ですね。この時を待っていたんです」

「はあ?腰紐に手をかけるな!」


 美人が暴れる。しかし、美人はに危害を加えることはできない。


「大丈夫、大切にするから」


 しゅるりと、奪われた腰布は美しく宙に舞うと、光の粒に代わり、青年に吸収される。美人は一気に顔を青くして、その光景を見ていた。


「貴様、何をしたかわかっているのか!」

「うーん、わかんないけど。君と離れられなくなったんでしょ!」


「お前が、私の……宿になってしまったんだぞ!」


 美人こと神様の叫びが木霊する。しかし、青年は一切動じず、神様の首筋に顔を埋める。まるで、愛おしい番を見つけた獣のような反応に、美人は益々顔を青ざめさせる。そんな美人とは対照的に、青年はうっとりとした表情のまま、呟いた。


「十年、上にいる君が欲しくて、頑張ったんです。これからずっと一緒ですよ」

 

 十年前、少年は福岡で一人の女性に出会った。美しく白鳥として舞う彼女に、少年は恋をしたのだ。

 そして、丁度神がこの日本にだけ、こっそりと降臨し、まさに神がかり的な事象を起こすようになった。例えば、ライブで舞台映えする雷を降らしたり、小説のネームを光らせたり、雨を部分的に止ませたり。日本中そこらで起きた摩訶不思議な事象は、神様が起こしたことだと教えてくれたのは、インスタに神お墨付き広告が出された中華屋の夫婦の話だった。

 

「なんや、この神様がお助けしてくれることを……えぇ白桃でしたっけ」

「ちゃうわ、効果エフェクトや」

「神が気に入った物事への、目に見えるご利益だと思ってください」

 

 そうやって話す夫婦と赤髪の青年のやり取りは、たいへん大流行し、今もなおネットミームとして残り続けている。

 当時少年だった青年こと衣取いとりアキラも、この話を勿論耳にした。そして、同時に自分の初恋が神様であったのだと知り、無残にも初恋散る……わけがない。アキラは、自分にダンスの才能があることを、この日ほど感謝したことがなかった。何せ、神様は才能溢れ開花する人間が好きなのだ。しかも、初恋の人はバレエが好きなのは大方予想できる出会いだったのだ。


「神様のころもを奪えば、どうにかなると思ったんですよね。いやー本当に稲荷様にお礼しておかないと」


 アキラは神様を連れて、自分が止まるビジネスホテルへと連れ帰る。いつ彼女と止まってもいいようにと、二人分セミダブルベッドを予約していたのが功を奏した。あからさまに不貞腐れて、部屋備え付けの椅子に腰かける神様。それも、アキラの目を通したら、今まで見た美しい者たちがへのへのもへじに見えてしまうくらい、美しい姿だ。

 

「どうにかなるだ!?いいか、神の衣を取り込んだら、お前は死ぬまで私と離れられないんだぞ。わかっているのか!」

「知ってますよ。で、神様の名前何て言うんですか?愛しいあなたの名前知りたいんです」


「貴様!ふざけているのか!」


 怒る姿も愛らしい。アキラは益々目をギラギラと輝かせた。アキラにとって、神様が言うことは全て好都合なことなのだ。神の衣と呼ばれるものは、天女の衣と同じく、天界へ上がるために必要なものなのだ。

 それを人間に渡したり、アキラのように奪ったりすると、人間に取り込まれてしまう。そうして、天界へ自力で戻れなくなった神様は、取り込んだ人間に住み着くことで人間が死ぬまでその状態になるのだ。これを神が宿るという。

 神様は真剣にアキラを心配していた。しかし、アキラはそんな事を微塵も気にしていなかった。


「かわいい!ああ、早く君の名前を呼びたいんです!教えて、神様!!」

「~~ッ!私に名前などない。今、ただの踊り神だ。勝手に呼べ!」


 私が心配しているのに、なんてやつだ。神様は喉から出かかった言葉を必死に飲み込みつつも、その苛立ちをぶつける。しかし、勿論アキラには効かなかった。

 

「え、名づけ親になっていいんですか?とびっきり可愛いの考えますね!俺の愛しい君……素敵な名前にしなきゃ……へへっ」


 デレデレとしているのに爽やか美青年の顔面を保つアキラ。しかし、神様は彼から発せられる言葉に椅子に座りながら少し後退る。


「うゔ……それにだな、お前、勘違いしていることがあるぞ」


 それに、神様は一つ大事なことをアキラに伝えなければならなかった。

 

「この恋がですか?いえ、十年思い続けているんですよ?これは運命です。愛してます、結婚してください」

「ちがあああああう!いいか、よく聞け!」

「はい、愛しい人の言葉は一言一句聞きます」


 至って真面目な顔付きでそう話すアキラに、神様は少しずつ精神を摩耗していく。ダンスの時はあんなにもかっこ良かったのに、なぜこんなにも残念なのか。


「んんんっ!愛しいだのなんだの言うが、私は男だ!女ではない!」


 その言葉はホテルの部屋によく響いた。アキラは一瞬呆気にとられたように目をパチクリさせると、口を開いた。


「男?たしかに胸は慎み深く、素晴らしいと思いますが」

「男だ!男性の象徴もある、穴も一つしかない!」


 アキラの問いかけに、下品な言葉で返す神様。分かりやすく伝える方法が、まだ精神は若い神様には思いつかなかった、しかし、アキラは「ふむふむ」と少し考えたあと、満面の笑みを浮かべた。


「男は、男でいいですね。まあ、俺が好きなのは神様……こと俺の神楽かぐらさんなので」

「神楽……?」

「はい、あなたのお名前です。衣取神楽いとりかぐらです。まるで、俺たち結婚しちゃったみたいですね」


 なんでもないような顔をして、神様の名前をつけた上に、冗談に全く聞こえない戯言を宣うアキラ。

 神様は顔を引きつらせる。とんでもない男に宿ってしまったのではないかと、本気で思ってしまったのだ。

 この神様はまだ知らない。このダンス以外ポンコツなアキラが進む珍道中に巻き込まれ続けることを、他の神たちも絡んで来て大騒動になってしまうことも。

 そして、神の一生で忘れることができない唯一の人間になることを。



 

おわり

 

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神が宿る舞台 〜 初恋の人は〇〇でしたが俺は問題ナッシングでダンシングします 〜 木曜日御前 @narehatedeath888

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