第19話 転入生、旭川ヒナ

夕日がテニスコートに照りつける中、旭川ヒナは山口香奈と熱戦を繰り広げていた。ヒナは、この秋からこの学校に転入してきたばかりだった。転入したばかりで友達となじめないことを心配した先生は、ヒナに部活に入ることを進めた。そこでヒナは子供のころ、母と遊んだことがあるテニス部をのぞいてみることにしたのだった。

 先生はテニス部の部長の山口香奈――香奈先輩には事前に伝えてあるらしく、テニスコートに着くと香奈先輩は暖かくヒナを迎え入れた。

 

 ――まずは交流を兼ねて練習試合をしてみよう。

 

 こうして香奈先輩とヒナは試合をすることになった。香奈先輩は選抜大会で活躍するほどの実力者だ。正直、彼女との対戦にはかなりの緊張を感じていた。しかし、一度試合が始まると、ヒナは全力でショットを返していった。不意に思い出す、幼いころに母と一緒に楽しんでいたテニスの日々。その頃からヒナはテニスが大好きだった。だが、10年前ヒナは事故により両足が動かせなくなり、それからテニスもスポーツもできなくなってしまった。博士が――父がアーカロイドをくれるまでは。

 そう――ヒナは今、アーカロイドを使って学校に来ているのだった。車いすでは学校側や周りの友達に気を使わせてしまう。それが嫌で――絶対にバレないようにするから、ということを条件に父と約束をして、アーカロイドで学校に通うことになったのだった。

 息を切らすこともなく、ヒナは次々とショットを返し続けた。そのたびに観客たちからは驚きの声があがる。アーカロイドを使用していると言えど、ヒナは全力でプレイした。それが戦ってくれる香奈先輩に対する敬意だと思ったから――。

 

「あと一点で同点だ、新人!頑張れ!」


 とヒナを応援する生徒――観客たちの声援が聞こえる。テニスコートを囲う観客の数もいつの間にか増えていた。目の前で香奈先輩がボールを打つ。その瞬間、ヒナの身体はボールの方向へ動いていた。

 通常、脳が『動け』と命令し、体が動くまでに個人差はあるが、神経伝達物質がシナプスを介して神経細胞から筋肉へと命令を伝え、筋肉が収縮するまで――つまり体が反応するまでの時間は約0.2秒から0.3秒の範囲という。このコンマ数秒間の間はいわゆるラグである。ボールが打たれているのが分かっているが、反応したくてもできない感覚である。

 ヒナ自身、トップアスリートでもなければしばらく運動という運動もしてきていないので通常だったらこの平均値よりももう少し遅いだろう。過去、運動神経は良い方ではなかったのでむしろ反応は鈍い方だった記憶がある。

 だが、アーカロイドの使用中は違う。このラグがゼロとまではならないが――トップアスリート並み、少なくとも一般の平均値よりは早い反応時間で動けているはずだ。それもそのはず、アーカロイドは人の意識で動く、ブレインマシンアンドロイドだと父から聞いている。動かすためには自分自身で認識しなければいけないが、意識を認識さえすればアーカロイドのシステムがヒナの身体をアシストしてくれる。

 だが、ヒナにはトップアスリート並に体が動いていようと、一般の平均値よりは早い反応時間で動けていようと、どうでもよかった。


 ――楽しい!


 フルダイブリモートコントロールにより疑似的に動かしているとしてもまるで自分の足で動かしているように、また運動ができるのがとにかく嬉しかったのだった。ヒナは研究所の自室からアーカロイドを操作しているから、視界に映っている映像はアーカロイドの高性能レンズを通した映像だが、実際にその場で体を動かしているのと変わらない。

 ヒナは夢中になって、全力で駆け出し、香奈先輩のショットを返していた。



 試合が終わると、香奈先輩はヒナに向かって歩いてきた。彼女の表情は疲れた様子だったが、勝利の笑みを浮かべていた。結果はヒナの負けだった。香奈先輩の放った視線の高さから落ちてくる魔球、ドロップショットに体が追い付かなかった――というより追いつけなかった。予測不能なボールに反応できなかったのだ。いくらアーカロイドでも超人的な加速ができるわけではない。自身の身体能力が基礎となるので反応できなければ動かない。

 その場で試合の余韻に浸りながら放心状態になっていると、


「旭川さん、すごい試合だったよ。ありがとう。交流を兼ねての試合のつもりが公式試合の時みたいについ、力が入っちゃった。これからも一緒に練習していけたらいいな!」


 と彼女はヒナに声をかけた。その言葉にヒナはうれしくなった。編入したばかりの自分を受け入れてくれて、この新しい環境で自分の居場所を見つけることができそうだった。これなら足を動かせなかった空白の時間も少しでも取り戻せる気がしたのだった。それに――。

 

 ――アーカロイドでも周りにバレなかったし、誰にも怪しまれることがなかった。

 アーカロイドだったら足が動かせないことを気にすることもなくまたテニスができるし、友達を作って楽しい学校生活も送れる!


 そのことに安堵しながらヒナは目立つセミロングの髪を揺らしながら、香奈先輩と一緒にコートを後にしたのだった。

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