第20話 近づけない

 教室の窓から差し込む太陽の光が私のデスクに降り注いでいた。秋の陽気が心地よく、私は時折目を閉じてその感触を楽しんでいた。ふと、視界の片隅で友達のゆかりが何度も私の前を行ったり来たりしていることに気づいた。今日のゆかりはおろすと美しく滑らかなこげ茶色の長髪をゴムで結ってポニーテールにしている。ポニーテールにしている時は、触覚――顔の頬を垂れる髪の毛がチャームポイントになり、可愛らしいのだが、相反する謎の行動はなんだろう。私は別のことを考えていたため、ゆかりの謎の行動についてはいったん無視し、物思いにふけっていた。

 次第に、ゆかりは気になって仕方がない様子で、やや戸惑った表情を浮かべて私の方へ近づいてきた。目が合うと、彼女は疑問を投げかけた。


「ねえ詩絵、どうしてさっきからずっとぼぉっとした顔なの?」


 ゆかりの先程の不思議な行動は、どうやら私が気になっていたからのようだ。私は少し困った笑顔で彼女に答えた。

 

「……あの子のこと、考えてた」


 一人で考えるには少し限界だったのでゆかりにも助け舟をだしてもらうことにする。ゆかりは一瞬、『?』という顔をしたが額に手を当てて考え込むと、すぐに何のことか繋がったようで――。やがて理解したような顔で答えた。

 

「あの子?ああ……昨日のテニスが強かった――あの新入りの子ね!」


 昨日見た、私と同じ人物を思い浮かぶことができたようだ。私は知りたかったことがあったので、続けて質問した。


「ゆかりはあの子――旭川さんがどこのクラスか知っている?」


 私の彼女への第一印象は若い。アーカロイドに接続中に見かけた時は遠目だったのでしっかりとは見えなかったが、もしかしたら年下かもしれない。ゆかりは少し考え込んでから答えた。


 「確か6組だったと思うよ」


 その答えに私は驚いて言った。


「え!?同い年なの?」


 旭川さんって同い年だったんだ。知らなかったな。ゆかりが私の反応に興味津々で尋ねた。


「……なに気になるの?というか詩絵の知ってる人なの?」


 私はにっこりと微笑んで答えた。


「ちょっとね……」


「そうなんだ!詩絵はいろんな人と繋がりがあるね」


 教室の騒がしさに混ざりながら、私たちはその子についての話に少し花を咲かせたいところだが、私自身に関わる秘密もあるため、安易に話を広げることもできない。

 そんな私が考え込んでいるところを見たゆかりはある提案をした。

 

「彼女がいるクラスに行ってみる?」


「うんいいね、行ってみよう」


 そんなこんなで私とゆかりはヒナがいる6組に行くこととなった。ヒナは教室でどのように過ごしているのだろうか。

 6組の教室の前まで行くと、広報の出入り口から教室内を見回した。


「どこにいるんだろう……」


「あ、あの子じゃない?」


 ゆかりはヒナを見つけたのか、指を指した。ゆかりの指先の方向を私もみる。そこにはヒナがいた。以前、街中で見かけたヒナ。昨日テニスコートであの女帝――山口香奈部長と張り合っていたヒナがそこにいた。

 試合の時とは対照的で笑顔あふれる印象だ。友人たちに囲まれたヒナを見ると、彼女は楽しそうに笑っていた。


「……もう仲良くなったんだ」


「友達と楽しそうにおしゃべりしているね」


 ゆかりも同じように思ったようだ。


「……」


 私はヒナのことを観察した。今日もヒナは車椅子ではないからアーカロイドに接続して登校しているのだろう。当たり前だけどヒナは自分がアーカロイドを使っていることは秘密にしているのか。でもそのことに誰も気づかない。これは私だけが知っている秘密。

 夢中になっていて気づくのに遅れたが、ゆかりはそんな私の様子を静かに見守っていたが、口を開く。


「どうする?声をかけてみる?」


「今日はやめておく、かな……教室に戻ろう」


 今、声をかけてもヒナと話す話題がまだない。うまく交流を広げられる人なら、昨日の先輩とのテニスの試合を話題にするのかもしれないが――私にはそんな勇気は無かった。ましてやアーカロイドのことを言うわけにもいかないし、私とヒナの関係は私が一方的に知っている状態だ。

 何かしらきっかけを見つけて、少しずつ距離を縮めていくしかない。私なりの方法で友達になってやる、と1人で意気込んだ。

 ゆかりも腕時計で時間を確認し、


「そうだね、そろそろ授業が始まっちゃうね」


 と私の意見に同意し、ゆかりは戻ろうと促した。私はもう一度最後にヒナを振り返ると、2組の教室へ戻った。


 授業が始まると、私はノートを取りながら頭の中はヒナのことでいっぱいだった。どんな人なのか、どんな話ができるだろうか、彼女が今までどんなふうに過ごしてきたのか知りたい。でも、一方的に詮索することはできない。私たちはまだ知り合ったばかりだし、信頼関係を築くには時間がかかるだろう。


 授業が終わり、ヒナと再び会う機会を待ちながら、私は自分の心の中で戦略を練った。どうしたら彼女との距離を縮められるのか、どんな話題を提供できるのか。その日の放課後、私は決心を固めた。

 ――ヒナと関わるきっかけを作ろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る