第21話 ミ=ゴ!
――ノアがツァトゥグァの心臓を破壊しに行ってから随分と時間が経った。俺はマッケンジーとの闘いに全力を注いでいる。
きっと、どこかのタイミングで俺とノアの攻撃が同時に命中する……そう信じて、常に奴に攻撃を浴びせ続けている。
「攻撃が効かないってのは、もどかしいもんだなぁ」
俺の裁器『IF……』の圧倒的火力を持ってすれば神父を弾き飛ばすこと、そして神化した重厚な体表に小傷をつけることは可能であったが、いずれも致命傷にはなり得ない。しかし、こうして奴と渡り合えるのはあと1分程、正直言ってかなりピンチだ。
「我が裁器の効能に振るえろ蛟。貴様のようなガキに負ける程、九頭竜は柔ではないぞ!」
「それはどうかなぁ? お前の弱点はもう分かってるんだ。地下に何を隠してるのか知らねぇが、そこに必ず勝機がある」
「いいだろう特別に教えてやろう。我が秘密」
「えらく気前がいいねぇ」
「どうせ勝ちは揺るがぬのだからな。我が裁器の能力は生物と生物を繋ぐ。繋がれた者はあらゆる攻撃を無効化する完全な生物となるのだ」
「そんなことは言われなくても分かってんだよ!」
「よくぞ気づいたと褒めてやりたいところだが……重要なのはここからだ」
俺の拳を食らいながら、それでも奴は雄弁に説明する。
「貴様らが血眼になって探している四凶ツァトゥグァの肉体、それこそが私と契約した者であり、地下に隠されし者。今頃、天神ノアはツァトゥグァに挑んでいるだろうが……まず勝ち目はないだろう」
「成る程……そういうことだったか。」
どんなに不利であろうとも、俺とあいつは負けない。信頼の力と不屈の精神、これが奴を倒す鍵だ。
しかし……猶予は無くなってきている。『IF……』を刺し込んだ左目からは出血が止まらないし、杭も心臓に向かって進んでいる。この息苦しさから予想するに、恐らく今は肺の辺りだろう。心臓到達までもって十数秒と言ったところだろう。とにかくこの裁器はデメリットが大きいから、普段は使わないのだが……相手が悪名高き、九頭竜の一人とあらば仕方がない。
「無駄だぞ、龍牙。天神ノアがもたらすのは最悪の結果だけだ」
「いいや。俺は信じてるよ。ノアならやれる!」
信頼は俺に力を与えてくれる。疑念は何時だって足枷になるから抱かない。
一手、違えれば命を絶たれる限界ギリギリの闘いなんだ……兎に角、集中しろ俺!。
「泣いても笑ってもこれが最後、全身全霊ッ! お前を倒す!!」
最後の連打に全てを賭けよう。それで駄目なら後悔はない。
「良いだろう! 来い! 伍代龍牙ァ!」
「龍星連打ァァァァァァ!!!」
全てを乗せて放ったその拳は、天球の星々の如く流れ行く。何千の透明な拳がマッケンジーに命中する。想定通り、数秒後には『IF……』が心臓に刺さり始めた。
「クソッ! 限界なのか」
こんな所で死ぬ訳にはいかない。俺にはやるべきことがある。その為に……俺はこいつを越えていく!
最早、命中しているのか分からぬまま、無我夢中に最後の一撃を放つ。その後、すぐに胸部を素手で抉り肋骨を潜り抜け、裁器を取り出す。『IF……』の能力は解除され俺はその場に座りこんだ。
「終わった……」
左の肺はボロボロで、片目の視力もない。昔からあらゆる痛みに適応してきた俺でも、呼吸するのがやっとの重症だ。
「なんだ……俺の……負けかよ」
残念ながら怨敵は倒れていない。俺の攻撃を凌ぎきったようだ。そしてノアは、ツァトゥグァを殺せなかったのだろう。
「そうだ、終わったのだよ。残念だったな伍代龍牙。彼は……天神ノアは私の思い通り動いてくれたよ。全ては計画通り、平等な死が訪れる」
血の巡りが悪いせいか……奴の言葉の意味が分からないが、そんなことはどうでもよい。俺は負けた。その後に訪れるのは敗北者に相応しい死だ。
「さぁ殺せよマッケンジー。俺に後悔はない」
「強き龍よ、最後に一つ言っておこう」
神化した神父の姿が、人のものに戻っていく。
「誇れ。闘争の勝者は貴様だ」
吐血しながら言い残し、奴は倒れた。胸に空いた穴を見るに、俺の最後の攻撃が致命傷になったようだ。
一瞬、理解が、追い付かなかったがこの状況から言えることは一つだけ。
「勝ったのか……しゃああああ! 俺とノアの勝ちだぁ! うっ……」
肺が圧迫されて苦しいことには変わらないのに、勝利に酔いすぎてつい大声を出してしまった。
とにかく、この場を征したのは俺……そして、我が友 天神ノアだ。これを喜ばずしてどうしろというか!
「うっしゃぁ! 地下にいるノアを迎えに行きますか」
最低限の止血は筋肉を圧迫することで、簡単に出来る。これも武術の一貫だからな。
マッケンジーの屍を乗り越え、地下に向かおうと動いた時、何かどうしようもない違和感に襲われた。マッケンジーの骸は嗤っていたのだ。
そして奴の残した言葉……あれはどういう意味だったのか?
「全ては計画通りだと?」
考えていたその時、唐突に地が揺れる。
「何だ!?」
かなりデカい、震度5は越えているだろう。それが数秒続いた後に、今度はうって変わって静寂が訪れる。
「何か来るッ!」
気配で分かる。とんでもなく醜悪な者が迫っている。考えられる最悪の可能性は四凶ツァトゥグァの復活だ。もし奴が復活すれば俺にはどうすることも出来ない。爺に頼る他に方法はないだろう。しかし確かにマッケンジーは倒したんだ。ツァトゥグァが復活するはずがない。
数秒後、教会の床が裂け、それは姿を現した。目の前に現れた怪物が彼だと俺は直感で分かってしまった。
「嘘だろお前……もしかしてノアなのか……?」
「何があったんだ」
「……」
「なんとか言えよ……なあっ!」
ノアは完全に神化していた。その全身は醜い怪物そのものである。
剛腕は、俺の両腕を完全に破壊した。怪物は明確な殺意を持って、俺に拳を振るったのだ。なんとか受け流し致命傷は避けたが、もう腕が使い物にならないことは分かる。
「くっ……何でだよ」
理由は全く分からないが、ノアは神子に変容していた。そしてこの神子は俺には手に負えない程、強大な力を持っている。これがマッケンジーの言っていた『最悪の結末』か。
「どうしたんだよ。目ぇ覚ませ馬鹿野郎!」
赤黒い怪物が俺の方に歩みよる。その威圧感は異常で俺は瞬間、死を確信した。
「俺、ノアに殺されるのか」
腕が折れて武術も使えぬ。これでは打開は不可能だと俺は悟った。
「嫌だ……死にたくねぇ」
天神ノア、結局こいつは何者だったんだろう? 良い友になれると思ったのに残念だ。本当になんでこんなことに!
奴は大きな口を開けながら、俺の方に手を伸ばした。喰うのか……俺を。
「おい、そこの君」
絶望の淵に一声の希望が響く。声の主は顔の良い女、十字架に縛られた人質、確かマイノと言っていたな。
「こっちに来い。首元の鍵を取ってくれ」
「騒ぐなよ女。あんたも殺されるぞ」
「良いから。死にたくないなら言う通りにしないと」
どいつもこいつも好き勝手やりやがって! だがこうなりゃヤケだ。あの女の言う通りにしてやる。俺はまだ死にたくないんだよ!
「わーったよ、訳わからねぇけどやってやる」
「賢い子だ」
俺は祭壇の前まで全力で走り、彼女の首にかかった古びた鍵を取ってやった。
「なんだこの鍵は? 裁器……か?」
「それを僕の腹に刺せ」
「何言ってんだ! 普通に痛いぞ、てか死ぬぞ!」
こんなくだらない話をしている内にも怪物はこちらに迫っている。
「本当にいちいち五月蝿い奴だなぁ……それで全て上手くいく。君も僕も、そしてノアも皆、元気に帰れるんだ」
呆れかえったように彼女は言う。この状況でこれだけ冷静なこの女、普通じゃない。ただの気狂いかそれとも勝利の女神なのか。分からないが賭けるしかない。
「そりゃ良かったな。そんだけ自信があるなら安心だなぁ! もうどうなっても知らねえぞッ!」
錆びた鍵を彼女の腹部に突き刺す。先端がぎゅぅと皮膚に押し付けられ、そのまま表皮を貫通する。内臓に傷がついたのか、相当な量の血が流れている。
「よくやった。流石、龍皇の孫だ」
「なんで、爺を知ってんだよ。お前は一体?」
「龍皇とは昔からの知り合いだよ。とにかく準備は整った。さぁ急げ。今度は鍵を回せ」
すぐそこまで怪物は来ている。この鍵を回して何も起きなければ二人とも奴の餌。俺にはもう願うことしか出来ない。
「頼むからどうにかしてくれよ!」
指示されたままに俺は鍵を右側に回した。異常な音と共に、どこかの扉が開いた。
「もう良いよ。君は下がっていて」
拘束具をあっさりと破壊した彼女は自由を取り戻し、接近する怪物の前に立った。
「第三拘束解除。ユゴスより来たれ。闇に囁く者 ミ=ゴ!」
これは裁器の力なのか!? 分からないが、とにかくまかせるしかない! 俺に出来ることはこれ以上ないだろう。もう意識を保つのも限界だ……視界が暗転して、意識は落ちた。
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