第19話 信頼の力


 ――昔から星を見るのが好きだ。彼女が星とは何かを教えてくれた。俺は夢中で星に憧れていた。中でも二対の赤い星が最も印象的で美しかった。夜闇の中で見つめ合った、あの時の感情。胸が締め付けられるような、それでいて嬉しくて、楽しくて。幼心ながら彼女に恋していた。

 もし彼女を救えなかったら、今度こそ俺は正気でいられなくなる。

 目前では、龍牙と神父が激しい攻防を繰り返している。そして祭壇上の十字架に縛られ、流血する彼女を見ていると胸が痛む。

 状況は芳しいものではない。龍牙が戦闘不能になるまで約4分、俺はそれまでに神父の弱点を見つけださなければならない。不安、焦り、止まらない動悸。刻々と時間だけが過ぎていく。

 分からない、神父と『命を共有する者』が一体どこに潜んでいるのか。自分には無理だという気持ちが強くなるばかりで、どんどん気力は飲み込まれていく。

「分からない。俺には無理だ」

「そんなもん、別に無理でもいいんだよ。大事なのは諦めねぇことだ! 諦めは後悔の種だぞ。悔いて死んだら地獄行き、胸張りながら天国に行く方がマシだろ!」

 思えば後悔ばかりの人生だった。家族を失い、裁人とかいうよく分からない生物になってしまって、こんなでも生きる価値はあるのかと思う。

 でも、龍牙の言っていることは正しいな……俺は死んでもいいが、マイノと龍牙には生きていて欲しい。どうせ死ぬんだとしても、最後にまた不幸を重ねる必要はない。自分に出来る全てをぶつけるべきだ。

「仕方ない……やってやる! その代わり、無理だったら一緒に死んでくれるか龍牙?」

「いいねぇ! これぞ『刎頚の交はり』ってやつか! 泣いても笑ってもあと3分半だ。俺はお前を信じて進むぞ」

 彼はなんて心強い男なのだろうか。胸の底から沸き上がる熱い思い。これこそが勇気……巨悪に立ち向かう原動力!


 思考が巡る。ここに来てから起きたこと、そして今までの全ての経験、それを総動員して答えを導く。こういう土壇場でさえ何故か家族のことを思い出してしまうのは何故か? 

 皆との日々は一つ一つに意味があって、かけがえのないものだったからだ。何か隠す……そう言えば、弟も妹も皆、赤点のテストとか隠してたよな。あれはどこだった? そうだ、よく地下の物置に丸めて捨ててあった。皆同じことするから、見つけるのに苦労しなかったな。

 そうか……見られたくないものはなるべく下に……そしてこの教会にはその場所があるッ!

 目を向けるべき場所は十字架の裏でも、ベンチの下でも、柱の影でもなかった。

「まさか……そうなのか」

 そう言えば俺と龍牙が最初に出会った牢屋、あれは地下だった。なんだ……意外と簡単じゃあないか。所詮、マッケンジーも人間なんだ。やることは小学生と変わらないってことか。この教会には地下空間が存在するに違いない!

「龍牙お前の力でっ! 地面に穴を開けてくれぇ!!」

 絶対に伝わるように、全力で俺は声を振り絞った。

「るっしゃあああああ!!」

 マッケンジーを相手しながら、それでも一瞬の隙をつき、IFの力が床に風穴を開ける。

 やはり……! 俺の読みは当たっていた。そこには地下空間が広がり更に奥に続く扉が見受けられる。

「俺は地下に隠れている奴を倒す」

「貴様のような穢れた餓鬼を我が神の元へ行かせてたまるかぁッ!!」

 マッケンジーの表情は聖職者とは最もかけ離れた、邪鬼のようなものであった。しかし今さらそんなものに恐れを抱きはしない。俺は龍牙を信じてこの先に進む。だから怯える必要も、振り返る必要もない! 周りを一切、気にすることなく俺は地下の部屋に飛び入り、扉の奥へと進む。

「行かせぬぞ!」

「余所見するんじゃあねぇぞ、マッケンジー!」

 何の障害もなく進めたのは龍牙のおかげだ。迫り来る異形の神父を跳ね除け、龍牙は俺の行くべき道を開けてくれた。 

 ここから先は俺一人、何が待ち受けているのか見当もつかないが、それでも俺は恐れずに進む。化け物ども、信頼の力を舐めるなよ。



 

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