第18話 龍星連打

 ある日突然現れた危険生物、神子。彼らは禁足地という五枚の強固な壁により隔てられた土地に生息している。しかし近年、神子は徐々に人類の移住領域まで進出しており、大審院や禁足地管理委員会はその対応に追われている。

 そんな神子たちの中でも別格の力を持ち、これまでに何千何万の命を奪ってきた特別な個体、それが四凶、その一柱にして貪食の神 かの者の名は「ツァトゥグァ」

 満腹時はおとなしく、人間にも友好的な個体である。しかし一度、腹が鳴れば全てを喰らう。決してその空腹が満たされることはなく、無尽蔵に無差別に意地汚く喰らい続ける。

 前回、出現したのは新世78年。大西洋北東部に出現し、帝英沿岸まで迫るが、四神白虎により撃退された。しかし僅かに残った肉体は消息不明に。以降80年間、発見に至らず。

 だが最近になって、ツァトゥグァに関する有力な情報が管理委員会に舞い込んできた。ツァトゥグァを信仰する団体の活動が活発化しており、何人もの行方不明者が出ていることが明るみになったのだ。


「そして俺はこの教会をいち早く見つけ、乗り込んだ訳だ。もしもツァトゥグァが復活するなんてことがあれば、手に負えなくなる。はやめにケリをつけたかったんだ」

「どこにその……『つぁとぅぐぁ』の肉体はあるんだ?」

「それを探ってた訳。どうにも情報が少なくて、見つけあぐねてたが……お前のお陰でようやく分かったよ」

「俺のおかげ?」

「そうさ。信者どもは例外なく二人一組で、同時攻撃が攻略の鍵だったな。だがここで一つ疑問が生じるはずだ」

「マッケンジーにだけ相手がいないことか?」

「ご名答、あいつは一人なのに裁器の効果が発動していた。つまりマッケンジーの相方は何処かに隠れてる……そしてそいつがツァトゥグァの秘密を握っているはずだ」

「そいつを見つけ出して同時に叩くってことか」

「その通り。クロックマンたちが信者を相手してる今がチャンスだ。あの神父ぶっ倒してマイノちゃんも救出しよう」

「あぁ、俺はその為にここまで来たんだ。マイノだけは絶対に……助ける!」

 一度は敗走したものの、二人の固い意志は折れなかった。再びマッケンジーに挑むため、教会の扉を開く。

「二度も戻ってくるとは……愚かな」

 神父はまるで、二人が来るのを待ちわびていたかのようにベンチに腰かけながら、振り向いた。

「全てを終わらせましょう。我が神の為に、そして全人民の平等な救済ために」

 剣を構えた骨太の神父は、その姿を異形へと変貌させた。強力な裁器は時に人間を怪物に変容させる。これは神化しんかと呼ばれる現象である。

「初っぱなからマジで来やがるとはなぁ。なら、こっちも取って置きを使いますか!」

 先程、クロックマンから受け取ったジュラルミンケースを開け、龍牙は遂にその裁器を解放した。


 NO.65 IF……

 分類 侵食型


「ちょっち痛いが、やむ無しっ……!  」

 厳重に保管されていた杭状の裁器を取り出すと、彼はそれを左目に打ち付けた。眼球が抉れ血しぶきが飛ぶ。捩じ込まれた杭は、まるで意思を持っているかのように、傷口に深く深く潜りこんでいく。

「まったくっ……相変わらずハイリスク、ハイリターンだな」

「大丈夫なのか、龍牙!?」

 ここは特撮の世界ではないのだから、彼が準備する間も怪物は待ってくれない。

「うーん、まあ何とかなるだろ。『按兵不動』って言ったろ」

 無防備に立ち尽くす彼の目の前まで、神父の刃は迫っていた。刹那、空間が歪曲し爆風が巻き起こる。

「龍星連打」

 うっすらと見えるのは、百をも越える迅速な拳打。マッケンジーを追おうのは全方位からの衝撃波。その異形は龍牙の目の前で固定され、もう一歩も動くことは出来ない。

「ぬぁぁぁんだぁ! これわぁッ!」

 龍牙はただ立っているだけなのに、衝撃は止まらない。重厚な異形の甲殻にも亀裂が生じ始める。

「最強の武術と最強の裁器、二つ合わせりゃ百戦危うからず」

「これは一体!?」

 驚愕するノアに龍牙はしたり顔で説明する。

「俺の裁器は『あったかもしれないif』を実体化させる。奴を攻撃している見えない拳は、可能性の世界で消えそうになっていた俺の意思。それを集めて実体化させれば、手数は百をも越える。流星の如く流れ行く連打。名付けて龍星連打!」

「貴様ァ! これだけの力を隠していたのかッ……しかし負けぬ。我は神罰の代行者。この程度……この程度ォ!!」

 衝撃を捩じ伏せ、全身の関節を暴力的に可動させ、前進するマッケンジー。その様はとても聖職者とは言えぬものである。

「そして今度は一点に集中させて放つ。龍尾一徹」

 透明な力が集約し、前方へ打ち出される。波動は空間を切り裂き、マッケンジーを正面から襲った。その力は一度では終わらず、何度も何度も異形に打ち込まれ続ける。何処かの世界線の伍代龍牙は、龍尾一徹を繰り出し続けたのだろう。存在しないはずのIFが実体化し、神父を吹き飛ばした。

「強い……」

「感心してる場合かよノア……裁器には弱点があるって言ったろ。俺の裁器は能力が強力だから……その分、代償も大きいんだよ」

「さっきから息が荒いな。大丈夫か……?」

「こうしてる内にも杭は俺の心臓に向かってやがる。俺の裁器は力を与える代わりに持ち主を殺す。あと5分もすれば心臓に杭が刺さって俺は†昇天†」

「まさか、考えなしって訳じゃないんだろうな」

 彼は、珍しく余裕なさげに乾いた笑いをこぼした。

「もちろん。杭は取り出すさ。心臓に至らなければ死ぬことはない。ただ、それまでにあの野郎を倒さなけりゃ二人とも殺られるぞ」 

 一瞬だけ間をおいて、龍牙は真剣な眼差しでノアを見た。

「ノアお前を信じる。それだけが活路なんだ」

「いったい……俺は何をすればいいんだ?」

「シンプルな話だよ。俺が神父を足止めしている間に、あいつのパートナーを見つけ出せ。この教会のどこかに、必ず隠れてる」

「俺に……出来るのか?」

「可能性は無限。出来るお前も、出来ないお前も表裏一体。違いは一つ、自分が出来ると信じるかどうかだ」

「分かった……なんとかする」

 ノアは恐ろしかった。自分の失敗が龍牙の死に直結することが。震えながら辺りを見渡すものの、活路を見出だすことができず、彼は途方に暮れていた。










 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る