第17話 英国紳士降臨

 遂にその性質は暴かれた。信者たちの行動と特性、そこから天神ノアが導き出した答え。


――マッケンジーを含む信者たちにはあらゆる攻撃が通用しなかった。しかし、無敵化を付与するという強力な能力の反面、弱点は二つ存在する!


「一つ。効果を得る代償に、奴らの知能は大幅に低下している」

「自我こそ残ってはいるが、コイツらは所詮マッケンジーの命令通りに動くだけの操り人形って訳か」

 そこに信仰心などなく、ただ神父が祈れというから礼拝を行う人々。まさしく彼らは傀儡であった。

「そして二つ目。肝心なのはここからだ」

「おいノアッ、もったいぶらずに早く言ってくれ! こうしてるうちにも俺はどんどん劣勢に追い込まれてんだよっ!」

 信者たちの猛攻が龍牙を襲う。無天の武術を持ってしても、徐々にダメージは蓄積し初めていた。

「龍牙! 俺たち二人のコンビネーションが重要になる。俺が合図を出したら鼠男の方を攻撃してくれ」

 身長2m近い巨漢と細身の華奢男の二人組み、鼠男がどちらかは明白である。

「何だかよく分からねえけど……良いぜ面白ぇ! お前を信じて一転攻勢あるのみッ!」

 拳を付きだし守を止める。それだけでなく、思考や呼吸、あらゆる行動を止め、攻めることに全てを賭ける。一歩間違えれば死、身を守る技は使えない。しかし怖れることさえ龍牙は止めていた。

「3……2……1」

 一瞬の判断が運命を別ち勝敗を決める。今、二人に出来ることは一つだけ。洗脳された人形たちには決して真似出来ない、精神に宿る力。それは互いを信じ合うこと。

「今だぁぁぁ!!!」

 ノアの掛け声に合わせ最高のタイミングで放たれた無天流 龍尾一徹。龍牙の拳は鼠男の顔面に命中する。しかしどれ程強力な拳も無効化される……ことは無かった。

 その技は顔皮を抉り頭蓋を貫通、脳まで至り、鼠男の頭部を完全に破壊する。一体、何が変わったというのか。

「二人同時に攻撃すること! これが正解だッ!!」

 龍牙が鼠男を倒したのと同時に、変貌したノアの右腕が巨漢の頸を切り裂いていた。

 前提として無敵化を付与された信者は必ず二人一組である。その二人を同時に攻撃することで初めて倒すことが出来る。これが二つ目の弱点である。

「やったぞ! ノア!」

 崩れ落ちる敵を見た二人は歓喜した。

「これは二人の勝利だ。龍牙が俺を信じてくれたから上手くいった」

「時に、信用は強大な力になる。『迷ったら信じろ』それが俺の信条だっ!」

「それ、いいね」

 二人はハンドシェイクを交わし微笑みあう。今日出会ったばかりの二人だが、彼らは既に互いを認め合っていた。

「とにかく面白い男だ。ゆっくり茶でもしばきながら、話したい所だが……どうやら俺たち袋の鼠みたいだ」

 二人の信者を撃退したからといって窮地を脱した訳ではない。既に百以上の敵が二人を包囲していた。

「この数……どうするんだ? 俺はさっきみたいに闘えるか分からないぞ」

 ノアの腕は無意識の内に人間のものに戻っていた。いくら龍牙が強いといっても、この数を一人で相手にすることは不可能である。徐々に距離を詰めてくる信者に対しなす術なく、二人は背中合わせで追い詰められていた。

「まさに四面楚歌……とでも思ったか? 安心しろよ。そろそろ救援が来る時間だ」

「救援?」

 小首をかしげるノアの背後から、1台のヘリが接近している。

「ノア、しゃがめっ!」

 ヘリに搭載されたガトリング銃が信者たちに弾丸の雨を浴びせる。銃弾とプロペラの回転が爆音を織り成す中、スーツを着込んだ集団がヘリからの降下を開始した。中でも長身な一人の老人が、彼らの目の前に降り、会釈する。

「伍代龍牙様。この度は帝英シークレットサービスをご利用いただきありがとうございます」

「時間ピッタリ、さすがクロックマンの異名を持つ男だ」

 眼鏡がよく似合う短髪の執事、クロックマンと呼ばれた男は龍牙にジュラルミンケースを手渡した。

「依頼されていた裁器でございます」

「いいねぇ、これがなくちゃマッケンジーは殺れないからなぁ」

「龍牙……この人たちは?」

「味方だよ」

「申し遅れました、私の名前はクロックマン。帝英国が運営する神子討伐専門機関の者です。謝礼さえいただければどんな所にでも時間通りに伺い、対象を撃退いたします」

 説明を受けてなお、ノアの頭上には? が浮かんでいた。執事は黒い革製の手袋をはめながら皮肉っぽく続ける。

「して、今回のご依頼ですが、我々は何をすれば宜しいでしょうか?」

 怪物的な集団に包囲されている現状を鑑みれば答えは自明である。

「あんたらには信者どもの足止めを頼みたい」

「承知致しました。それでは、この場は我々にお任せください」

「そういうことだから、俺たちは神父を叩くことに専念しよう」

 裁器が保管されたジュラルミンケースをクロックマンから受け取った彼は、ノアと共に再度、教会を目指した。

 その一方で、翁の鋭い眼光が信者たちを見据えていた。二人が教会に向かったのを確認した彼は、後から続く部下たちに命令を下す。

「では皆さん襟を正し、冷静沈着に仕事にかかりますよ。英国紳士ジェントルマンならば、ただ一人の恋人と一日七回のティータイム、そして映画のような窮地をこよなく愛し仕事に励みなさい」

 同胞を率いながら、彼は裁器を起動した。四神白虎の右腕、クロックマンの能力……それは時間を『追加』する力であった。

 

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