第16話 無敵の秘密

 龍牙が投げたのは煙玉であった。白煙が辺りを包み神父の視界を遮る。

「小癪なっ!」

「逃げるんだよーん!」

 無天流 最強の逃走術? 龍歩

 とにかく速い。ただそれだけの技。

「速ッ!」

 彼はノアの手を引きながら決して振り替えることなく身廊を走り抜ける。途中にあった窓を突き破り二人は流れるように教会の外へと脱出した。そしてすぐに立ち上がると教会から十分に離れた廃屋に身を隠した。

「ノア、怪我はないか?」

 大丈夫だと彼は頷く。どんな傷を負っても瞬時に治るのだから怪我は当然ない。

「マッケンジーは追ってきてないか?」

「なんとか逃げ切れたようだ」

 外では不気味な鐘が鳴り信者たちの呻き声が村中に波及していた。

「依然として状況は最悪だ。信者全員がマッケンジーの命令で俺たちを探しているだろう」

「だが……マイノが捕まってるんだ。逃げる訳にもいかない」

「そうだな……俺も一般人を見捨てる気はない。だが神父には俺の攻撃が効かなかった……裁器の効果かもしれないが、それなら確実に弱点があるはずだ」

 龍牙の知る所では無敵の裁器など存在しない。裁器は神子と戦うべく強力な力が備わっているが効果が強力であるほど、その分弱点や制約も存在する。神父の裁器は洗脳と攻撃を無効にする何らかの効果を持っている。これだけ強力な能力の裏には必ず何か秘密がある。

「まずはその弱点を見つけないといけないのか?」

「まあ、そういうことだな」

 二人は考えを巡らせ反撃の糸口を模索した。ノアが最初に状況整理を始める。

「まず気になったのはこの村に入ってから全員が二人組だったてこと。誰も単独行動していなかった」

「たしかにそうだな。神父の教会での発言も気になる所だ」

「教会で夫婦が洗脳された所から予想出来るのは……洗脳は二人同時に行われるということだ。ここに何かヒントがあるんじゃないか?」

「ノアお前よく観察してるな」

「ああ、妙に記憶が鮮明なんだ。見たもの全部記憶出来るような感覚……こんなの初めてだ」

 一度死んだあの夜からノアは不思議な感覚を覚えていた。マイノの家の家具配置や車からの景色、どれも写真のように思い出せる。この村に来てからの悲惨な光景も当然、脳裏に焼き付いていた。

 あれこれと考察する彼を前に今度は龍牙が首をかしげた。

「にしても二人組か……んっ? 待てよ。神父は常に一人だったじゃあないか。なにかおかしくないか」

「本当だ……それに神父は何故か俺たちを追いかけてこなかった。まるで教会から離れられないみたいだ」


 その時であった廃屋の扉が突き破られ2mを越える程の巨漢と細い男の二人組が彼らの前に現れた。二人の来訪者は共に髑髏の仮面をつけており信者であることは一目瞭然であった。

「やあやあ、居たね。生け贄見つけたね。嬉しいね。食べたいね。でも我慢ね。マッケンジー様に報告ね」

「語尾でキャラ作ってんじゃねえぞ!気持ち悪りぃ」

 先手必勝、敵と分かれば即攻撃。それが龍牙のやり方である。


 無天流 牙掌

 両の手を牙に見立て容赦なく敵を抉る。その威力絶大、頭蓋骨を一瞬で粉砕する。

「何だとォ!」

 巨漢の頭部を粉々にするはずの拳は神父の時と同様にあっさりと弾かれる。

『二人一緒だから効かない』

 得意げに信者たちは口走りながらその手に持った武器を振り上げた。巨漢はその躯体に見合ったモーニングスターを自在に振るい二人を襲う。

「二人一緒だから……だと?」

「ぼっーとするな、ノア! お前は離れてろ!」

 怒号を飛ばした龍牙はノアを守るように構える。


 無天流 蟠龍水拳

 全ての攻撃をいなす 究極の守の技

「無駄な抵抗っち」

「再起不能にしてやるね」

 その水流の如き動きが全ての攻撃を受け流す。巨大な鉄球を避けながら、気味の悪い小人の短剣をも同時にいなす。

 しかし龍牙が小人の剣撃に気を取られた一瞬の隙に時代は悪転した。巨大なモーニングスターがノアの方に狙いを定め鉄球が振り下ろされた。

「終わりね!」

「ノアッ! 避けろぉ!!」

 戦闘においては全くの素人であるノアが急な攻撃を避けられるはずもなく……

 グチャア! バキッバキッ! と骨身が砕ける音と共に彼は鉄球に押し潰された。血が地を這い頭部が砕けたノアが力なく倒れている。

「クソがぁ! よくもノアをッ!」

 怒りと共に再び繰り出された龍尾一徹、だが拳が敵の核を打つことはない。

 ノアが殺られたこと、さらには自身の攻撃がまるで通用しないことに龍牙は動揺を隠せない。一人になったことで精神的にも追い詰められていることは明らかであった。 

「どうすりゃいいんだ……」

「お前もすぐにグチャグチャにしてやるね」

 遂に信者たちの攻撃が龍牙に直撃しようとしたその時……

「待てよブタ野郎」

 それは他の誰でもない、ノアの声であった。僅か数秒で完全復活、これが天神ノアの能力、人体蘇生の力である。

「ノッ……ノア!」

「貴様ァ何で生きてるっち」

「お前は今から死ぬんだ。知る必要なんてないだろ」

 先程までとはまるで違う、ノアの怪物めいた表情はその場の全員を圧倒していた。

「やっと分かったよ。どうしたら信者どもを倒せるのか!」

 堂々と立ち上がり龍牙を指差した彼は声高らかに宣言する。


「龍牙ここから反撃開始だ!」

 

 怒涛の反撃の開始である。

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