第14話 捕らわれのマイノ

 地下から脱すると、そこには村が広がっていた。変装した二人は廃れた村を闊歩する。

 中心には巨大な教会があり、それを中心に円形に家が立ち並んでいる半径2km程度しかない非常に小規模な村であった。

 何人もの信者とすれ違ったが誰もが同じようなカソックを着て、髑髏の仮面を付けているので、変装したノアと龍牙に気づく者はいなかった。村の様子を観察する中でノアは一つ気掛かりなことがあった。

「どこを見ても二人一組で歩いてる」

「まるでお互いを見張り合ってるみたいだ……第八師団、なんだか闇が深いな」

 村には普通の人間は居なかったし犬型や牛型の神子も平然と歩いていた。全体的に活気はなく、どんよりとした暗い気運に溢れている。教会のカリヨンベルが鳴り響くと信者たちは一斉に音の方に足を向けた。昼の礼拝んが始まるようだ。

「さぁ俺たちも教会について行くぞ。この気味悪い連中がどんな邪神を信仰してんのか、顔を拝んでやろうじゃねえか」

 

 村の中心に流れる人だかりに混ざって二人も暗い教会に向かった。典型的なバジリカ様式の室内には血の臭気が満ちている。二人は異様な臭いと光景に圧倒されながらも他の信者と同じように会衆席に座った。

 円形のバラ窓から射す光に照らされながら神父マッケンジーは聴衆たちの前に現れた。

「さて昼の礼拝の時間です。まずは新たな同胞を紹介しましょう」

 内陣では一組の夫婦が拘束されていた。手足を縛られ口には布を押し込まれ目隠しもされているようだ。夫は何かを必死に訴えていたが布のせいで上手く発声できない。妻の方は妊娠しているようで腹部を守るように丸まり嗚咽を上げて泣き叫んでいる。

「奇数というのが非常に宜しくない。奇数は人を孤独にする数字ですから。余りは捨てなければいけません」

 夫婦と腹の中の子供合わせて3人、確かに奇数である。しかしそれの何が不味いのか。これから神父が実行する残酷な殺人の動機は一般人には到底理解出来ないものである。

「神よ お許しください」

 マッケンジーは懐から短いナイフを取り出すとハンケチでその刀身を磨いた。

「まさか……」

「ノア、見ない方が良い」 

 装飾が施されたショートナイフが妊婦の腹に突き刺される。生々しい音と共に女の絶叫が堂内に響いた。

「うっ……! うゃぁぁぁぁ! ぁううっ! いやぁぁぁぁ!!」

 腹の中の赤子を確実に殺すために神父は何度も何度も内臓を抉った。母と子の血が混ざり合い祭壇を赤く染める中、マッケンジーは恍惚の表情を浮かべながら信者たちに語りかける。

「これこそ究極的な愛なのです。奇数を廃して全ての人類に平等な救済を! 我が慈愛が人々を天国に導くのだ」

 信者たちは感極まって泣いたり、尊敬の念を籠めながら祈りを捧げていた。ここにいる全員がマッケンジーを讃えこの殺人に感動を見出している。吐き気を催す邪悪とは正に彼らのことである。そんな邪悪を前に何も出来ないノアは自分自身が許せなかった。ギリギリと歯を擦り合わせながら彼は目の前の惨状を耐え忍ぶ。

「それでは改宗の時だ」

 マッケンジーは二人のこめかみに短剣ミセリコルドを刺し込んだ。頭部を刃物で貫かれた夫婦は体中から体液を漏らし最後には痙攣しながらその場に倒れた。死体のように動かなくなってから数十秒後、二人はムクっと起き上がり虚ろな目をしていた。

「さて気分はどうかな二人とも?」

 その強面からは想像も出来ない穏やかな笑顔で神父は夫婦に微笑みかけた。

「ツァトゥグァサマにコの身をサザげまス。神父様あリがとヴゥゥゥ」

「私たちの子供を殺してくれて本当にありがとうございます。おかげで生まれ変わることが出来ました。これからは信仰と共に生きてゆきます」

「お二人とも素晴らしい変化だ。彼らを第八師団の同胞として迎え入れましょう。これでまた天国に一歩近づきました」 

「イアイア!」「イアイア!」「イアイア!」

 信者たちが歓喜の声で盛大に祝う中、夫婦の容姿には変化が現れ始める。

「あの夫婦明らかに様子がおかしいぞ」

「なるほどねぇ。裁器の効果は洗脳と神化って訳だ」

 輪郭が歪み歯は牙に置き換わり目からは無数の触手が飛び出している。変化が終了すると足下に堕ちた赤子のむくろを両親揃って貪り始めた。


「それでは皆さん我々の祈りを歌いましょう。この夫婦に幸あることを願って」 

 神父の指揮と共に信者たちは讃美歌を歌い始めた。

「贄の少女を一人用意しました。今夜は宴を行います」

 讃美歌が終わりマッケンジーが祭壇の帳を開けると巨大な十字架が現れた。其処には一人の少女が縛り付けられている。その少女は手足を釘で打たれ眼球を潰されていた。

「マイノ……!」

「知り合いか? ひでぇことするぜ……あの娘このままじゃ死ぬぞ」

 拘束されたマイノは既に虫の息であった。それを前に笑い転げる残酷な人々に対してノアはかつて無いほど激しい怒りを抱いていた。

「何が面白いんだ……許さんぞマッケンジー……」

「落ち着け。今怒ってもどうしようもない」

「マイノは友逹だ。俺を助けてくれた人なんだ……こんなことを見せられて頭にこない奴はいないだろ!」 

「声がデカイんだよ……! 今正体がバレたら袋の鼠だぞ。二人とも御陀仏、勿論彼女も殺される。期を伺うんだ。必ずあの娘は助けると誓う。だからここは抑えてくれノア」

「悪い……感情が制御出来なかった。確かに龍牙の言う通りだ。だがあの神父は許さない……許さない……必ず殺す」

 最早ノアの顔は人間と呼べるものではなかった。その表情筋は憎しみに満ちて形相は神子よりもっと恐ろしい怪物的な何かであった。

 昼の礼拝が終わると信者たちは続々と教会を出ていく。日が少し陰り始め村は一層、不気味な様子であった。

「敵は100人以上だ。どうやって戦う?」

「そこは安心しろ。マッケンジーの野郎を倒せばそれで万事解決だからよ」

「どういうことだ?」

「裁器の効力は所有者が死んだ時点で解除されるんだ。これ常識だから覚えとけよ」

「つまりあの神父を倒せば他の信者の洗脳も解けるってことか!?」

「ご名答。俺たちが相手にするのは100人の『歩』じゃねぇ。たった一人の『王』だ。きっと二人ならこの対局必ず勝てる」

 龍牙にとって一人の人間を殺すことなど実に容易いことであった。今、彼が必死に考えていることは一つだけ。

――あの銀髪美少女、助けた後どうやってナンパしようか……


 彼はくだらない事を考えながらも観察は怠らない。教会からマッケンジー神父以外の全員が出たのを確認すると彼は作戦を決行した。

「礼拝が終わって全員教会から出たな。早速到来したぞ。あの神父を殺るチャンスがな」  

「待ってろマイノ……必ず助けるから」

 二人は大いに勇み立ち、教会の扉を改めて開いた。待ち受ける神父を倒してしまえば全ては解決する。神父と二人の青年は遂に相対するのであった。

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