第12話 マイノvsマッケンジー神父

 昼下がりの舗装路では壮大な殺し合いが巻き起こっていた。華奢な少女と屈強な老神父の実力は拮抗している。

 マイノは男の顔を目掛けてハイキックを打ち出した。その俊足を男はいとも簡単に避けてみせる。いでマッケンジーの右ストレートが彼女の顔面を狙うが、しなやかな身体を最大限に可動させて鉄拳のその先、神父の懐に潜りこんだ。細い腕からは想像出来ないほどパワフルにマイノのアッパーが彼の顎を打ち砕いた。

「ぐぬッ……ちょこまかと」

「君、なかなか動けるね。もしかして人間やめてる?」

 彼女は常に最善の手を選択している。拳と拳をぶつけ合う近接戦闘は筋力で劣る少女が不利なように思われたが実際の所、この殴り合いはマイノに有利な状況であった。

 彼女は戦闘のエキスパートであり幾つかの武術にも明るい。そんな彼女が最も効率良く敵を戦闘不能にする際に用いる技……戦闘術 フェアバーン。東洋武術の系譜を汲むこの戦闘法は西洋で体系化されたにもかかわらず関節技を得意とする。

 詰まる所、マイノは男の関節を取れればその箇所を破壊できる。神父も迂闊に拳を繰り出せば腕関節を破壊される危険があるため思うように動けない。

「近接は少々不利のようだ」

 一歩引き下がったマッケンジーが放ったのは後ろ回し蹴り、身長190cm体重90kgの大男の蹴りは威力抜群。瞬発的なパワーを秘めたキックを避けきれないと判断した彼女は両腕のガードでその衝撃を緩和したものの身体は宙を舞い2m程吹き飛ばされた。

 フェアバーンの「攻撃を流す」動きによりダメージは分散し腕の被害は微々たるものであったが距離を取られたのは痛手であった。

「ここからは裁器を使わせてもらおう」

 神父は祈りを捧げるように両手に十字架の短剣を構える。

 登録番号No.49  慈悲の短剣 ミセリコルド 

 それが神父マッケンジーの裁器である。対する彼女が足元のフォルダーから抜いたのは無愛想な鉄黒いオートマチックピストルであった。

 Hs社と帝英国防衛省、共同開発のVp.EX Hunter 45口径 ダブルアクションオートマチックの完成形ともいえる最新モデル 装填数は驚異の10発 何れもアダマンタイト徹甲弾使用 但し裁器には分類されぬ通常の拳銃である。

 胸元の歪んだ十字架を揺らしながら男はマイノに刃を向けた。呼応するようにマイノも拳銃のロックを外しその引き金に指を掛けた。 

「さぁ娘よ選びなさい。今ここで死ぬか、それとも糞のような人生を全うするために、あの裁人を私に差し出すのか」

「あまり図に乗るな異教徒。君は所詮何も知らない何も為せない。愚かなる傀儡かいらいなんだから」

 マイノが打ち出した4発の銃弾を華麗な跳躍でわし神父は急速な再接近を試みた。必ず急所を狙ってくると予測して彼女は身体一つ分、引き下がる。確かに短剣の間合いから脱した筈であった。しかしその動きこそマッケンジー神父の狙いであった。彼が選んだ攻撃の手段は斬撃ではなく投擲。引き下がるマイノの足元に左手の剣を刺し向けた。

「うッ……!」

 左足親指を切断されたマイノの表情が苦悶に歪む。そして顔面には神父の拳が迫りくる。足指の欠損により思い通りに動けない彼女は顔に無数の殴打を受けるしかなかった。この神父はたとえ相手が少女であろうと一切の容赦はない。顔面が潰れるまで何度でもその鉄拳を振るうだろう。

「どうした口程にもないのだね。お嬢さん」

 それでもマイノは余裕だけは崩さない。どんな時も優雅たれ。それこそが帝英人の誇りである。人間離れした咬合力で男の小指を食いちぎるとマイノは愉快に笑った。 

「不味いよ君の肉。最高に醜悪な味だ」

 数度肉を咀嚼した後、唾液に富んだその口から忌々しげに男の指を吐き捨ててみせる。

「今さら指の一本程度で、この私が怯むとでも思ったか Bitch!!」

 指からの出血などものともせず、駄目押しと言わんばかりに流れ出る鮮血をマイノの眼球に浴びせた。両目を開けられない彼女の首を鷲掴みにして硬い地面に全力で叩きつける。

「我が剣は常に正しき道を切り開く。なれば汝の腹を切り開こう。その薄汚い臓物を私の前に散らしなさい。そして共に天国へ参るのです」

 神父の体に違和感が生じ始める。骨格から怪物に変貌し背中からは蝙蝠を思わせる二枚の翼が生えた。面は既に人のそれではなく眼球すらない。人体を極限まで神子に近づけ戦闘力の大幅な向上を実現させる。裁器ミセリコルドの能力の一つであり神父の切り札でもある。十字架状の鈍重な装甲を胸に纏い男はマイノに短剣を突き刺さんと振り上げた。

「それが君の本当の姿なんだね。ならば僕も覚悟を決めよう」

 彼女は首に下げた銀の鍵を躊躇なく腹部に突き刺し左向きに回す。

「第三拘束……解除」

 彼女の裁器の真の能力の一つが解禁された。開いた腹部から出現したのは狗であった。腹の穴は虚空へと繋がっており先も見えない闇が広がっていた。そんな穴から現れたのがこの巨大な黒狼である。

「さぁ行くよヘル」

 それは不浄であり執着であり永遠であり禁忌であり黒い時間である。黒の獣に伴われ彼女は再び立ち直していた。

 この狼に似た生物がいかに危険かということを神父は直感で理解した。

「先制必勝! 先制必勝!」

 狗が何かを仕出かす前に仕留めてしまおう。そう考えるなり神父は両の剣を突き立てその未知の生物に突進した。双剣の斬撃を狼の牙が遮る。金属が摩れ合うような高い音が響き渡る。そこからの戦いは異次元のものであった。両者の攻撃が閃光のように行き交い

その躯体に無数の傷を作った。

「もう終わらせようマッケンジー」

 マイノは腕を振り上げて狼に指示を与えた。

「角を司どる者・アキュートエル!」 

 彼女が言った瞬間、怪物マッケンジーの体表に存在するあらゆる鋭角から牙が生えた。意思を持ったその牙は神父を補食せんとばかりに食らいつく。

「ぬぐぁぁぁ……!」

「あらゆる角にはティンダロスが存在する。牙は増殖を続けるよ」

 最初に発生した牙を起点にその鋭角部分からさらに新たな牙が成長を始めていた。

「これは効くじゃないか。出し惜しんでいては此方が先に食われてしまいそうだ」

 鋭牙が神父の肉体を襲うが、彼とて怪物であることに変わりはない。その重厚な装甲は未だ健在である。そしてマッケンジーは攻勢に転じた。

「ミセリコルドよ 我に力を……」

 ダメージを負いながらも神父は低く剣を構え切り込みの体勢を整えた。強敵を前にただ前進を続ける。それがマッケンジーのやり方であった。

「次の一撃で決着だ。ヘル、君の真価を見せてくれ」

 二人の闘争はいよいよ終盤フィナーレである。最後の一撃が放たれる……と思われた時である。

「待った」

 第三者の声が道の向こうからやって来る。金剛のような肉体を持ち、気絶したノアを脇に抱えるその男は二人の間に割って入ったのだ。礼賛の拍手を贈りながら男は言った。

「なんと愉快な方々か。貴方たちの闘争は本当に見ていて面白い」

「なんだ……貴方か聖アスラ卿。ご苦労であった。その少年が天神ノアで間違いないのだな」

「えぇマッケンジー。これが六人目の裁人。我々の願いを叶えるための願望器」 

 神父と謎の男が会話を交わす。アスラ卿と呼ばれた黒髪の男をどうやらマイノも知っているようだ。怒りの籠った眼で彼女はアスラ卿を睨みつけていた。

「なあアスラッ……僕の大切な大切なノアに触るんじゃあない。殺すぞ」

「おォ怖い怖い。流石は氷の魔女ルリム゠シャイコースの妹だけはある」

「二度とその名を口にするな。そして君は僕の忠告を無視した。故に殺す。確実に殺す」

 殺気立つマイノの傍らで地獄の番犬・ヘルも体毛を逆立てながら男に威嚇していた。

「やめた方が良いマイノ゠グーラ。ノアを殺されたくなければ武装を解除しろ。早くその薄汚い狗を帰らせるんだ」

 男の要求は実質的な死刑宣告であった。マイノの使命はノアを守ることなのだからそれを無視して戦闘を続行することは出来ない。

「さぁ急げ急げハリーハリー」 

 大きく舌を打ちながらマイノは黒狼に告げる。

帰れハウス

 朧気ながら狼めいたその実体はゆらりゆらりとうごめきながら霧のように消滅した。

「それで良いんだマイノ」 

 嫌みっぽく笑うアスラを彼女は恨めしい表情で凝視していた。

「では眠れよ少女」

 マッケンジーの恐ろしく早い手刀が、背後からマイノの頚部を打った。瞳の闘気はスッと消え彼女は意識を失い道に倒れた。

「さて、後はマッケンジー貴方に任せます。ノアの身柄は第8師団の教会で安置するようにお願いします。明日にはみかどと共に引き取りに行きますから」

「了解したアスラ卿よ。して……この女はどうするのだ」

「そんな女は野良犬の餌にしたら良いのです。まぁ貴方に任せますが」

「そうか。ならばこの二人は此方で引き受けよう」

 神父が指笛を吹くと二匹の馬状の神子が古風な車を引きながら道路を駆けて来た。

「では失礼する」

 神父は二人を馬車に乗せ連行したようだ。向かう先はこの世の地獄。悪魔たちが巣食うツァトゥグァの村であった。


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