第7話  ナルミvsキングワン?

「さぁ来いよ怪物モンスター。俺と踊ろう。血肉を削りながら醜い殺し合いを演じて魅せろ!」

 異形を挑発するようにナルミは手招きしてみせた。

「対神子専用殺戮銃器 裁器アストラ 。

全長40cm・重量17kg・装弾数7発

貴様を殺すのには充分な品だ」

 彼が抜いた二丁ワンセットの巨大拳銃は通常の製法で作られたものではない。神子を殺す為だけに人類が発明した技術の結晶その名は

    裁器  Sabaki


 裁器の種類は多種多様、幾つかの系統に別れておりナルミが使用する「アストラ」は武装型に分類される。その弾丸はモース硬度11に区分される神子の体表にも容易く風穴を開けることが出来る。更に彼らが有する異常な再生能力さえも、抑制することが可能なのである。

「第13の能力発動までの制限時間は10分と言ったところか。しかし問題なしノープロブレムだ」

 容赦なく男はトリガーを引いた。その威力は絶大。爆音と共にアダマンタイト製の弾丸が発射され黒き神子の脚を貫く。

「ゲン……ブ」

 一瞬体勢が崩れたものの怪物が倒れることはなかった。即座に両足の筋繊維は蘇生しその機能を取り戻した。

「ほうやはり立つかキングワン。流石だ。流石、Melt1が産み出した怪物だ」

 次に攻撃を仕掛けたのは神子の方であった。人智を超越した脚力で地面を踏みしめ大きく飛躍する。放物線を描きながらナルミに向かって飛び掛かる。

 位置エネルギーの観点からすれば高い地点から攻撃を繰り出す程にその威力は増大する。素早い動きで繰り出された適切な攻撃を、常人ならば避けることは不可能である。

 しかし彼はその道のエキスパート、なんの捻りもない攻撃に遅れをとるはずもなく、あっさりとそれを躱してしまう。更に回避するだけでは終わらない。折角接近してくれたのだから為すべきことは決まっているだろう?

 拳を振り下ろしたものの空振りに終わった神子の頭部は無防備である。

「動きが悪いな。全く隙だらけだ。真面目に戦え。何時まで寝ぼけている?」

 銃弾をありったけ打ち込む。装弾数限界の二丁合わせて計14発を頭部に余すことなく炸裂させた。黒き頭部は爆ぜ不気味な脳みそを吐き出したが驚くべきことに瞬時に再生が始まりほんの数秒たらずで神子の傷は完治した。

「やはりこの程度では死なんか」

 火力の不足を悟った彼は空になったマガジンを無造作に捨て、すかさず新たなものと取り替える。

 作業に要した時間は僅かコンマ五秒程。しかして神子にとってはその一瞬が最大の好機でもある。迷いなく怪物はナルミの懐に飛び込んで、その心臓を狙った。

 今度はただ拳を繰り出すのではなく……いつの間にか黒き手には一口の刀が握られていた。すっと伸びた刀身が彼の心臓を貫かんとばかりに迫りくるのだが、彼は反射的に体を仰け反らせ見事な間合いで斬撃を避けた。

「真面目に……戦ってイナイのハ……オマエだろ」 

 先程まで、でたらめなことを喚いていただけの神子から発せられた言葉には確かに人の意志が籠っていた。歯切れは悪く聞き取り難いがナルミの言葉に対する返答であることは確実である。

「早くも意識を取り戻し始めたか、この大食らいグラトニーめ」

 顔をしかめながら彼は拳銃を投げ捨てた。

「ならば決着を急ごう。お前も私も心の臓を穿たなければ死なぬ体なのだからこの程度の裁器では殺せまい」

 獣のように本能のままに攻めてくる相手ならば充分対処は可能であった。しかし今の敵はどうだろうか。先刻までの曲がった背筋は真っ直ぐに伸び、右足を少し前に踏み込みながら刀を構えている。

 次の攻撃には必ず人の技術というものが加わる。そうなってしまえば身体能力に劣るナルミは圧倒的に不利である。一手先の攻撃を予見してナルミは策を打つしかない。

 刹那閃光のごとく素早い太刀が走り、刃は袈裟斬りの軌道で彼の胴を裂いた。

「終わりダ ゲンブ。第五の能力は発動シタ」

 肩から腹にかけて刀身が触れた部分が凍結し始める。

 

 キングワン

第5の能力 死侍凍刀シシトウトウ ムラサメ

刀身に触れた万物を凍らせる妖刀であり一度凍結した物質は如何なる熱を与えようとも決して溶けない。


「何ッ!」

 狩人は完全なる敗北を与えられた。氷のおかけで出血死こそ免れたが肩の関節が凍てついて腕はもう動かない。腕なくしては攻撃も防御も困難である。つまりもう勝機の芽はない。それでもナルミは不敵に嗤う。

「ナぁゲンブ……ノアを返せ。そうすれば今はお前をコロさない」

「まったく何を言い出すかと思ったら……交渉だと?化け物モンスターヒューマンの真似事でもしているのか?」

 煽るように言い放つ彼に神子はゆっくりと歩み寄った。

「もうイイ。ここでサヨナラだ。俺はノアを探す」

 凍てついたナルミの体を打ち砕こうと黒き神子は拳を振り下ろした。

「何だ。貴様本当に弱くなったんだな」

 その瞬間であった。アスファルトの地面を突き破り無数の鎖が出現する。それは神子の腕を拘束し瞬く間にその自由を完全に奪った。そして凍ったナルミの身体はドロドロと溶けて完全に液状になり消滅した。其処に残ったのは凍てついたロングコートのみであった。

「何が……オキテいるんダッ!?」

 異形は明らかに困惑していた。自身の圧倒的な力を持ってしても鎖はびくともしないし、目の前にいた宿敵も消えてしまったのだから、当然状況は理解し難い。

「拘束されれば最後。私の鎖は砕けんだろう?」

 声の主は怪物の背後に立つナルミであった。

「貴様ッ、ドウやって!?」

 何度でも言うがムラサメの氷は決して溶けない。しかし今の彼はどうだろうか?

 氷結した肩は全くの元通り、身体に傷は一つも見当たらない。ただ先程と違うのは羽織っていたコートの有無のみであった。

「この四神 玄武 の能力を忘れたか? やはり記憶までは共有していないようだな」

 動けぬ敵の前でタイを正しながら彼は雄弁に語った。

「良いだろう。それでは何も面白くないからな。少しヒントをやろう」

「私の能力はアダマンタイトの生成及び液状化そして其れを自在に操作、固定化するものだ」

 この世で最も硬い金属アダマンタイト。

それを自在に生み出し操作するのが彼の能力である。

「貴様が嬉しげに切りつけていたのは単なる金属で造ったダミー。私は始めから貴様と真っ向から戦う気など無かったのだよ」

 何もかも思い通りであったから彼は嗤っていたのだ。怪物は初めから詰んでいたのだ。

「キサマァッ……謀ったナ」

 妙に並びの良い歯を剥き出しながら化物は怒り狂う。

「残り2分。余興は終わりとしよう」

 ナルミが指を鳴らすと絡みついた鎖が棘状に変形し隅々まで怪物の躯体を串刺しにした。全身に流し混まれたアダマンタイトが神子の中で暴れ回る。黒き異形は一頻り悶えると口から大量の体液を吐き出しその活動を停止した。

「さて審判の時は来たれり。貴様の心臓を貰い受ける」

 巨銃アストラを拾い上げるとナルミは怪物の左胸に銃口を突き付けた。

「ナァゲンブ。オマエ何故拘束をトいた。オレに逃げる力がナイと侮ったのか?」

 死んだように膝をつきながらそれでも神子は声を発した。その声に敗北の色は全く含まれておらず寧ろ闘志に燃えている挑戦的な声色であった。

「第三の能力……」

 牙状の左薬指には一本の指輪がはまっていた。

「ギュゲースの指輪」

 それは完全に予測不能の出来事であった。ナルミが最後の弾丸を放つ直前に能力は発動し神子の姿は完全に消えた。姿だけではなく足音や息遣いそして匂いまでもが……その全ては隠蔽されたのだ。


 キングワン

第3の能力  完全遮断 ギュゲースの指輪

装着した瞬間、使用者のあらゆる情報を周りに与えぬように遮断する。透明化の完全上位互換といったところの能力。


 怪物は逃走した。自身の身体が非常に不安定な状態だと分かっていたから逃げたのだ。

 ノア、レジーナ、ランスロット、ハク、ニーナの肉体は一旦諦めるしかない。そう判断して闇の中に身を隠し好機を伺うことにした。なんとも狡猾な人外は、生き残った家族を狙い続けることだろう。


 獲物に逃げられた狩人は落ち込むでもなくただ戦いの余韻に浸っていた。ナルミは煙草に火をつけながらご機嫌に語りかける。

「目的は達した。そう……これで天神ノアの物語はもっと甘美な美酒となる。私のお陰だ 全部私の闘争のお陰だ。こうして君の思い通りの世界が創られるのは私のお陰なのだ」

 その名を口にする者はこの世の摂理を外れた者。それは禁忌の忘れ去られた神の名前。

「感謝しろよ。Nyarlathotep」


 月夜に悪魔たちはほくそ笑む。



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