第二章 人型の神子

第5話 幸せの崩壊

 さて今日は何の日でしょうか?キッチンを見てください。トオヤ君が卵を割ってケーキのスポンジを作ってくれています!

 あっシロウとムツキも帰って来ましたよ。そうです、私がお使いを頼んでおいたのです。

 次は飾り付けも見て行きましょうか! ほらっこれね、昨日ナナオと二人で作った横断幕! 結構自信作なんだぁ。

「合格おめでとう!! 大学に行っても頑張って!!」って書いてあります。うん、凄くおめでたいことだよ。でも本当はちょっと寂しいかな。

 次はプレゼントも少し覗いちゃいましょう…… 

 

 カメラを片手に家の中を右往左往、金髪の少女はひとりごつ。

「ちょっとレジーナ姉ちゃん! いつまでも撮ってないで手伝ってよー」

 キッチンからの声に呼ばれた彼女は録画を停止してカメラを置いた。

「良いでしょ? 思い出は残しておきたいじゃん」

「いやでもさ、折角のケーキ完成しなかったら大変じゃん」

「そうだけど、まだまだ時間あるでしょ……って! あと5時間しかないじゃん!」 

「そうだよ! もう時間ないんだよ」

 時計の針は午後3時を示していた。どうやら彼らはパーティーの準備をしているようだ。一方ではバルーンアートを作ったり一方ではケーキを作ったり、買い物バックから冷蔵庫に食べ物を移動させたり。皆、せわしなく祝いの準備を進めている。

 ケーキスポンジの生地をハンドミキサーで混ぜながら、彼女はトオヤと呼んでいた少年に聞いた。

「今日ノアはニーナとハク連れて遊園地行ってるんだよね?」

「朝早くから出掛けたよ。でもさニーナとハクが一緒だったら兄ちゃんが遊べないんじゃないの?」

「大丈夫だよ! きっとノアは遊園地で遊びたいんじゃなくて、ちょっとでも家族との思い出を残したいだけなんだと思う」

 誰よりも家族思いなノアのことを想いながらレジーナは言った。

「あっ! そうだ、買い忘れてた! ノアが好きな紅茶。ちょっと私買ってくるよ」

「トオヤ皆のこと頼むよ! すぐ帰ってくるから」 

「わかったから、そんなに焦らないでゆっくり行った方が良いよ」

 慌てながらレジーナは広い家の玄関に向かった。13個に仕切られた靴箱の中から間違えずに自分のものを取り出すと町に駆け出した。

 太陽が少し西に傾き始めていたがまだまだ町は昼の熱気に溢れている。レジーナが向かった店はノアの行き付けの喫茶店、彼は紅茶に対して並々ならぬこだわりを持っていて、特にこの店のものを好んでいる。ディンブラの茶葉を仕入れ目的を達成した彼女は駆け足で帰路についた。

 家に向かう最中、迂闊うかつにも彼女はスーツ姿の男たちと肩をぶつけてしまった。

「失礼」

 渋みのある声でサングラスをかけた男は謝罪した。

「こちらこそすみません。少し急いでて」

「お嬢さん。急いでいる所申し訳ないんだが良ければ少しだけ時間をくれないか?」

 胸元には大審院の裁判官にのみ与えられる金色のバッジが輝いていた。スーツ姿の男はコートのウェルトポケットから一枚の写真を取り出しレジーナに見せる。

「この神子に見覚えがあるか?」 

 写っているのは珍しいヒト型の神子であった。基本的に神子たちは動植物に似た形をとるものが多いのでこのように二足歩行で立っている人間に近い個体は見たことがなかった。ピントがボケていたので正確ではないが黒い体表に鋭利な刺状の器官、引き締まった筋肉とグロテスクな口元が見て取れた。

 見たことなどないはず……なのにどこか引っ掛かかる。遠い昔の記憶を辿れば何かヒントがあるような。漠然とした繋がりを感じてしまう。

「どこかで見たような……? でもちょっとわからないですね」

 男の後ろで控えていた銀髪の女性が凛とした声で彼女に警告した。

「近くの町で目撃されたみたいでね……非常に危険な神子だから夜の外出は控えた方が良い。戸締まりもしっかりするように」

 有難い注意喚起であると彼女は素直にその言葉を受け取った。


 第三次世界大戦以来、いまだに神子による死亡事件は増加の一途を辿っている。一般の警察機構にはどうすることも出来ない強力な神子を討伐及び捕獲することが彼ら、金色のバッジを着けた大審院職員の業務である。


「わかりました。お仕事頑張ってくださいね。では私もう行きます」

「ご協力に感謝します」

 二人は会釈で謝辞を示し、彼女とは反対に町の方へ歩みを進めた。

「なあ兄者よ。今の女の匂いはやはり……」

銀の髪とスーツの黒が対照的でよく映える女、マイノ゠グーラが隣を歩く長身の男に言う。

「そうだとも。今宵奴は必ず現れるだろう。我々の仕事はただ一つ……」

 

「なんとしても天神ノアを死守することだ」


 運命を背負いし少年を巡り様々な思惑が交差する中、彼は……


 18歳になった天神ノアは弟と妹を連れてドリームランド(大型遊戯施設)にやって来たようだ。弟、妹と言っても……彼らに血縁関係はない。

 ノアがワンと共に旅立ったあの日から実に11年が経とうとしていた。11年間彼ら二人は、休み休みではあるが世界中を旅した。

 そこでは多くの出会いがあってキングワンはどんな子供も平等に救おうとした。中には助けられなかった子供もいたが、何とか窮地から救い出せた子供は次々に自らの養子にして共に暮らした。つまりノアの弟、妹は増えていったということである。

 結局、今日までにノアを含め12人の子供が彼により救われた。そんな彼らの紹介を少しばかりしておこう。


1長男 天神ノア 好物・紅茶とチョコレート

春から大学生、良かったねノア!


2長女 アテネ゠レジーナ 趣味は園芸と食べ歩き 周りからは天然と言われているが本人は不服なようです。


3次男 ランスロット 反抗期真っ盛り!現在家出中です。 嫌いなもの 偽善者


4三男 トオヤ゠ヒロカワ ヤマト人

料理が好きで三日に一回は彼が全員の食事を作ってくれる 


5次女 ノーヴェ 音楽が大好き。

将来はチェロ奏者になりたいらしい。


6四男 ハク ノアお兄ちゃんが大好きな少年。凄くイケメンです。


7三女 ナナオ 少女漫画のような毎日を夢みている。家族の中で女子力はNo1!


8五男 ムツキ  中二病真っ盛りの中学生。

右腕にハスター左腕にクトゥグアが宿っていると主張している。


9六男 イツキ 剣道で全国を目指している。かなりストイックな男です。


10七男 シロウ 口癖 「武器の貯蔵は充分かぁ!」


11四女 サクヤ 春から幼稚園に通う予定。人見知りで家族皆は心配しています。


12五女 ニーナ まだ赤ちゃんです



 旅は一段落して今、子供たちは帝星国の地方都市にあるキングワンの家で仲良く暮らしているのだ。そしてキングワン本人はというと、未だ単身で旅を続けている。年に数回、特に祝い事がある時は帰ってくる位であった。

「さてそろそろ帰ろうか」

「うんお兄ちゃん。ホント楽しかったね」

 疲れて眠るニーナをノアがおんぶして大量のお土産はハクが持つという連携体制で歩いた。ノアは嬉々としながら温かい食事を求めて家に帰るのだ。

 「今日が何の日か」彼はもちろん知っていた。家族皆が彼に内緒でサプライズパーティーを計画していることはレジーナの慌てようから既に察していたのだ。


 時刻は午後8時頃

「結局ワンは帰ってこなかったねー」

「忙しいんだからしょうがないよ」

 なんとかパーティーの準備を終えたレジーナたちは歓談しながらもまだか、まだか、とノアの帰りを待ちわびていた。

 玄関が開く音がした。待ってましたと言わんばかりにレジーナは一番に出迎えに行った。

「ただいまっノア!! なんとサプライズがあり……」

 絶句した。そこに有ったのはノアの姿なんかじゃ無かった。もっと醜悪で残酷で不気味でグロテスクで冒涜的な……

「タダッイマ……ッ」

 そこにいたのは昼間見せられたあの神子。ヒトの真似をするかのように二本の足で地に立ち言語を発声してみせた。


 今日は何の日かって?







それは彼らの命日だよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る