回想② 初対面


 で、帰宅すると、いよいよ瑠美さん家族とご対面、ということになるわけだが。


 ……家の玄関ドアが、未知の世界への入り口のように見えたのを、はっきりと覚えている。


 父さんが母さんと結婚した時に建てた家。

 俺らが生まれてからずっと過ごしてきた家なのに。


 午後五時過ぎ。

 沈みかけの夕日の中で、スマホを取り出し、メッセージを確認する。


 父さんは、新生活に必要なものを瑠美さんと買い出しに行ったらしい。

 帰宅したらいつもどおり着替えて、居間で待ってろとのことだった。


 昇太からも、文芸部の活動がそろそろ終わるようなので、おそらく俺とあまり変わらないタイミングで帰ってくるだろう、と連絡が来ていた。


 ――今思うと、これも、俺らを驚かせるための父さんの策略だったんじゃないのかと疑ってしまう。



 ドアの鍵穴に鍵を差し込んで回す。

 普段と変わらずドアが開いた。

 玄関と、そこから続く廊下には、段ボール箱がいくつか置いてあった。


「ただいまー」

 俺は思わず、癖でそう言ってしまった。そして……


「あ……」


 ……というわけで、これが俺と美沙さんのファーストコンタクトだ。


 長袖を着込んだ華奢な体格の子。

 身長は俺より少し小さいぐらいで、同い年の女子なら普通ぐらいだろう。

 セミロングの黒髪。

 どことなく、前日写真で見た瑠美さんの面影を感じる整った顔立ち。


 学校にいたら、間違いなく男子人気トップに来るだろう。左手に飲みかけのペットボトルを持ち、生活感が出ているのがまた良い。


 ……それが美沙さんの第一印象。


「ええと……瑠美さんの娘さん……ですか……ね?」

「あ、はい。北野 美沙です。ええと……よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく……です……河井 修也です。その……とりあえず着替えてきますね!」


 で、初めての会話はこんな感じ。


 心の準備ができてなかった俺は、廊下を抜けて階段を上がる。


 上下学校指定ジャージ姿で話せるような相手じゃない……それぐらい、自然な美少女だったのだ、美沙さんは。



 二階に上がったところは突き当り。

 左側が父さんと、新たに瑠美さんが一緒に寝る寝室。

 突き当り右側は同じ広さの部屋が二つ並んでいて、階段に近い側が俺と昇太の部屋。

 遠い側が父さんの離婚以降空き部屋になっていて、そこを娘さんが使うんだと父さんから聞いていた。


 俺たちの部屋のドアを開ける。当然、誰もいない。


 ――なのに、そこで俺の視界の端に、美沙さんが出てきた……ような気がしたのだ。

 整った顔立ちとセミロングの黒髪。

 さっき一階で見たはずの美沙さんが。



 ……お察しの通り、彼女は隣の部屋から出てきた美菜さんである。


 なんとここへ至ってまで父さんは、瑠美さんの連れ子が双子の姉妹であると、俺たちに言っていないのだ。

 そしてそれに、俺は騙された。ついでに昇太もである。



 ――なんか、思い出したくないな。


 この後俺は、部屋で普段着に着替えながら、美沙さんと何を話せば良いか延々悩むのだ。

 美沙さんと美菜さんがいることを知らずに。


 ……今この段階で何を話せば良い? 第一印象は重要だ、地雷を踏むわけにはいかない、ああそうだ父さんの印象とか聞けたりするのかな……とか考えながら部屋の中をぐるぐる回るのである。


 部屋は八畳ぐらいで、向かって左半分が俺のスペース、右半分が昇太のスペース。

 携帯ゲーム機や陸上部の備品などが置いてある俺のスペースと違って、昇太のスペースは教科書とライトノベルがごちゃまぜに散らかってたり、アニメのポスターなんかが貼ってあったりする。

 そんな対照的な顔を持つ部屋で、俺は悩んで悩んで、意味もなくスマホをいじってみながら……



 ――意を決して、階段を降りて、居間のドアを開けて、


「あっ……」

「あっ……」

「あっ……」


 鏡写しのように顔をこちらに向けた姉妹を見て、俺はようやく理解したのである。

 幼稚園ぐらいの頃の、外見瓜二つだった俺と昇太の写真が、記憶の中をよぎり、重なって。



 ***



「ふうん、僕があのとき帰ってくる前にそんなことがね……」


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