回想① 重大告白


「父さんな、再婚しようと思うんだ」


 食器を片付けようとする俺たちを制して、父さんは言った。

 いつになく重大告白をするような顔持ちだなと思ったら、本当に重大告白だった。


「まじで……?」

「ああ、本気だ」


 俺の驚きにも、父さんは動じない。


「……僕は構わないけどさ、母さんになんて言うの」

 一方昇太は淡々と質問した。まあ、当然の疑問ではある。


 なにしろ、父さんと母さんは離婚している。七年前の話だ。

 と言っても、別にとんでもない仲違いをしたわけじゃないのは、小学生になりたての当時の俺たちにもなんとなくわかっていた。


 母さんと俺たち兄弟は今も定期的に会って、近況交換なんかをしている。

 父さんと母さんが会っているかは知らないが、別に元夫婦が会って少し話したぐらいで、険悪なことにはならないだろう、とは思う。



 ――しかし、再婚である。事が事である。いいのだろうか。


「母さんには、昨日電話で話した。心配しなくても、認めてくれてもらったよ」

 俺らの心配をよそに、父さんは平然と答える。


「……そんなら俺たちは……まあいいんだけど……」

「でもさ、僕らにとっては新しい母さん、って言っていいのかわからないけど、そういうことになる人を僕らに相談もなしに決めるってのは……」


「ああ、それに関しては申し訳ない。でも、二人とも部活とか色々あって忙しかっただろ? タイミングが合わないまま、今日まで来ちゃったんだ。せっかくだから、二人を驚かせようと思ってなあ」


 ……そうなのだ。この父さんは、人を驚かせるのが好きなのだ。

 俺らの授業参観に行けないって言ってたくせに来たり、料理得意じゃないのに頑張って自分一人で作った夕飯を俺らに目隠しをさせて食べさせたり。


 ついでに後で気づくのだけど、瑠美さんも多分そうなのだ。


「お詫びに、再婚相手の人を見せるから。ほらこの人だ」


 父さんはスマホを俺らの前に見せた。そこで俺らは、瑠美さんを初めて見るのである。


 ……あの、そのままテレビドラマに出ていてもおかしくなさそうな、ものすごく綺麗な顔を。


「父さん、こんな綺麗な人をどうやって……」

「ああ、プロジェクトの打ち上げ飲み会で知り合ったんだよ。瑠美さんって言うんだけどな……」


 こうして俺らは瑠美さんの人となりを知ることになる。

 しかし、父さんの重大告白は終わらない。


「修也、昇太、いいか? さすがに話すのがギリギリになったのは謝る」


「僕は父さんが良いなら構わないよ。修也は?」

「……まあ、別に。どうせ父さんのことだから、もう婚姻届出した、とか言うんでしょ」


「おっ、修也には見透かされてるみたいだな」

 ……冗談で言ったのに冗談になってないのがこの父親である。


「ただ婚姻届はまだだ。瑠美さんの転居手続きはもう済んでるけどな」


 そうなのだ。しれっと重要情報を出してくるのも、この父親である。


「……もしかして瑠美さん、ここで一緒に住むの?」

「昇太も察し良いじゃないか。明日から、瑠美さんと一緒に暮らすことになる」


 全く、思い返しても急すぎる。

 本当になんで父さんは普通に言えるんだよ。


 いや、新しい家族になるということはそういうことなのかもしれない。

 でもそんな重大なことを、前日に打ち明けるか普通?


「修也驚いてるなあ。その顔が見たかったんだよ」


 ……ただ、そう言われて心当たりがあったのも確かなのだ。

 母さんが使っていて、離婚以降空き部屋になっていた家の2階の一部屋、ちょうど俺たち兄弟の部屋と並んでる一室を急に掃除し始めたり。

 休日に度々一人で外出して、疲れ果てた顔で帰ってきていたのは、瑠美さんの引っ越しの前準備をしていたみたいなところか。


 そして、思春期に差し掛かった俺たちにとって、最も切実な、俺たちが一番悩まされることになる問題。


「そうそう、瑠美さんには娘さんがいてな、そっちもお前ら二人と同い年なんだ。母さんの部屋に住んでもらうから、仲良くするんだぞ」



 ***



 で、その次の日というのは、一日部活だったのだ。

 今考えても、なかなかにタイミングが悪い。


 だから俺は、悶々とした気持ちを抱えたまま練習を続けることになる。

 昇太も文芸部の活動があったのだが、あいつはどうだったのだろう。


 とりあえず自分の心のなかに留めるにはあまりにもきつい。

 校庭のトラックを使った周回走を終えての休憩中、俺は長距離担当のチームメイトに愚痴るぐらいの気分で、前日の父さんからの告白を漏らした。


「ハハハ……ああ腹いてえ。今年一番笑ったわそれ」


 一同の反応は、予想通りだった。

 知人に降ってわいた面白展開、笑わずにはいられないだろう。


「……あのな、当事者にとっては死活問題なんだからな」

「でもさあ、羨ましいよ。すごく綺麗なおばさんと、同い年の女の子と一つ屋根の下になるんだろ?」


「まあ瑠美さんの方はそりゃあ……」

 実際あのとき写真で見た瑠美さんは、本当に綺麗だった。

 きっと、街で歩いてたら思わず振り返っちゃうぐらいの。


「満更でもない顔してるぞお前」

「どうせ小躍りして、昇太に変な顔で見られたんだろ」

 すかさず周りからの追及が飛んでくる。


「俺のことなんだと思ってんだよ。むしろ昇太の方がニヤケ顔してたぜ? あいつ結構女の子が出てくる本とか好きだからな」 

「まじで?」

 昇太は本当に、学校では『謎の多い存在』で通っているのだ。

 クラスが同じというぐらいでは、あいつのことは全然わからないらしい。


「ああ。ありゃあ心の中では結構ワクワクしてると見える。……ってそうじゃねえよ。考えてみろ、同い年の女の子と一つ屋根の下だぞ?」

「いやだから羨ましいなって……」


「じゃあ聞くけどさ、クラスの女子が突然今日から一緒に暮らしますってなったらどうする?」

「……それは……」

 俺の反撃に、周りが一斉にたじろぐ。

 やっぱりお前らだって戸惑うじゃねえか。


「な? しかも今日からだぞ。家に帰ったらもう瑠美さんとその娘がいるんだぞ?」

「……怖いんなら、練習終わったらファミレスでも行くか?」


「いや、練習終わったら直帰しろって父さんに言われてんだ」

「まあそうだよな……」


「おいそこ! 休憩終わり! 次は河原まで十往復!」

 顧問の先生の大声で、あれだけ疲労が溜まった日は、後にも先にも無いだろう。


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