相容れない環境の違い

「えっ……えっ?」

 俺は驚きのあまり、『えっ』だけが口を突いて出ていく。


 シチューはおかずって、何を言っているんだ?


「まあ驚くよな。うちの部長がそのタイプでさ。家でご飯を頂いたとき、ちょうどこんな感じでシチューが出てきた」

 俺は陸上部だが、昇太は文芸部だ。

 こういうときも、すらすらと言葉が出てくる。学校のクラスではあまり喋らないって聞くのだが。


「……なんだよお前知ってたのかよ」

「修也がずっとあっけにとられてたからな。ご飯が茶碗に盛られたときも、スプーンじゃなくて箸が出てきたときも。どうなるか気になったから、少しほっといてみた」


「……でも……だって……」


 当然だと思ってたことが、簡単に揺らいでしまう。

 目の前の姉妹は自分と全く違う環境で育ってきたのだ――また、それを実感させられる。

 食事一つとっても、こんなことになってしまうのだ。


「えっと、その……え? じゃあ、カレーライスは?」


「ご飯にかけてるわよ」

「カレー皿によそうわね」


「じゃあシチューも同じじゃないか」


「違うでしょう」

「シチューはおかずでしょう」


「……」

 ダメだ。姉妹の口から出ている答えは、俺には全く理解がつかない。


「修也、諦めよう。僕らがシチューをご飯にかけて食べてきたように、二人もシチューをおかずにご飯を食べてきたんだ。説得したり、言いくるめたりできるもんじゃない」


 そうだ。そうなのだ。

 ついこないだまで赤の他人だった人が、違う環境で育ってるのは当然だ。


 ――なんなら、同じ環境で育ってきた俺と昇太だって、全く同じってことはないのに。



「……わかったよ。ったく、昇太ももったいぶってないで、さっさと言えよな」

「申し訳ない。でも、こういうのを受け入れることも必要だ」


 昇太はようやくスプーンを持ち、シチューだけを一口すする。

 俺にひとしきり説明して、なんだか満足げだ。


「……美味しい。二人共ありがとう。そして、申し訳なかった。ここは、料理を作ってくれた二人に合わせるべきだった」


「いや、こちらこそごめんなさい」

「二人に確認しなかったのが問題」


 昇太のかっこつけたような言葉に、美沙さん美菜さんが頭を下げる。

 つくづく、こういう時にいい感じの言葉を思いつくのが上手いやつなのだ、昇太は。


「えっと……悪いのは俺だ。俺も確認しなきゃいけなかったし、二人に迷惑をかけてしまった」

 俺も考えて、言葉を出す。

 

 これはもう、完全に俺のミスだ。

 二人に余計な手間をかけさせてしまった。


 初めから、ちゃんと俺たちの習慣を提示してればよかったのだ。

 きっと、カレー皿じゃなくて茶碗にご飯が盛られてきた時点で、気づかなきゃいけなかったんだ。


「大丈夫です」

「ここは修也君と昇太君の家なんだから、二人に合わせるべきだった」


「そんなことない。さっきも言ったとおり、料理を作る方が決めるべきだ。食べるのがメインの僕らに決定権はない」


 昇太、しれっと料理を手伝うのを放棄しようとするんじゃねえ。

 とはいえ、俺らの方が偉い、なんてことは全く無い。


「こいつの言うとおりだ。無理に俺らに合わせなくて良いよ。ここは四人の家なんだから、もし食い違いがあったら、話し合って解決していこう。さっきは……俺もよくわかんなくなっていた」


 思わず、俺の言葉が尻すぼみになる。

 やっぱり、障害無しで一緒に暮らしていくことは不可能なのだ。

 俺たちはまだ子供である。

 中学生四人で、揉めないなんて無理な話なのである。


「……全く、父さんたちはこういう調整とかしてなかったのかよ」

「まあ、残念ながら期待はできないかな。大雑把な人だし……」


「あんまり、深く考えてないんでしょうね」

「母さん、こういうの無頓着だから……」


 俺が言い出すと、昇太から、美沙さん美菜さんから言葉が出る。

 それぞれの親に対する、不満とも諦めとも取れる何か。


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