029.露天風呂と満月

結婚。


その言葉を聞いて思ったのは三つ。


まず一つ目は純粋に慕われて嬉しいという気持ち。


二つ目は、仲良し三人組の間に挟まりたくはないなあという気持ち。


三つ目は、受けたらリサに説明するのがめんどくさいなという気持ち。


結婚を申し込まれるほどのことはしていないよ、とは言わない。


そのやり取りはもうやったからね。


そこまで頼れる先輩を出来ているつもりはないけれど、それでもノゾミちゃんの好意は素直に受け取るべきだと思った。


「うん。一先ず聞きたいことがあるんだけど、アリスちゃんとクロちゃんはこのこと知ってるの?」


「はい、ここに来る前にも話してきました」


そっかー。


なら三人の間に挟まる邪魔者になるのは回避できるかな。


仲の良い友達関係があたしのせいで崩壊なんて話は流石に見たくない。


特にノゾミちゃんたちはリアフレだしね。


まあそっちのことはこれからあたしが気を付ければオーケーということで。


リサは……、まあ面倒ではあるけどそれだけ。


リサはたまに結婚しようと言ってくるし、その何割かは本気なんだろうけど、それでもそれに配慮してノゾミちゃんからの告白をお断りする理由にはならないかな。


とはいえ、いきなり結婚というのもちょっと突然すぎるかもしれない。


流石にそれじゃあ明日から、と言われたら上手くいくか不安が残る。


こういうの初めてだし、それにあたし自身がネトゲの中の人間関係を信用していないから。


だけどそれと同じくらい、ノゾミちゃんとの関係は大切にしたいという気持ちもあって。


「ノゾミちゃんは結婚したらどういうことしたいとかってある?」


「そうですね……、二人きりで沢山話がしたいです」


「それは楽しそうだね」


「それと……」


「それと?」


「アイさんの特別な相手になりたいです」


躊躇いがちに、だけれど勇気を振り絞って伝えられた言葉はあたしの胸に突き刺さった。


「わかった」


あたしも覚悟を決めよう。


「でも、いきなり結婚って言うのも急だから、結婚を前提にお付き合いっていうのはどうかな」


「いいんですか?」


「うん、もちろん。あたしもノゾミちゃんのこと好きだよ」


「アイさんっ!」


「わっ」


抱きついてきたノゾミちゃんに押し倒されて、あたしはソファーに倒れ込んだ。




「ふぅー」


腰を下ろして肩まで温泉に浸かり、お湯に圧迫される感覚を胸に覚える。


ここは個人用の露天風呂。


周辺には通年で桜の花が咲き、舞い落ちる花弁がお湯に浮かんでいる。


山奥の秘境ってロケーションも相まって気分は桃源郷かな。


「お邪魔します」


「いらっしゃーい」


あたしの隣にノゾミちゃんが腰を下ろす。


告白されてからしばらく経って、未だに結婚まではしていないけどなんやかんやで上手くいっている。


最近はとりあえず三人と遊んで、そのあとノゾミちゃんと二人きりで時間を過ごすことが多いかな。


今日の温泉もホストと招待された人間しか入れないインスタンスエリアなので二人っきりだ。


「いいお湯ですね」


「そうねー」


こんな風にお湯に包まれて体の芯まで温まる感覚は心地良い。


熱燗が欲しくなるね。


隣のノゾミちゃんも、頬を桜色に染めて気持ち良さそうだ。


温泉リポートみたいに、湯船の中でタオルを巻いているのはリアルならノーマナー行為だけどゲームの中なのでセーフね。


薄いタオルが湯船に浸かって肌に張り付いているのはそれはそれで扇情的かなと思わなくもないけど。


胸の形とかタオル越しでもよくわかるしね。


「やっぱり恥ずかしい?」


「そうですね、ちょっとだけ。アイさんは気にならないですか?」


「あたしは平気かな」


答えたあたしはタオルを湯船の外にポイしているので一糸纏わぬ姿。


リアルなら流石にここまで大胆にはなれないかもしれないけど、ゲームの中なら気にならないかな。


「後で背中流してあげるね」


「よろしくおねがいします」


「うん」


隣で笑うノゾミちゃんは恥ずかしそうだけど、それでも嫌じゃなさそうで安心した。


人との距離感って難しいよね。


「ノゾミちゃん」


「なんですか、アイさん」


「月、綺麗だね」


「えっ、わぁ……」


見上げると、そこにはリアルよりずっと大きな満月が浮かんでいる。


「綺麗ですね」


「ね」


このゲームの中には美しい光景が沢山あって、その中のひとつを今ノゾミちゃんと共有している。


その事実が、なぜだかとても嬉しかった。


ちゃぷんと水面を揺らしながらお互いの肩が触れる。


「これからもよろしくね」


「はい、こちらこそよろしくおねがいします」


ちょっと前までは、こんな風にネトゲの中で誰かと特別に親しい関係になるなんて思ってもいなかった。


だけど実際にそういう相手を得て、これはこれで良いものだななんて、そう思った。


あたしのネトゲ生活は、まだ続いていく。


その先にはきっと、ノゾミちゃんも、アリスちゃんとクロちゃんも、リサもマスターもスミレも居て笑ったり怒ったりして、それでも楽しくこの世界で遊んで行ける。


そんな気がした。




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といわけで、これにて完結です。


ここまで読んでいただいて、ありがとうございました!

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レベルカンストプレイヤーのVRMMO婚活日記 〜コミュ症ぼっち、MMO最難関コンテンツ『結婚』に挑戦する〜 あまかみ唯 @amakamiyui

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