028.バレンタイン当日②
「お待たせー」
「アイさんっ」
あたしが玄関を開けて中に入ると、ノゾミちゃんがギュッと抱きついてくる。
そのままアリスちゃんとクロちゃんも抱きついてきたので気分はプチ満員電車だ。
「よしよし」
「えへへ……」
とりあえず手持ち無沙汰なので三人の頭を順番に撫でてみた。
「それで、どうしたの?」
「特に理由は無いです」
無いんかーい。
まあ良いけどね、抱きつかれて文句言う理由もないし。
という訳でしばらくわちゃわちゃしてからチョコ交換のターンに移る。
「それじゃあ、はい」
包みを三つ取り出して、一人ずつに渡していく。
種類が別のを三つ用意した方がいいかなと一瞬思ったりもしたんだけど、各人に合わせて用意するほど好みを知らないのでやめておいた。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
ということで次はノゾミちゃんたちの番。
「これ、貰ってください」
「どうぞ」
「おねがいします……」
なにをお願いされてるのかはわからないけど、三人からチョコを受け取る。
「ありがとね」
こうやって両手にチョコをもらうとモテモテだって勘違いしそうだから気を付けないと。
「それじゃ、食べよっか」
「はいっ」
ということで四人でテーブルを囲み、交換したチョコレートの包みを開けて並べる。
合計六つだから流石に量があるね。
「いただきます」
ということでその中の一つをぱくり。
「うん、美味しい」
「……よかった」
ほっとしてるクロちゃんにチョコを一つ摘んで差し出してみる。
「クロちゃんも食べる?」
「……いいんですか?」
「もちろん。あーん」
ゆっくりと顔を近づけて、パクと食べるクロちゃんの姿がかわいい。
「私も!」
「はいはい、ノゾミちゃんもあーん」
「んっ」
勢いよく食べに来る姿は餌をねだる雛鳥みたいだ。
「アリスちゃんも食べる?」
「それじゃあ……」
あたしが指を伸ばすと一度口を開いてからまた閉じて、顔を寄せてからなるべく口を開かないようにしてチョコを口に含む姿はアリスちゃんらしい。
「アイさんもどうぞ……」
「私も!」
(スッ……)
「うん、ありがと」
流石に三人同時に差し出されても困るんだけど、でもまあ悪い気はしないかな。
「そういえば三人は欲しい物とかある?」
「欲しい物、ですか?」
不思議そうな顔をしたのはアリスちゃん。
「うん、ホワイトデーのお返しに」
「なるほど!」
「チョコじゃダメなんですか?」
「ダメじゃないけどね。でもチョコ交換はもうしてるでしょ?」
と言っても、個人的にはチョコレート交換でもプレゼント交換でもどちらでもいいんだけど。
「確かに、同じことを二度やるのも面白味に欠けるかもしれませんね」
イベントに面白味が必要かどうかは人によるだろうけど、だからこそこうやって相談しているわけね。
「それじゃあプレゼント交換にしよっか」
ノゾミちゃんが言うのは予算を決めて一人一つずつプレゼントを用意して、それをランダムに交換するというもの。
「予算はおいくらで?」
「10万ゴールドでどうですか?」
安すぎないけど高すぎもしない、そんな金額設定。
「あたしは大丈夫。二人は?」
「私も大丈夫です」
「……うん」
「じゃあそうしよっか」
普段なら人に贈るプレゼントを選ぶのは面倒だからやりたくないんだけど、流石にこの場でそこまでは口に出せない。
まあ年長者としての見栄が半分、三人へのプレゼントなら選ぶ手間をかけてもいいかなと思ったのが半分だけどね。
ノゾミちゃんたちと別れてから一旦マイホームへと帰って日課をこなす。
デイリーで一緒になった人たちにも雑にチョコを配ってきたからごっそり数が減ったけど、こっちは知り合いに渡したのとは更にワンランク下の安い義理チョコなので問題なし。
あとスミレにも呼び出されたのでチョコを交換しておいた。
スミレとはお互いにイベントを楽しむって柄でもないのであっさりとしたものだったけど。
それじゃあそろそろ落ちますかねー。
時計を見ればリアル時間で夜十時過ぎ。
今日ログインしたのが六時頃だったので気付けばかなり時間が経っていた。
というわけでログアウトの準備をしていると、念話が頭の中に響く。
『アイさん、こんばんは』
『ノゾミちゃんこんばんは。どうしたの?』
『えーっと、今お忙しいですか?』
『んーん、そろそろ落ちようかなと思ってたとこ。ノゾミちゃんはまだ落ちてないの珍しいね』
平日のこの時間だと三人はもうログアウトしていることが多い。
流石に学生は他にやることもあるだろうしね。
『はい、ちょっとアイさんとお話ししたくて』
『そうなんだ。それじゃあそっち行こっか?』
『ああいえ、こっちから行きますね。アイさん今マイホームですか?』
『うん。それじゃあ待ってるねー』
それから数分後、コンコンと玄関を叩く音から一拍おいてドアが開けられる。
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
ノゾミちゃんを迎えて中へ促す。
三人で来るのかと思ったけど、来たのはノゾミちゃん一人だけだった。
とりあえずソファーに座ってもらって、あたしはその向かいへ。
「それで、今日はどうしたの?」
「えーっと……」
「うん」
流石にわざわざ一日二回も会うのにはなにか用事があるんだろうと思ったわけなんだけど、ノゾミちゃんの答えは煮えきらない。
「アイさんって、結婚とかしてないんですよね?」
「え? うん、そうだね」
「したいと思ったことはないんですか?」
「そうだなー、結婚相手が欲しいと思ったことはあるけど別にゲームの中で疑似恋愛したいわけじゃないんだよね。どっちかっていうと、一緒にいられる相手が欲しい、みたいな感じかな」
「それなら……」
「ん?」
「私と結婚してくれませんかっ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます