027.バレンタイン当日①

自分の部屋でログインして、ベッドに腰かけたままフレンドのログイン状況を確認する。


よし、マスターはログインしてる。


今日はバレンタイン当日。


ネトゲだとクリスマス当日は見栄を張ってログインしない、なんて現象が起こったりもするけれど、バレンタインデーに関してはそういう風潮は多くないのでログイン状況は概ね日常通りだ。


とりあえずマスターに日頃のお礼を渡したいかな。


なんて思ったんだけど、直で念話するのもちょっと緊張する。


コンテンツ中かもしれないし……。


テキストメッセージを飛ばす、という選択肢もあったんだけど、ひとまずそれは先送りにしてクランハウスに行くことにした。


もしかしたらそこで会えるかもしれないし。


ちょっと考えてからシュピン、とテレポートが済んで景色が変わる。


その間にリサから念話が飛んできたけど要件はわかってるし、時間がかかるかもしれないのでまた後でと言っておいた。


「こんにちはー、……はぁ」


クランハウスを開けて、中にいるメンツにため息ひとつ。


「おいおい、失礼な反応だな」


テーブルに輪になっていたのはクラメンの男衆。


といっても三人ほどだけど。


普段は自由気ままなぼっちの集まらないクランなのに、こういう時は群れてしまうらしい。


「マスターは?」


「まだ来てない」


まだかー。


ってことは待ってればそのうち来るのかな。


棚を見ると何も置いてないので、少なくともクラメンへのバレンタインチョコを置きには来るだろうけど。


ちょっと待って来なかったら直接連絡しようかな。


なんて思いながらインベントリを操作してアイテムを取り出す。


「はい、バレンタインチョコ」


テーブルに置いたチョコはみっつ。


三者三様に意外そうな顔をされて心外だったけど、それに反応するのもめんどくさかったのでスルー。


原価はほぼタダみたいなものだし、一応はクラメンなので邪険にしても良いこともないっていう10割打算の結果だけどね。


それに三つ同時に渡したから勘違いされるようなこともないでしょ。


「ありがとな」


「ありがとー!」


「さんきゅ」


「はいはい」


お礼におざなりな返事をして、ちょうどドアがガチャリと開いたので視線を向ける。


「こんにちはなんじゃよー」


「こんにちはー」


「こんにちは、マスター!」


挨拶と同時に、あたしは小さなマスターへと駆け寄る。


「これ、バレンタインのチョコです」


差し出したのはマスターに渡すために用意したもの。


テキトーに配るようにインベントリに何個もスタックしている義理チョコとは別のやつ。


「おー、ありがとうなんじゃよー」


「いえいえ」


「アイちゃんのチョコは去年も美味しかったからのー」


「お口に合ったならよかったです」


去年と同じストロベリーチョコにしたら良かったかななんて思ったけど、今年のトリュフチョコもきっと喜んでもらえると思う。


喜んでもらえるといいな。


「それじゃあこれはわしからアイちゃんになんじゃよー」


「ありがとうございます」


赤い包みに金のリボンでラッピングされたチョコを落とさないように両手で受け取る。


なんだか名刺交換みたい。


「今年も一年よろしくお願いします」


「もう二月じゃよ、アイちゃん」


なんとなくプレゼント交換すると来年で一年間よろしくお願いしますって気分になるのよね。


「このチョコは大切にしますね」


「いや、すぐに食べてほしいんじゃよー」


「前向きに善処します」


ということでそれから少し雑談していたんだけど、後ろからのプレッシャーを感じたのと一応後回しにした予定があったのでお話は切り上げてお暇させてもらうことにする。


「それじゃあマスター、チョコありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとうなんじゃのー」


ということで、あたしはクランハウスを出た。




「おつかれー」


リサと待ち合わせで合流したのは街のカフェ。


待ちだけに。


(審議拒否)


本当はどっちかのマイホームの方がすぐ飛べるし気楽だったんだけど、そうすると他の予定が入った時に抜け出すのが面倒だったのでこうして街で待ち合わせにした。


まあ今日やるべきことはマスターにチョコを渡して完了したんだけどさ。


日頃お世話になっているマスターへのお礼は流石に外せない。


マスターのチョコが欲しかったっていうのも本当だけど。


「それじゃこれ」


「ありがとー! アイちゃんもはい」


「ありがと」


友チョコ交換は完了。


この交換ももう毎年恒例なので定期行事だ。


ちなみに渡したのは大量に用意した義理チョコとは別の、フレンドの数だけ用意した友チョコ。


マスターには一品物を渡したので、数はフレンド-1個でいいと気付いたのは用意した後だった。


まあ義理チョコもそんなに数を配る予定もないんだけど、高い物でもないし最悪コンテンツで一緒になった人に配るとか自分で処理するとかでもいいかなって感じではあった。


「そんじゃ」


ということでインベントリからナイフを取り出して、包みを留めているテープをシュッと切る。


ブラウンの箱から出てきたのは大きなハートの形のホワイトチョコレート。


大きさは指先から手首の付け根までと同じぐらい。


うわぁ、食べづらそう。


というのが一番の感想だったので、遠慮なくパキッと端を割って一切れ口に運んだ。


「いただきます」


「いただきまーす」


リサと同時に、お互いのチョコを一口。


あんまーい。


口の中が一瞬でその味に染まるほどの暴力的な甘さだけど嫌いじゃない。


ゲームの中じゃリアルと違ってカロリーを気にする必要もないしね。


「美味しい?」


「ん、まあ悪くない」


「よかった。アイちゃんのも美味しいよ」


「それはなにより」


まあ味はシステムに保証されてるんだけどさ。


「それで、ホワイトデーはどうする?」


「んー、アイちゃんなにか欲しいものある?」


「特にないかなー」


毎年のことだけど、ホワイトデーにバレンタインと同じことをしてもノルマ感があるので、そっちではお互いに普通のプレゼントを渡すことにしている。


「リサは?」


「あたしは新しい髪形ほしいかも」


「あー」


この前実装されたばかりの髪型は超ロングの姫カットでそこそこ人気があるやつ。


まあそのせいで結構高いんだけど。


とはいえ買えないほどじゃないし、あたしも使うかもしれなくもなくもないかもしれない。


「んじゃ、それで」


「うん」


別の物を送りあうのも面倒なので、どっちかのリクエストをお互いに交換するっていうのも毎年の恒例。


自分で買っても変わらないじゃんって説もあるけど、リサがこの工程で満足するのでわざわざ否定する必要もなかった。


それからしばらくリサと話してると、頭の中に念話が響く。


『アイさん、今お時間ありますか?』


『うん、大丈夫だよ』


相手はノゾミちゃん。


要件は想像通りにチョコをくれるとのこと。


いやー、モテモテで困っちゃいますね。


なんて言ってみてもまあ、特筆してチョコを貰った数が多いって訳でもないだろうけど。


ネトゲの中じゃリアルよりずっと気楽にチョコを貰えるから、人付き合いをしていれば勝手に増えるしねー。


そもそも競うなら本命チョコの数だろうって話で、そっちを貰える予定は当然無いので。


『それじゃそっちの家行くね』


『はい、よろしくお願いします』


『うん、お願いされた』


ということで一旦念話は終了して席を立つ。


「んじゃ、今日はこれで」


「えー、もう行っちゃうの?」


「人に呼ばれたんだからしょうがないでしょ」


「アイちゃんの浮気者!」


「浮気じゃないし、そもそも付き合ってないし、というかリサだって他にチョコ貰ってるでしょ」


「あたしは来る前に全部済ませてきたもん」


なにが「もん」なのかはわからないけど。


グダグダやっててノゾミちゃんたちを待たせちゃ悪いので、そのままテレポートを実行。


「んじゃまたね」


言うだけ言って、返事を聞く前に視界が入れ替わった。

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