024.バレンタインイベント①

今日はノゾミちゃんたちと四人で街に来ている。


街中は最近始まったイベントに合わせてハートの飾りが至るところに飾られていて華やかだ。


今は二月上旬。


そう、バレンタインの季節。


当日はもうちょっと先なんだけど、ゲーム内イベントはそれに先取りして開催されている。


まあ当日ログイン出来ない人間もいるだろうし、本番後よりは本番前に期間取っておいた方が収まりが良いって話ね。


あたしは当日も多分ログインしてるけど。


ともあれ今日はイベント初体験の三人の引率兼付き添いって感じかな。


言って大してすることがあるわけでもないけど一応。


ということで一先ずイベント開始地点に到着すると待っていた人影に話しかけられる。


「みなさんこんにちはですにゃ~」


挨拶してくる猫耳姿の彼女はミミコネさん。


バレンタインのイベント担当のNPCノンプレイヤーキャラだ。


「今日は来てくれてありがとうですにゃ~。実はみんなに頼みたいことがあるんですにゃ!」


ちなみにここは街中だけどインスタンスエリアになっていて、居るのはあたしたち四人だけ。


イベント初日とか数百人単位で参加者が来るから、分けないと会話するってレベルじゃねーぞ!ってなるしね。


「実はですね……」


ミミコネさんの話を要約すると、バレンタインのチョコを作るのに必要な素材が盗まれてしまったらしいので取り返してほしいとのこと。


ちなみにそのチョコは街のみんなに配るためのものなので無いと困るらしいよ。


「わかりました! 絶対に取り返してきますね!」


とノリノリのノゾミちゃん。


NPCと言っても実際プレイヤーキャラとほぼ差がないから没入感がダンチよねー。


「ありがとうございますにゃ~」


お礼を言われた所で一旦エリアを出て街に戻った。


今回のイベントダンジョンは街の外をちょっと行ったところにあるので、そのまま街も出て四人で一緒にライドに乗っていくことにする。


「これ、ちゃんと乗れるんですか?」


とアリスちゃんが訝しむ顔。


その先にあるのは空飛ぶ絨毯。


あたしが出したものなんだけど、四人まで乗れるライドって案外珍しいのよね。


ということでその中でもキワモノ寄りなのがこれ。


普通の四人乗りの馬車とか出しても良かったんだけど、まあノリね。


地面から30センチくらいの高さを波打つようにふわふわと浮いているそれは、原理が謎なうえに頼りなさも相当でそのまま地面に落ちないのか心配になるレベルだ。


「だいじょぶだいじょぶ」


言いながらあたしが前に座ると、確かに空飛ぶ絨毯はあたしの体重を支えたまま高度を落とさずに浮いていた。


それを見て三人も後ろに恐る恐る腰を下ろす。


あたしが前の真ん中に座ったせいで自然と陣形がデザートランスになってたけどまあいいか。


ちなみに幅は三人が横に座っても膝が当たらないくらいの広さがある。


1.5メートルくらいかな?


「じゃあ行くよー」


すっと滑るようにライドを前に出すと、後ろから驚きの声が響いた。


「わっ」


「こ、こわ……」


「これってもうちょっと高く飛べないんですかっ?」


高さ30センチで走る絨毯は、スキー場でソリに乗って爆走するくらいの臨場感で初体験のプレイヤーにはジェットコースターさながらだ。


ちなみに高さはもうちょっと上げられるけど聞こえなかったことにする。


それからカーブを曲がるたびに後ろから「きゃーっ」悲鳴が聞こえてきて、到着する頃には足がガクガクしてる三人を見てあたしは大満足だった。




「それでは二人組を組んでください」


そんなNPCのセリフに一瞬心臓が止まる。


なんでもダンジョンの中には二人一組でしか入れないらしい。


殺す気か。


いや、今日はちょうど四人で来てるからいいんだけどね。


そんな理屈を抜きにしてコミュ症を心停止させるショックがその言葉にはあるのだ。


ちなみに聞くと、ぼっちの場合はランダムマッチングで二人一組を作ってくれるらしい。


それはそれで気まずさがハンパじゃないでしょ……。


これだけNPCが優秀なんだからいっそそっちと組ませてよって思ったりするわけだが、開発的には人間同士で二人ぼっちの状況を作りたいらしい。


ともあれ、今日は四人なので問題なく、二人組を組まないことには進まないらしいのでノゾミちゃんたちと顔を寄せて相談してグーとパーを出すやつで別れることにした。


「じゃーんけーん……」


ぽん。


グーはノゾミちゃんとクロちゃん。


パーはあたしとアリスちゃんだ。


「よろしくね、アリスちゃん」


「はい、よろしくお願いいたします」


「クロと一緒だね!」


「うん……、一緒……」


ということで先に入っていくノゾミちゃんとクロちゃんを見送ってから、続いて二人仲良くダンジョンの中へと入る。


中は石壁で長方形に整えられた通路が続くハクスラのし甲斐がありそうなクラシックダンジョン。


その最初の部屋には台座が見えていて、どこからともなく声が響く。


『ようこそ、恋のダンジョンへ』


急にアトラクションっぽくなったな?


いや、急でもないか。


『この中にいるモンスターは、特別なチョコの素材に惹かれて集まった愛に飢えた獣たちです』


それって人間のことでは?


主に非モテぼっち勢の。


『そんな彼らは普通の方法で倒すことはできません!』


無敵かそいつら……?


『ですが安心してください。そこに置いてあるラブラブステッキを使えば退治できちゃうんです!』


DVかな?


『具体的にはそのステッキで叩いてあげてくださいね』


DVじゃん!


『ちなみにモンスターたちは、愛を注入されて浄化されるので感謝してくれますよ!』


叩かれて喜ぶんだ……。


『それでは、ステッキを手に取ってください』


はいはい。


ということで台座に二本置いてあるアリスちゃんと一本ずつ握る。


『あともう一つ、お互いのパートナーと離れすぎるとペナルティがあるので気を付けてくださいね』


WHY?


『具体的に距離を言うと、お互いの手が届く範囲くらいです』


思ったよりずっと狭い。


つまり手を繋げってこと?


『それでは、お楽しみに~』


ということでアナウンスは一方的に終了。


それ以上説明はしてくれないから奥に進めってことみたいだ。


「とりあえず、手繋ごっか」


「はい」


あたしが右手を差し出すと、それをアリスちゃんがすっと握る。


必然的にラブラブステッキはサウスポーになるんだけど、まあそんな難しいようなイベントじゃないだろうし大丈夫でしょ。


なんて予想通りに次々出てくるモンスターをバシンバシンとモグラ叩きのように殴って退治していく。


楽しいかなこれ?


「あははっ、なんだか楽しくなってきましたっ」


楽しかったっぽい。


アリスちゃんはこういうストレス発散が合ってるのかもねー。


三人の中だと一番しっかりしてるから、逆にストレスとか溜め込むタイプなのかもしれない。


そういうことなら付き合おうということでバシンバシンとひたすらにモンスターを退治していく。


「えいっ! えいっ!」


手を繋ぎながら行動するのは案外息を合わせる必要があるので、あたしはアリスちゃんに主導権を委ねて邪魔にならないように叩いていく。


元気すぎる犬の散歩みたいだって言ったら本人に怒られるかな。


あと途中で追加説明があったんだけど、二人のステッキを重ねて念じると出せるラブラブビームが見える限りのモンスターを一刀両断してくれた。


もう全部これでよくね?と思ったけどアリスちゃんの楽しみを邪魔しちゃ悪いので後に続いて叩き続ける。


「ふう」


かなり進んで、息を吐いて汗を拭ったアリスちゃんの顔はサウナから出てきたときのように輝いていた。


「楽しかった?」


「はいっ!」


元気よく返事をした彼女だったけど、すぐに冷静になったのか表情が切り替わる。


「あの……、アイさん」


「どうしたの?」


「一人で盛り上がっちゃって、なにかすみません……」


「いやいや、あたしも楽しかったし、アリスちゃんも楽しそうでよかったよ」


「うぅ……、みんなにはナイショにしてくださいね……」


アレがアレって自覚はあったんだ。


「じゃあ二人だけの秘密ね」


「そう言われると、それはそれで恥ずかしいんですけど……」


それは諦めてもらうしかないかな。


アリスちゃんの秘密ゲットだぜ!


なんて話をしながら奥へ進むと、突き当りに部屋があり、女性の像が見えた。




☆次回に続く!

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